宿縁 一月号 中原寺

     【ナマンダブ、ナマンダブと念仏申すべし】

 勤修寺村の門弟道徳が、明応二年(1493年)正月一日に蓮如上人の御前へ参られた折に、
 「道徳いくつのなるぞ。道徳念仏申さるべし。」
とおっしゃられたことが、「蓮如上人御一代記聞書」の冒頭に記されています。
 新年を迎えるたびごとに、この言葉の重みが増してまいります。
 世間では年が改まりますと、「あけましておめでとうございます」というのが、常識とされている感がありますが、考えてみると何がめでたいのでしょうか。
頓智で有名な一休禅師にまつわる有名な逸話があります。
 新年を迎えてめでたい雰囲気の町中を長い竹竿の先に髑髏を付けた一休さんは、
 「門松は冥土の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなし。ご用心、ご用心」と大きな声でふれ回ったとのことです。
 お互いにいつこの命が終わるかわからない、だからこそ今この一瞬一瞬を大切に、悔いのないように精一杯生きようというメッセージが込められています。
 蓮如上人の御文章にも、
「それ人間の浮上なる相(人の世の定めないありさま)をつらつら観ずるに(心をしずめて考えてみると)、おおよそはかなきものはこの世の始中終(人の一生)、幻の如くなる一期なり。さればいまだ万歳の人身を受けたりということを聞かず、一生過ぎやすし、いまにいたりてたれか百年の形体をたもつべきや。われや先、人や先、今日ともしらず、明日とも知らず、おくれさきだつ人はもとのしづくすゑの露よりもしげしといえり。されば朝に紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまち閉じ、ひとつの息ながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて桃李のよそほいを失いぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめども、さらにその甲斐あるべからず。さてしも(いつまでもそうしてはいられないので)あるべきことならねばとて、野外におくりて(野辺の送りをして)夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あはれというもなかなかおろかなり。されば人間のはかなきことは老少不定(老人が先に死に、若者が後に死ぬとは限らない)のさかひなれば、たれの人もやはく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、念仏すべきものなり。」
と示されています。
 ここに挙げた一休禅師と蓮如上人のお二人は、室町時代に生きたほぼ同世代の名僧として知られていますが、釈尊の説かれた仏道を一般庶民に易しく説かれ、人々を仏教へ導いたことで知られています。
 ことに浄土門に帰依する浄土真宗門徒においては、宗祖親鸞聖人の教えを平易な言葉をもって伝道教化された蓮如さまを、本願寺中興の祖として仰いでおります。
 さて、そこで前述の蓮如上人があらわされた『御文章』の中で「白骨の御文章」として親しまれているお言葉を通して「念仏申すべき」ことの大切さをしっかり頂戴したいと思います。
 この御文章が広く万人の心に沁み親しまれているのは、誰もが死を免れ得ないいのちのはかなさ切なさの言葉に情感を激しく揺さぶられる前半の言葉でありましょう。特にご葬儀の場において僧侶が詠まれるところから「無常観」を強く感じることがあるからだと思います。
 しかし蓮如上人は無常観のみを私たちに教えているのではありません。
 それは私たちに「後生の一大事」の大切さを早く解決することがもっとも大事なことであると言われるのであり、念仏を申す日々の生き方を教えているのです。
 「後生の一大事」とは、死んでから先のことではありません。人生の根本問題(生死の問題)を解決してさとりへの道を歩むことです。このことこそが人生における最重要事だということです。
 「念仏申す」とは、お念仏(南無阿弥陀仏)を口に称えることです。蓮如上人は「ねてもさめても南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏ととなうべきものなり」と御文章に繰り返されています。そのことは親鸞聖人が顕された『教行信証の行巻』冒頭に「大行(完全無欠の浄土に生まれる行為)とは無碍光如来(阿弥陀仏の徳をあらわす名号)を称えることである。この行は、あらゆる善をおさめ、あらゆる功徳をそなえ、速やかにあらゆる人びとに功徳を円満させる海のように広大な如来のはたらきである」とのお示しによるものです。
 釈尊が説かれた『大無量寿経』には、あらゆる人びとをももらさず救うとの阿弥陀仏の願いが成就して、間違いなく救うといういう心を、言葉として私に届けられました。その言葉は文字ではなくて、私の口に称えられるようになっている言葉なのです。阿弥陀さまは、常に私の口を借りて、私に「必ず救うぞ」と喚んでくださっているのです。
 新年にあたり、怠りなくお念仏申す日々を共にいたしましょう。