最近の高額薬剤

近着の皮膚科雑誌臨床皮膚科のマイオピニオンという欄に埼玉医科大学の福田知雄先生による「最近の高額薬剤などの適正使用に関する考え方」という寄稿がありました。
重要な問題であり、また将来の日本の医療と財政危機もはらんだ難問でもあるので、取り上げてみました。その骨子をまとめてみますと下記のようです。

1.医療費の高騰に関して
1987に18兆円であった国民医療費は2019年には44.4兆円に跳ね上がっている。年間1人当たりの医療費は平均30万円だが、75歳では75万円、80歳では90万円である。このように高齢化が高騰の原因であることは疑いの余地はないが、最近の高額薬剤の増加がそれに拍車をかけている。皮膚科領域においても生物学的製剤、免疫チェックポイント阻害薬など高額な薬剤が次々に上市されてきている。
2.生物学的製剤
バイオテクノロジーを用いて製造され、特定の分子を標的とした抗体製剤である。疾患関連物質にピンポイントで作用するので高い効果が期待できるが、製造工程が複雑で大規模な設備を要するために非常に高価である。皮膚科領域では、乾癬、アトピー性皮膚炎、蕁麻疹などで多く使用されている。
乾癬では現在11種類の製剤が認可されているが、使用対象は既存の治療で対応困難な患者で、使用医師、施設要件は皮膚科学会で限定されている。アトピー性皮膚炎ではType2サイトカインであるデュピルマブ、3剤の経口JAK阻害薬が上市された。乾癬のような承認制度はないが、それに準じた使用要件が求められている。蕁麻疹ではヒト化抗IgEモノクローナル抗体のオマリズマブが上市された。他の生物学的製剤程の明確な適応基準は設けられていない。
3.免疫チェックポイント阻害薬などの癌治療薬
悪性黒色腫に対する免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitor:ICI)である抗PD-1抗体ニボルマブ(オプジーボ)が世界に先駆け2014年本邦で承認された。次いでイピリブマブ、ベムプロリズマブも上市された。またBRAF阻害薬、MEK阻害薬も登場し、これらの併用療法などにより、悪性黒色腫の生存期間は大幅に改善された。しかしながらニボルマブは当初年間3千万円/人の薬価がかかるなど高額であった。その後大分引き下げられた。
4.希少疾患に対する治療薬
遺伝性血管性浮腫は希少疾患であるが、重症発作時は致死的になりうる。注射薬、経口薬などの治療薬が次々に開発されてきているが、これらの希少疾患の治療費は高薬価となる傾向がある。
5.おわりに
アンメット・メディカル・ニーズとは未だ治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズのことを指す。癌や認知症だけでなく、不眠症、偏頭痛などQOL改善のための医療ニーズもある。新たな治療薬の開発を止めることはできないが薬価を抑えるシステムの構築がないと本邦の医療経済は破綻する。医師の立場でできることとして、安易な処方はせず、本当に必要な患者を選んでの投与に拘るべきだ。

確かにもし自分が癌などに罹ったら、これらの薬剤が使える現在の制度の恩恵に預かれるのは安心ですが、高額医療費は国が補助するといっても結局の所、その支払いは税金です。
過日、財務省から(正式にはわかりませんが)いずれ高額医療費制度は撤廃する方針との発表?があり、SNSなどで轟々たる非難の嵐が巻き起こったそうです。事実は撤廃ではなく、制度を国から地方自治体に移管するとのことらしいですが、これもいってみれば国の責任を放棄して地方に丸投げのようなものです。しかしながらこの国の1000兆円を超える借金をなんとか減らさねばという財務省の役人の思いも分からないではないですが。
この問題は医療財政だけではなく、日本の将来の借金全体の問題で、巨額の借金をどうするんだ、到底普通には返せないよなー、と暗澹たる気持ちになります。ただ、国民の資産が同等にあるから問題ないとの話もありますが、素人的にはよくわかりません。
いずれにしても日本の医療皆保険制度が将来も維持できる保証は無いことは識者の見方の一致するところで、何処かをカットするか、保険料を上げていくしかないのかもしれません。
しかし、新規治療薬はどうしてこうも高価なのでしょうか。開発が複雑でその費用が膨大なこと、全てが成功するわけではないので不発に終わるプロジェクトのリスクも込みなのでしょうが、グローバル製薬企業の業績をみてみると巨額の利益を上げています。そのほぼ全てが欧米の企業の寡占状態です。巨額を投じることができる企業のみが開発できるのでしょう。何だか企業の言い値で高い薬を買わされているような気もします。世界の中で富んだ層だけが恩恵にあずかり、貧困層は恩恵に預かれない薬剤というのも何だか、釈然としません。この問題は将来的には日本だけではなく全世界的にどうにかしなければならない問題のようにも思われますが、何とかもっと良い方策はないのでしょうか。

皮膚付属器腫瘍

あまり聞きなれない言葉かもしれませんが、ここ数回書いてきた粉瘤、石灰化上皮腫なども分類上は付属器腫瘍に含まれます。
皮膚腫瘍の種類は目に見えるだけに、本当に多彩で、しかも良性から悪性まで数多くがあります。
いかにも悪そうで、拡大するものは患者さん自身も一般の皮膚科クリニックではなく、大きな専門病院を受診するかと思います。それでも現在の医療制度では直接大学病院、専門病院などは受診できません。まずは皮膚科クリニックを受診し、紹介という形をとるかと思います。
皮膚科専門医といえどもこれらの腫瘍の鑑別は難しく、専門病院での病理診断となるかと思います。その中でそのままで良いものか、或はすぐに手術などの対応が必要かは長年皮膚科医をやっていても難しいものがあります。”百聞は一見に如かず”の例えの如く全ての症例を経験すればよいのでしょうが、なかなかそうもいきません。
皮膚腫瘍は系統的に分類すれば、上皮組織系、支持組織系(結合織、骨、軟骨、血液、リンパ組織)、筋組織系、神経系、メラノサイト系、脈管系に分かれます。
上皮組織系では更に表皮組織系、付属器系に分けれらます。顔の疣状のものは多くはこの系かメラノサイト系になるかと思います。この中でも皮膚付属器系は複雑です。分化の方向から毛包、皮脂腺、エクリン汗腺、アポクリン汗腺に分けられ、分化の程度からは母斑、良性腫瘍に分けられ、更には悪性腫瘍もあります。
これらの鑑別はなかなか難しく、頻度、特徴によっては粉瘤、Fordyce状態、汗管腫などと一見して診断できるものもありますが、多くは見ただけでは分かりません。
前虎の門病院皮膚科の大原國章先生は皮膚腫瘍の大家で多くの書籍、講演、論文があります。その中の【大原アトラス2 皮膚付属器腫瘍 秀潤社】は豊富な症例と鮮明な臨床写真、ダーモスコピー、病理所見、手術所見などを簡潔にまとめてあり、診療の参考になります。著者も書いているように”絵合わせ診断”としても活用できます。
【大原アトラス3 皮膚悪性腫瘍】【皮膚疾患のクロノロジー】と合わせて皮膚科研修医にも専門医にもお勧めです。

皮膚腫瘍の事を書くつもりが最後は大原先生の本の勝手な宣伝になってしまいましたが、まずほとんどの皮膚科医が認める日本の皮膚腫瘍の大家でしょうから許されるでしょう。

脂肪腫

脂肪腫は体のどこにでもできるありふれた皮下腫瘤ですが(頚、肩、背部に多い)顔面特に額にできたものは一見粉瘤に似た外観を呈することがあります。帽状腱膜下脂肪腫(subgaleal lipoma)とよばれるもので、前頭筋(帽状腱膜)と骨膜の狭いスペースに生じ他部位の脂肪腫に比べて可動性が低くやや硬く触れます。異所性脂肪腫の一つとされます。また外観上似たものに骨腫がありますが、こちらは骨様硬に硬く、押しても圧縮性はありません。超音波エコー、X線、MRI,CTなどで鑑別診断、確定されます。
この脂肪腫の深さは種々あり、皮下(浅在)発生例と深部発生例の2型があり後者が多いです。更に深部発生例は4つのタイプに分けられます。(2と3のタイプが多い)
1.前頭筋内
2.前頭筋と筋膜(帽状腱膜)の間
3.帽状腱膜と骨膜の間
4.骨膜下
手術の際は、前額の皮膚切開は横方向(皺方向)ですが、眼窩内側から前頭筋上を縦に走行する血管や神経を損傷しないように前頭筋の切開は筋線維に沿って縦方向にします。腫瘍は圧排によって排出されたり、剥離で取れる場合もありますが、骨膜との癒着のため、形成剪刃などで切離、摘出する場合もあります。

参考資料
皮膚科医の「見る技術」 一瞬で見抜く疾患 100 【編著】梅林芳弘
第121回皮膚科総会 EL20-2 皮膚良性腫瘍に対するDay Surgeryを安全かつ完全に行うためのポイント 為政 大幾 

皮様嚢腫

皮様嚢腫(dermoid cyst)、皮下皮様嚢腫(subcutaneous dermoid cyst)も粉瘤と似た皮下腫瘤として取り上げられます。
眼囲とくに上眼瞼外側にみられる下床と可動性の少ない深い(しばしば筋層内まで)皮下腫瘤で皮膚よりなだらかに隆起した腫瘤で1~4cmの皮下嚢腫です。極めて徐々に拡大します。
出生時からみられ、胎生期顔裂閉鎖時に皮膚が迷入してできる奇形腫とされています。病理組織的に脂腺や汗腺など付属器を含む全表皮から構成される嚢腫壁の中に毛髪を認めます。歯や骨の組織はありません。
診断はその深さと特有の部位、手の触覚で推定しますが、皮膚超音波やCTで筋層下の嚢腫を確認します。下床の骨が圧迫で陥凹していることもあります。
治療は筋の走行に沿って筋束を分け入り嚢腫を核出する摘出術が行われています。

また卵巣皮様嚢腫(dermoid cyst of ovary)という疾患がありますが、表皮成分の他に内部に骨、軟骨、歯などの要素を伴う奇形腫(teratoma)で病名は似ていますが、上記とは別個のものです。

巻き爪と陥入爪の治療2022

先日、慶應大学の齋藤昌孝先生による巻き爪と陥入爪の治療のWEB講演がありました。陥入爪の治療法は様々な方法があり、歴史的にも変遷を経てきており、またそれぞれの専門家によって治療法の位置づけ、取捨選択が微妙に異なったりします。当ブログでも種々の治療法を紹介してきました。
最近のトレンドとしては、爪母温存爪甲側縁楔状切除術がお勧めとの報告が散見されるようです。その中でも爪の専門家として理論的に研究し、積極的に豊富な治療例を提示されているのが齋藤先生です。
第118回日本皮膚科学会総会の齋藤先生の講演、齋藤先生の指導を受け北大で爪外来を立ち上げた椎谷千尋先生の第121回日本皮膚科学会総会の講演内容も参考にして、巻き爪と陥入爪の治療について紹介してみます。
🔷巻き爪
爪甲の両側縁が内側に向かって過度に彎曲した状態のことです。欧米ではpincer nail, trumpet nailとも呼ばれます。足の拇趾が最も多いです。原因としては、窮屈な靴などの慢性的な圧迫、乾癬、爪白癬などの皮膚疾患、長期臥床や麻痺による歩行量の不足、薬剤、更には足趾の変形性関節症による末節骨の変形などがあげられます。
治療法は、骨棘、皮膚、爪の切除を伴うような外科的処置、手術の適応はごく一部で、ほとんどが保存的に対処されます。
形状記憶合金製のワイヤー、クリップ、プラスチックプレートなど種々ありますが、外すと元に戻るという欠点もあります。また爪甲側縁の硬い角化物を取り除いたり、側爪郭の胼胝様角化を取り除いたりすることで痛みが軽減することもあります。
痛みがなければ、敢えて巻き爪の治療はせずに正しいネイルケアを指導することもあります。
🔷陥入爪
爪甲の側縁が皮膚に刺入して炎症をきたした状態をいいます。足の拇趾に生じることが多く、日常的に他の足趾に比べて機械的な外力を受ける機会が多いことがその理由としてあげられます。そして、悪化させる最大の原因が深爪です。歩行時に大きな荷重のかかる拇趾に深爪による(爪の角の切り残しによる)爪棘が形成されると、鋭い爪棘が皮膚に埋まり込んで刺入し、刺激し反応性に出血し易い肉芽が形成されます。悪化因子としては更に、窮屈な靴や、足趾の先端を刺激する激しい運動(テニス、卓球、バスケットなど)が挙げられ、また扁平で薄い爪の人がなり易い傾向があります。
治療法としては外科的には爪母の一部を切除してしまう方法や、化学的に腐食させるフェノール法がありますが、いずれも爪甲の幅を永久に狭くする方法で、過剰な治療といえます。しかも術後に爪甲鉤彎症、爪甲編位、側縁に取り残しの爪が生えてくるなどのリスクもあります。その点、爪母温存爪甲側縁楔状切除術はどのタイプ、重症度にかかわらず適応となりえます。以前は爪切除は一時的な方法でまた再燃、悪化するために行うべきではないとする意見が多くありました。小生もそう教わってきました。斎藤先生の意見では切り方の問題ではないかとの考えです。爪はただ斜めに切ればよいわけではなく、切った後に角や棘が残らないように、爪甲側縁ができるだけ滑らかに注意して切れば再燃のリスクは少なくなります。さらにもし再燃してもまた切除しなおせばいいわけです。この際、爪母は傷つけていないのでうまく処置すれば手術、フェノール法と異なり正常な爪が戻るわけです。一方、テーピング法、パッキング法、ガター法、アクリル人工爪療法などの保存的治療法は、爪甲側縁の刺入を軽減又は回避するという点では合目的的ですが、確実性、即効性という観点からは爪甲側縁部分切除術には及びません。勿論、齋藤先生も従来のガター法やフェノール法を全く否定されているわけではないものの、その適用範囲はかなり少ないのではないかとの考えです。
🔷爪母温存爪甲側縁楔状切除術のtips
@局所麻酔・・・指先は神経の過敏な部位であり、患者をリラックスさせて保冷剤で局所を冷やし、術者の指がジンジンとしびれた時点で、指の根元の方から麻酔する。指先は知覚が鋭敏なので先にしない。伝達麻酔の必要はなく、近位爪郭と側爪郭の合流部分からやや近位からwing blockを行う。先端なのでEなしの1%キシロカインを皮下注射する。
@爪甲側縁楔状切除・・・手前の爪棘であれば、曲剪刃のカーブを利用して爪の切口が滑らかで角がなくなるように目視下で切除する。大きな肉芽が形成されて爪母近くまで刺入している場合は、まず肉芽をよけて近位爪郭の下にもぐり込むように直剪刃を進めて爪側縁を切り切る。剪刃が「パチン」と音をたてて閉じるのを目安にする。また引き抜かれた爪の切口が鋭角に確実に切り切れていることを確認する。
@肉芽切除・・・剪刃で肉芽を根元から切除する。5-10分程度の圧迫で止血は十分である。抗生剤の内外用、ガーゼ保護を行う。
確実に爪棘がとれ、かつなだらかに側縁が処理されていれば再発のリスクは少なくなる。しばらくしてまた骨棘が刺入したら再度繰り返すことも可能である。
@術後フォロー・・・術後しばらくの間は拇趾に負担がかからないように日常生活動作(歩行や運動)や靴などにも注意を払ってもらう。

参考文献
Monthly Derma 2017年6月号 No.258 さまざまな角度からとらえる爪疾患の多角的アプローチ
◆編集企画◆ 慶應義塾大学専任講師 齋藤昌孝