慢性膿皮症(化膿性汗腺炎など)

 急性の細菌感染症について、書いてきましたが、慢性に続く皮下腫瘤や、膿を排出する一連の疾患群があり、慢性膿皮症として一括されています。細菌感染症の項目に分類され、確かに二次的に細菌感染が関与してはいますが、アポクリン汗腺の多い部位の毛包閉塞からなる体質的な炎症反応が関与して病態を形作っていて、その原因は完全には解明されてはいません。その中でも最近注目をあびているのが、化膿性汗腺炎です。本邦には少なく、欧米に多く研究、治療が進んでおり、しかも生物学的製剤のアダリムマブが奏功することが分かってより、より注目をあびるようになってきました。

 化膿性汗腺炎(Hidradenitis supprativa :HS) は昔は細菌感染症そのものと考えられていましたし、今も教科書では細菌性皮膚疾患の項目に分類されています。しかし、現在ではHSはアポクリン汗腺が豊富な部位(腋窩、乳房、陰股部、臀部など)の汗腺、毛包漏斗部が閉塞するのが病変の始まりで、壁が破壊され、角質の漏出による炎症の進展、慢性に病変が進行するとされています。
 2020年に日本皮膚科学会ガイドラインで
化膿性汗腺炎診療の手引き 2020が作成されました。それらを基に纏めてみます。
化膿性汗腺炎診療の手引き策定委員会 日皮会誌:131(1),1-28,2021(令和3)

【症状】
 アポクリン腺の多い部位の皮膚深層に生じますので通常思春期以降に発生してくることが多いです。初発は1~数箇の有痛性の結節です。次第に発赤が著明となり膿瘍化して波動を触れるようになります。再発を繰り返して隣接する病変が皮下で交通し瘻孔を形成するようになります。さらに長期に亘ると瘢痕を形成し線維化も生じてきます。特に臀部、会陰部ではその傾向が強いです。基本的には無菌性ですが、二次感染を起こして皮下膿瘍、潮紅を生じることもあります。
一部では家族性に発生するケースもあり、γセクレターゼ遺伝子群をコードする遺伝子変異がみつかるケースもあります。この際は腋窩、陰股部、臀部だけではなく全身にHSの皮疹をみることもあります。
【重症度分類】
重症度を評価するための分類が各種あります。
🔷Hurley病期分類
病期Ⅰ:単発あるいは多発する膿瘍形成、瘻孔や瘢痕はない
病期Ⅱ:瘻孔や瘢痕形成を伴う再発性の膿瘍。単発でも多発でもよいが、離れた解剖学的部位に複数の病変がある。
病期Ⅲ:広範囲あるいはそれに近い範囲に病変がみられ、その病変が全体に互いに交流する瘻孔と膿瘍を形成する。
世界的に広く使われる分類ですが、病期が3つしかなく、大きさ、個数が基準に入っていない、また瘢痕、瘻孔といった治療に余り反応しない項目が入っているなど、治療効果判定には適さないといった欠点もあります。
🔷Sartorius,修正Sartoriusスコア
個々の結節、瘻孔数などを指標に患者の生活の質や医師による全般改善度を含み、重症度を動的に計測でき評価されるが、「瘢痕」、「2つの病変の距離」など治療効果が現れにくい項目を含んでいるのが欠点です。
🔷IHS4(International Hidradenitis Suppurativa severity Score System)
1.炎症性結節(径1cm以上)の数x1
2.膿瘍の数x2
3.瘻孔又は排膿路の数x4
以上を合計して重症度を算出する。薬剤などの治療効果判定に有用です。
軽症(≦3点)、中等症(4~10点)、重症(11点≦)
🔷医師総合評価(PGA:Physician Global Assessment)
現在では薬物治療の臨床試験の効果判定に最も広く用いられています。
非炎症性結節、炎症性結節、膿瘍・瘻孔の有無、数を数えて重症度を評価します。(計算式が表になっています。ごく軽症から極めて重症まで8段階に細かに分けられています。)
🔷HiSCR(Hidradenitis Suppurativa Clinical Response)
薬物治療に対する症状の変化、反応を数値化した指標です。近年生物学的製剤がHSに導入され、その評価項目として用いられます。
治療前後での12部位(アポクリン腺の多い疾患好発部位)で治療後に炎症性結節・膿瘍・排膿性瘻孔の総数を比較して、炎症性病変の数が50%以上減少し、かつ膿瘍と瘻孔の総数が増加しなければHiSCR達成とみなす、というものです。
【発症機序】
HSはアポクリン腺の多く見られる部位に好発することから、アポクリン腺が発症に何らかの関与があると考えられています。
初期の変化は、毛包の閉塞で炎症所見はわずかです。しかし経過とともに種々の炎症細胞がみられるようになってきます。これには破壊された毛包壁より角質物質が組織中に漏れ、異物反応が起きて炎症反応の引き金になると考えられています。浸潤してくる炎症細胞は時期によって異なります。初期には好中球、マクロファージ、単球、樹状細胞などがみられ、慢性期にはB細胞や形質細胞が豊富になってきます。マクロファージや樹状細胞では自然免疫系のTLR2発現が増強され、微生物由来物質が炎症を惹起すると想定されています。また炎症性サイトカインのIL-12,23が豊富に発現され、さらに高発現のIL-17は好中球からNETs(neutrophil extracellular traps)を放出させ、更なる炎症を惹起し炎症のループを作ると考えられています。またβーdefensin-2やpsoriasin,
cathelicidinなどの抗菌ペプチドの産生も亢進しています。最近ではHSの病態は自己炎症症候群に近いものではないかと考えられています。
【発症に関与する因子】には様々なものがあります。
*遺伝・・・一部には常染色体優性遺伝する群があり、原因遺伝子の一部がγセクレターゼをコードする遺伝子群であることが解明されました。(2010年)
γセレクターゼの主な基質はアミロイド前駆蛋白物質とNotch受容体で、前者の変異がアルツハイマー病に、後者のシグナル低下がHSを引き起こすとされています。Notchシグナルは毛包や表皮、脂腺の分化に重要とされいて、これを欠損させたマウスではHSとよく似た症状を呈するそうです。しかしこれらの遺伝子変異を有するのはHS患者のわずかに5%程度とみなされ、その他の遺伝子の関与するケースもみられ、ことはそう単純ではなさそうです。
*喫煙・・・タバコに含まれるニコチンは表皮肥厚や毛孔閉塞、Notchシグナルの抑制、Th17細胞の誘導、抗菌ペプチドの減少を誘導することが報告されています。
フランスの症例比較試験では喫煙が有意に悪化に相関していたとの報告があります。
*肥満・・・上記のフランスの試験で、肥満も悪化に相関していました。
*細菌・・・以前はHSは細菌感染症と考えられていますが、現在では否定されています。しかしながら二次的に細菌感染を起こすことはあり、起因菌はコアグラーゼ陰性ブドウ球菌、嫌気性菌が多く多菌性とされています。
*機械的刺激・・・HSが摩擦を受けやすく、擦れやすい部位に好発すること、きつい衣服の擦れなどで悪化すること、肥満患者に多いこと、義足による摩擦部位に多いことなどが実臨床で分かっています。
*ホルモン・・・HSは女性に多く(欧米)、思春期以降に発症し易い、月経前に悪化、妊娠、授乳中、閉経後は症状が改善、多嚢胞性卵巣症候群(高アンドロゲン血症)で多いなど、ホルモンの関与が指摘されています。
【治療】
海外では、重症度によって、治療アルゴリズムが作成されていますが、海外のガイドラインで推奨される薬剤の多くが、本邦未承認で保険適応外であることに注意を要します。
 治療は抗菌薬の内服、外用、外科治療との併用が行われます。さらに最近ではアダリムマブを初めとした生物学的製剤など新薬の登場によってHSの治療が様変わりしつつあります。
基本的にはHSは毛包を中心とした疾患なので、病初期では患部の外科的切除を最初に検討します。HurleyI~IIの場合は局所切除、それより重症ならば広範囲切除を検討します。
薬物療法としては、外用剤は、毛包の角化異常に作用するもの、アゼライン酸、サリチル酸、アダパレン、過酸化ベンゾイルなどニキビ(尋常性ざ瘡)に使われる薬剤を使用しますが、効果は限定的です。またフシジン酸、クリンダマイシンなどの外用剤が病初期の皮疹に対し用いられますが、表在性の皮疹には有効なものの、結節や膿瘍などへの効果は望めません。
内服ではテトラサイクリン内服を4か月行います。本邦では保険適応外なので同系統のミノマイシンやビブラマイシンが使用されることが多いようです。これらで無効ならリファンピシン+クリンダマイシン内服が検討されます(保険適応外)。耐性結核の観点からクリンダマイシン(ダラシン)単独の内服も推奨されますが、偽膜性大腸炎のリスク最も多い薬剤であり注意を要します。
これらの内服でも改善が見られずQOLが著しく阻害されるHurleyⅡ~Ⅲの患者に対しては生物学的製剤のアダリムマブが推奨されます。
使用方法は乾癬の場合に準じますが、細部は異なります。
初回160mg、初回投与2週間後に80mgを皮下投与。初回投与4週間後以降は、40mgを毎週1回又は80mgを2週に1回皮下注射。
臨床効果は乾癬と比較すると低いものの、かなりな有効率がみられました。
12週目のHiSCR達成者 57.1% (II相試験) 86.7%(Ⅲ相試験))
これ以外の生物学的製剤の治験も進行中だそうです。 
IL-23阻害薬(ウステキヌマブ、グセルクマブ、リサンキツマブ)
IJ-17阻害薬(セクキヌマブ、ビメキズマブ、ブロダルマブ)
外科療法の手技や範囲などは病変部、重症度によって選択、決定されています。
軽症、小範囲であれば切開、排膿、電気手術あるいは部分切除も有効ですが、重症になると病変部だけではなく周囲の皮膚を含めた広範囲の切除が必要となります。この際、アダリムマブ併用によって手術範囲を減じることも行われています。
 いずれの治療法を行う場合でもリスクを軽減する補助的治療、指導は同時に行うべきです。 禁煙、減量、包帯圧迫、生活習慣の改善など