海洋生物による皮膚炎

「海洋生物による皮膚炎とその治療」という講演会がありました。
講師は赤穂市民病院の和田康夫先生でした。和田先生といえば疥癬ではつとに有名で、昨年は千葉県皮膚の日講演会で市民向けに疥癬の講演を行っていただきました。虫続きというわけでもないでしょうが、今年は夏にちなんで海洋生物のお話をしていただきました。
 和田先生が海洋生物に興味をもったのは2000年頃小浜病院に勤務していた頃とのことです。
先生は一人医長であっても、興味をもったテーマについては徹底的に追及されます。全国北から南までの水族館や沖縄の海にまで足をのばして実地調査されたレポートはさすがに説得力があります。しかし、不思議とガツガツしたこれでどうだ、と言わんばかりの感じは全く抱かせません。むしろ、しなやかに地味な感じを抱かせます。昨年もそうでしたが、現地での専門家や出会った人々との細やかな一期一会の触れ合いを大切にされているようで、講演でも赤穂市民病院の病院報でもそれを垣間見ることができます。
 しかし、その実地に基づいたレポートは余人の追従を許さないほどの徹底さがあります。兵庫大の夏秋先生もそうでしたが、虫の専門家というのは自分自身を実験台にして被検者にならないと気が済まない人種らしいです。しかし、カギノテクラゲに刺されてみたという実験には驚いてしまいました。
確か、山形県鶴岡の水族館での経験談だったと思いますが、そのクラゲは庄内地方では6-7月には毎年みられ、ホンダワラ属の海藻に付着してあまり泳ぎ回らないそうです。これに刺されると、時には呼吸困難になり、水族館の飼育員が刺され、高熱をだして、インフルエンザ様の症状を呈して10日余りも入院したとの話でした。それを知っていて、お願いして実験台として刺されてみました、と事も無げにおっしゃるのです。高熱を出して入院でもしたらどうするのだ、と思いますが、運よく大したことはありませんでした、とのことでした。
前振りが長くなってしまいました。改めて本題の当日の講演内容を。

🔷クラゲ
有櫛動物門と刺胞動物門に分けられます。腔腸動物(刺胞動物)はロート状の体を持つグループで触手に刺胞を持ちます。刺胞は動物が獲物を捕獲するための毒器官です。内部に逆さ棘をもった刺糸をコイルバネ状に収めていて、機械的刺激や化学的刺激でコイルバネが弾けるように飛び出し、刺糸を相手に突き刺きたて毒を注入します。
*Chironex fleckeri(キロネックス)
 殺人の魔の手という学名を持ち、sea wasp(海のスズメバチ)とも呼ばれ恐れられている最強の毒クラゲです。オーストラリアやフィリピンにかけてのインド洋、西太平洋全域の熱帯に生息しています。刺されると死に至るケースもあり、広範囲に絡まると致死的とのことです。サナダムシ様にはしご状、紐状に張り付いた発赤、びらん、潰瘍を形成します。傘高は30~50㎝、最大60本の触手は4m以上にも達します。解毒剤は開発されてはいますが、使用する前に数分で致死的となるために実際の使用例はほぼないそうです。ヒト、小魚、甲殻類に対しては強力な毒性を有しますが、ウミガメには無力です。
*ハブクラゲ
 キロネックスと近縁のハコクラゲの一種です。約10-15㎝の立方形の傘を持ち、傘縁に4本の腕とそれぞれの腕に7本の触手を持ちます。日本では沖縄県のみに分布し、波あたりの少ない砂浜や入り江、人工ビーチなどに発生します。小児ではアナフィラキシー症状を呈し、死亡する例もみられます。それを防止するために、クラゲネットが使用されています。沖縄のきれいな海の浅瀬のわずかなネットの中だけに人がいる写真をみて切なくなりました。
*イルカンジ
オーストラリア北東部クイーンズランド周辺にみられる猛毒をもつハコクラゲの一種でアボリジニのイルカンジ部族にちなんで命名されました。大きさが数cmと非常に小さいために彼らは「見えざる海の怪物」と恐れていました。頭痛、全身の激痛、筋肉痛、動悸、血圧上昇などの全身症状を呈します。これをイルカンジ症候群とよびます。キロネックス程ではないにせよ、溺死、変死の中にこのクラゲによると思われるケースもあるそうです。
*(キタ)カギノテクラゲ
最初に書いたので省略。傘の直径は約2㎝で、海藻をとる海女が最も多く刺されるそうです。また海藻類を生で摂食した場合も同様の全身症状を起こすこともあります。
*エチゼンクラゲ
備前クラゲと近種で、食用になります。ビゼンクラゲが中華料理に使われるのに比べ、エチゼンクラゲは美味ではないようで、大型で大量に発生して漁網などにかかるために迷惑がられています。これも有毒で強くはないものの中国では死亡例もあるそうですが、日本では海水浴の時期ではないので被害はないようです。
*カツオノエボシ(電気クラゲ)
世界中の暖海に広く分布します。太平洋側に広くみられますが、稀に日本海側にも漂着します。ブルーボトルと呼ばれるように10㎝程の青白い浮袋(気胞体)を持ち、水面に浮いています。気胞体の下には数mにも及ぶ長い触手が垂れ下がっています。風に吹き寄せ垂れて岸辺に近づき刺されることが多いです。刺されると電撃痛が走るので別名電気クラゲともよばれます。数回刺されるとアナフィラキシーショックを起こす例もあるそうです。
厳密にはクラゲではなく、ヒドロ虫の仲間です(ヒドロ虫網、管クラゲ目、カツオノエボシ科)。
*ウミウシ
クラゲの威をかるウミウシ
美しい青色をしていますが、カツオノエボシを食します。そしてその毒を体の外にだしています(盗刺胞)。それで触ると毒にやられます。
*アカクラゲ
傘は直径9-12㎝でやや扁平です。外傘に16本の赤褐色の条紋があります。それでレンタイキクラゲともよばれます。乾燥して粉末状になったものが風に乗り、くしゃみを起こさせることもあるのでハクションクラゲともよばれます。刺胞毒が強く、特に春に激しいそうです。30秒程してピリピリしてきます。
*ヒクラゲ(火クラゲ)
主に瀬戸内海の秋から冬にみられる立方くらげです。10-20㎝の傘を有し刺されると激痛が数日続き、火傷様の火ぶくれを生じるのでヒクラゲという名がついたとされます。漁夫に恐れられているそうです。
*アンドンクラゲ
行燈を思わせるような3-4㎝程の立方系の傘をもち、その下に20㎝程の触手をもちます。
黒潮に乗って北海道付近まで北上し、お盆の時期に多発します。ほとんど大事には至らないものの刺されると激痛を感じミミズ腫れをおこすので、カツオノエボシと並んで電気クラゲと俗称され、嫌われています。お盆過ぎには海水浴をしない方がよいとされる所以とされます。
*ハナガサクラゲ
花笠様の円盤状の外観をもち、美しいクラゲです。5㎝から大きいものは20㎝にもなります。昼間は岩や海藻に付着していることが多いので、一般の害は少ないものの、触手毒は強いのでダイバーや海藻を素手で触らないような注意が必要です。
*ボウズニラ
カツオノエボシなどと同様の群体性の浮遊性ヒドロ虫、管クラゲの仲間で、暖海性で春にみられます。坊主の頭に似た気胞体は5-15㎜程度で、伸縮性に富む細長い幹は数㎝~数mまで伸び縮みします。「ニラ」は棘を意味する「イラ」の訛りに由来するとされます。近縁腫にコボウズニラがあります。
*キタユウレイクラゲ
「ライオンのたてがみ(Lion’s mane jellyfish)」とも呼ばれる世界最大級のクラゲでシャーロックホームズの事件簿に登場するクラゲです。学名「サイアネア・カピラータ」。イギリスの西岸から南西部、南部の海岸でみられるそうです。最大のものは幅約1.8m、足まで含めた体長は約60mにも及ぶとされ、刺されると激痛が走ります。日本ではキタユウレイクラゲと呼ばれ、北海道から三陸沿岸で生息が確認されています。

クラゲの治療については、ハブクラゲの治療を中心に書きます。
まず、刺されないためにはクラゲ防御ネット内で泳ぐということが鉄則です。また不安があれば泳ぐ際にもウエットスーツやラッシュガード、Tシャツなどを着用して肌を晒さない注意も重要です。仮に刺された場合はパニックになって擦り落そうとしないこと。また真水も掛けないことです。刺激、浸透圧で刺胞が発胞し、皮膚に刺さり毒素が刺入されます。食用酢(5%酢酸)をかけて発胞を抑制し、厚手の手袋などをつけて触手を丁寧に皮膚から取り除きます。(酢をかけるのはハブクラゲの場合でカツオノエボシ、ウンバチイソビンチャクなどに刺された場合は酢をかけると逆に刺胞を発射させるので危険です。海水で静かに洗い流すのが良いです。その後氷や冷水で冷やします。全身状態が悪ければ救命処置をして病院へ、となります。
砂をかけて擦ったり、アルコール、アンモニアなども発胞を刺激するので避けるべきです。
ハブクラゲなどの立方クラゲ以外で、クラゲの種類が分からない場合は食酢ではなく、海水をかけて丁寧に洗い落とすのがよいとされています。

🔷魚
*ゴンズイ
本州中部以南に分布します。ナマズ目の海水魚で体長約10~20cm、体は細長く黒褐色の地に2本の黄色靭帯があります。背びれと胸びれに棘をもち、基部に毒腺があります。幼魚は群れをなし、ゴンズイ玉を作ります。夜行性で夜間に磯や防波堤付近に群れます。刺されると焼けつくような激しい痛みを生じ、創部は発赤腫脹します。魚は死んでも毒は残るのでうっかり触ったり、踏みつけない注意が必要です。魚の毒は蛋白毒で熱に不安定なので45度程度の熱いお湯に浸けると痛みは軽減しますが、外に出すとまた激痛を生じます。
一般的には命に係わることはなさそうですが、白浜でゴンズイを手で握って死亡した66歳の例もあるとのことで要注意です。
和田先生は、怖そうなお兄さんが毒魚に刺され受診した際、熱湯に浸けることを信じてもらえず、一時恐い思いをしたものの、恐る恐る熱湯に浸けるように勧めたところ、痛みが楽になったのか、急に態度が変わり柔和な顔になった経験談をして下さいました。
*ギギ、アカザ
ゴンズイに似たナマズ目の淡水魚です。ゴンズイ同様に毒棘を有するそうです。西日本に分布しています。
*ミノカサゴ
太平洋とインド洋に、日本では北海道南部以南の沿岸部に生息します。体長25㎝程になります。胸鰭、背鰭、尻鰭などが非常に大きく棘状に突出しています。肌色の地に黒褐色の横縞模様が入っています。煮つけなどの食用として使われることもあります。背ビレを中心に毒を持っています。夜行性で珊瑚や岩場の影に潜んでいますが、攻撃的な魚で刺激すると立ち向かってくるとのことです。
*アイゴ
全長30㎝ほどで、木の葉のように左右に平たく、緑褐色をしています。褐色の横縞が数本あり、白っぽい斑点があります。背鰭、腹鰭、尻鰭に毒腺を有しています。食用になりますが、夏はアンモニア臭が強く、冬好んで食されるとのことです。地方によっては美味な魚として珍重されるとのことです。
*ハオコゼ
体長は10㎝程度。ずんぐりとして寸がつまり、体高が大きいです。色が赤、黒、褐色と鮮やかな地図状で、小さくてかわいらしいので水族館ではよく飼われます。しかし水族館危険度ランキングでは堂々の1位です。毒のある背鰭を取り除けば唐揚げなどの食材としても活用できるとのことですが、サイズが小さくさばくのに面倒で一般的には捨てられることが多いそうです。
*オニダルマオコゼ
沖縄に生息しています。背鰭が13本ですが、3本位の刺傷で人が死ぬほどの猛毒とのことです。浅い海に生息し、体長約40㎝、石を思わせる魚で砂泥中に体を半分埋もれさせるなど見つけづらく、シュノーケリングやスキューバダイビングを行う際には十分な注意が必要です。ゴム草履や運動靴では刺傷を防げず、フェルトのついた厚底の靴が勧められます。高級魚として食用にされます。
*エイ
大野麥風(ばくふう)の絵にも言及されました。そういえばかつて東京ステーションギャラリーで大野麥風の大日本魚類画集の展覧会を見に行ってあまりの美しさ、精緻さに息をのんだことを思い出しました。ミクロネシアやアイヌではエイの棘で槍、銛を作っていたそうです。
エイは浅海に生息し、砂場に多いです。漁労や海水浴時に魚を踏みつけて刺されます。尾部の棘には返しがあり、棘が体内に残ることがあります。刺傷、切傷と毒のために激しい痛みがあります。中には死亡例もあります。手術が必要なケースもあるそうです。
*ダツ(オキザヨリ)
ダツ類は日本で6種が知られています。細長い体に両顎が著しく長いのが特徴です。魚は海面すれすれに飛ぶように泳ぐために顎が刺さって死亡した例もあるそうです。電灯に向かって突進してくるために、夜海面では電灯を水平に向けないことが重要です。また電灯を海中に向け顔に刺された例もあるそうです。毒は持っていません。
*ヒョウモンダコ
日本では琉球列島に生息します。サンゴ礁海域のリーフ内、潮干狩り時の石の下、岩場に多いそうです。体長約10㎝。黄色地に円形の青色の円形の斑紋があり、刺激を受けると拡大し、美しく輝きます。ヒョウ柄を思わせることから命名されたそうです。毒はフグ毒と同じ、テトロドトキシンで局所麻痺、呼吸困難をきたし、死亡例もあるそうです。温暖化に伴い、本州での捕獲の報告もあがるようになってきたそうで、注意が必要です。

参考文献
皮膚疾患をおこす虫と海生動物の図鑑 皮膚病診療2000年増刊号 Vol 22 Suppl 2000

各項目は和田先生の講演内容を元にWikipediaなどの記事も参考にしました。

シミの治療

 先日シミの治療についての千葉県皮膚科医会の講演がありました。
講師は当ブログでも度々引用、登場しているシミのスペシャリスト葛西健一郎先生でした。
名著「シミの治療 このシミをどう治す?」の著者でもあります。第1版は2006年の発売、第2版は最近リバイズドバージョンがでました。小生は2冊とも購入しました(別に自慢でもなんでもありませんが)。
数々の講演を聴いてきて納得できる内容と思っています(個人的な意見で、客観性は保証しません)。

顔のシミについては、当ブログでも過去に数回にわたって、かなり詳しく述べました。(2012.2.19, 2013.11-2014.1 シミ、肝斑 、そばかす、PIH, ADM, 老人性色素斑など)そちらのほうも参考にしてみて下さい。

当日の講演の初めに「顔はシミの万華鏡」という言葉がありました。帝京大学の渡辺先生が統計で示されたように、ひとくくりに「シミ」といっても実に様々な疾患、病態が含まれています。同じ人の顔にも複数の異なる種類のシミが混在して現れることがよくあります。まさに万華鏡といわれる所以です。
その中でも しっかり押さえておくべきもの、(重要な鑑別疾患)は以下の疾患であるとのことで、それを重点的に解説されました。
もちろん、メラノーマなどの皮膚ガンはとても重要ですが、それらは割愛して。
#肝斑 #雀卵斑 #老人性色素斑 #後天性真皮メラノサイトーシス(ADM) #炎症後色素沈着(PIH)

#雀卵斑・・・いわゆる「ソバカス」のことです。IPLでもQスイッチレーザーでもピコレーザーでも取れますが、また再発します。
#老人性色素斑・・・脂漏性角化症とも呼ばれるように基本的に良性腫瘍です。ということは、シミが薄くなることではなく、きっちり取り除くことを目指すべきです。その意味では、IPLはよくありません。シミが薄くなってくると取れません。炭酸ガスレーザーやQスイッチレーザーが適応になります。それより絶対的優位ではないものの、ピコ秒レーザー(PicoSure, PicoWayなど)はよい適応です。
#ADM・・・幼若メラノサイトの原因不明の活性化によります。真皮のメラノサイトによるものなので、褐色からやや灰色がかってみえます。発生部位によって6部位に分けられます。6部位の完全型は2%、頬型(頬骨突出部)が80%、下顔瞼が24%に見られます。肝斑と異なり眼瞼にも生じ、頬部はびまん性の三日月型ではなく、ボタン雪状に小斑性にみられることが多いです。額の外側びまん性型は28%、Qスイッチレーザーのよい適応となります。ピコレーザーはダウンタイムが少なくよい適応です。適切に治療されれば再発しません。
#PIH・・・炎症後3-6週後に生じてきます。正常の生体反応ですので1年経てばほぼ軽快してきます。それで治療法は積極的無治療が最善です。治そうとしていろんなことをする事が、却って治癒を妨げます。一番まずいのが、マッサージなど擦ること、従って化粧も、洗顔剤も、日焼け止めも避けさせます。特に日本人はマメにスキンケアしようとして、やたら顔を擦ることがあるからです。ハイドロキノンも勧めません。ただ不安をとり除き肌状態をチェックする目的で毎月受診してもらいます。
#肝斑・・・肝斑の成因についてはいくつかの都市伝説があります。いわく、紫外線、女性ホルモン、ストレスなどなど。成書にもまとこしやかに書いてあります。しかし、目の下がくっきり抜けてそこに紫外線が当たらないでしょうか。男性だって肝斑になります。演者の考える根本原因は擦りすぎによる皮膚のバリア破壊です。反射モードのダーモスコピーで顔の皮膚表面を観察するとそれがハッキリと見てとれます。刺激を避けることによって皮膚のキメが回復して肝斑も軽快していきます。治療に関しては、以前からトラネキサム酸(トランサミン)、ケミカルピーリングなどがありました。トランサミンの効果については以前はエビデンスレベルの高い文献はすくなかったものの、最近は中国、韓国からC1-Bレベルの報告があがってくるようになったそうです。一方、ある時期よりレーザートーニングという施術が喧伝されるようになり、本邦の美容界でも一世を風靡しました。ただ時が経つにつれてその副作用を目にするようになり、演者はアンチレーザートーニングを主張するようになりました。肝斑が擦りすぎなどの外的刺激によるものであるとの自説に基づき、レーザーもかえって刺激になりうること、また過度に照射して白斑を作った場合には永久に戻らないことなど鑑みて肝斑に対するレーザートーニングには異議を唱えています。演者(葛西健一郎)のホームページを見るとレーザートーニングの真実~業者によって作られた施術~というタグがあり、やや刺激的な内容ではありますが、開発の頃から最近までの流れが述べられています。勿論葛西先生の個人的な見解ではありますが、レーザートーニングに興味のある人、現に施術を受けている人は一読の価値はあると思います。
最近は従来の機器に代わってピコ秒レーザーによる肝斑のレーザートーニング(ピコトーニング)がでてきたそうです。これも原理的には葛西先生に言わせると2匹目のどじょうとのことです。
レーザートーニングで具合が良いのは、内服を併用しているケースが多く、毛が焼けて肌がすべすべすること、何か施術をやってもらって安心すること、なども関与するのではないかとのことです。
ただ、最初にも述べたように顔には様々なシミが同時にでます。肝斑の治療と肝斑も併発している人の治療は違います(ADMと肝斑の合併(重複)例は非常に多いです。一番大切なことはシミの正確な診断、見極めです。レーザーは老人性色素斑などの器質的な疾患には強いが、肝斑などの機能的なものには無力だと知ることが重要です。その上で、レーザーはしっかり照射します。当て残しは恥で、炎症後色素沈着は恥ではありません。自信を持って治癒を待てばよいのです。

葛西先生の当日の講演は独自の説も混じっていたようですが、長年の経験と実績に基づいた講演は説得力がありました。
美容の分野、特にレーザー機器は開発が目覚ましく、理論やエビデンスが実践に追いついて行かないように思われます。
乳児血管腫に対するレーザーの適応、フラクションレーザーの瘢痕への効果なども専門家によって意見が異なります。
そういいつつも韓国、中国のこの分野での進出は目覚ましく、AAD,EADVなどの商業展示ブースではアジアからはこの両国で溢れかえり、日本からの展示はほぼみかけません。講演についても同様です。また最近のEADVは学会最終日はレーザー、フィラー、ボトックス一色のさながら美容学会の様相を呈してきています。
若き日に東芝のQスイッチルビーレーザーを用いて太田母斑が完治することを世界に初めて知らしめた渡辺先生、その辛口の解説で日本のレーザー界の重鎮の一人であった帝京大学の渡辺教授も退官されました。葛西先生も一開業医です。色素の分野でアジアを、あるいは世界の皮膚科をリードしてきた日本の皮膚科の科学的な実力が問われ、期待されるところです。

漆かぶれの新たな免疫機序の解明

総会の最終日は、特別企画として「皮膚科研究の目指すべき道とは」と銘打って内外の研究者の講演がありました。そのなかで、特に印象深かったのがハーバード大学のWinau Florian先生の講演でした。
といっても、英語の講演で、小生にはなじみのない基礎的な免疫のお話だったので漆かぶれの病態解明でへーすごいとは思ったものの、あまりピンとはきませんでした。むしろ驚いたのは、講演のあとの質疑で、皮膚免疫の専門の先生方が興奮したような口ぶりであれこれと英語で質問しながら、賞賛していたことでした。これはそんなにすごい内容なのかと、あとで一寸調べてみました。それでもまだ内容の核心は理解しきっていません。教本などをみつつ、自分なりに理解した範囲で書いてみます(あまり自信はありませんが)。

Rivisiting the importance of CD1a on Langerhans cell, Winau Florian

当日の内容はnature immunologyの下記の記事でみることができます。
Ji Hyung Kim, et al. CD1a on Langerhans cells controls inflammatory skin disease. Nature Immunology 17,1159-1166 (2016)

MHC分子上のペプチド抗原を認識する通常のT細胞の細胞免疫反応と異なりCD1分子はT細胞への脂質抗原を認識します。CD1aは抗原提示機能をもつ樹状細胞であるランゲルハンス細胞に多く発現されています。CD1aは外来性の脂質抗原(例えば結核菌などの細菌など)や自己の脂質抗原と結合してこれらの抗原呈示を行っています。
入りくんだ免疫機構において上記の機構は深く免疫の病態に関わっています。しかしながらin vivo(生体内)でのランゲルハンス細胞でのCD1aの働きはよく分かっていませんでした。
それはCD1aはヒトでは発現するものの、マウスはこれを欠いていたからです。それでCD1aを遺伝子導入したトランスジェニックマウスを用いて、これを検証しました。
脂質抗原であるウルシオールをこのマウスの腹部に塗布して感作し、耳に再度漆を塗ることによってかぶれを起こさせ、その部位の免疫炎症細胞の動きを観察しました(病理組織、フローサイトメトリーなどを用いて)。その結果、炎症反応はCD1aに大きく依存しており、これを欠いたり、抗体でブロックすると反応は抑えられました。そしてCD4T細胞を誘導しました。さらに炎症性サイトカインであるIL-17,IL-22も発現させました。これらの動態は最近漆かぶれを起こした人の血液を用いても同様なサイトカインの動きがみられました。
多くのウルシオールの分子のなかでdiunsaturated pentadecylcatechol (C15:2)という分子が主要抗原であることを見出し、その結晶構造も3次元的に解析しました。(上記ジャーナルに図示あり)。
ネットで調べていたら、このトランスジェニックマウスを作ったのは京都大学ウイルス研究所・杉田研究室とありました。この研究の元材料が日本人によるものに驚き、また日本独特ともいえる漆のかぶれの原因究明が日本人の手でなかったことは一寸残念な気もしました。
皮膚科の教本の接触皮膚炎(かぶれ)の説明を読みますと以下のように書いてあります。

Langerhans細胞は機能的に抗原呈示細胞であり、表皮に侵入した抗原を捕食し、プロセスした後、細胞膜上のMHCクラスⅠおよびⅡ分子に抗原ペプチドを乗せ、共刺激分子とともにT細胞に提示し、T細胞を活性化させる。また、抗原を捕食した後活性化され、表皮を離れ、真皮、輸入リンパ管を通って所属リンパ節に遊走し、そこでT細胞に抗原呈示を行う。所属リンパ節で抗原呈示を受けたT細胞は輸出リンパ管、真皮を経由して表皮に達し、そこで再び抗原呈示を受けると活性化され様々なサイトカイン、ケモカインを産生し、炎症を惹起する。この過程がアレルギー接触皮膚炎の基本構造である。(下図 参照)
皮膚科学 第9版 著・編 大塚藤男 原著 上野賢一  3章 皮膚免疫学 川内 康弘

蛋白(ペプチド)抗原がMHCⅠ,Ⅱ分子に表出されて、T細胞受容体(T cell receptor: TCR)に認識されて免疫反応が進むという説です。実際に漆成分も変化して蛋白抗原となり、MHC分子と結合し、免疫反応を生じるという報告もあります。脂質抗原の経路も別にあるということでしょうか。
いずれにしても従来の教科書には記載のなかったMHC非拘束性の新しい免疫経路ということになります。
当日の講演での、小生にとってより驚いたことは乾癬においても、皮膚の自己脂質抗原と反応したTh17細胞が関与して、乾癬ではCD1aも多く発現しているということでした。そしてCD1aを抗体でブロックすることによって皮膚の炎症を抑えることができたそうです。乾癬の患者ではCD1aと反応する炎症性T細胞の強い活性化がみられます。
それで、彼らはCD1aは乾癬をはじめとする炎症性皮膚疾患治療の新しいターゲットになることを期待しているそうです。
今後の研究、発展が待たれるところです。

 大塚 皮膚科学より

 大塚 皮膚科学より

 京都大学ウイルス研究所細胞制御研究分野 杉田研究室 HPより