基底細胞癌

顔のいぼ様の出来物は高齢になると、様々なものが出てきます。当ブログでもいくつか書き連ねてきましたが、高齢化社会において気になるものはやはり癌、悪性腫瘍です。だいたい一般的に見られるのがいわゆる老人性イボ(老人性疣贅、脂漏性角化症)です。無論黒子のガンとも言われる悪性黒色腫(メラノーマ)は見落とすわけにはいきませんが頻度は少ないです。
その中で、基底細胞癌、基底細胞上皮腫(basal cell carcinma:BCC, basal cell epitherioma:BCE)は頻度が多く老人性イボに酷似してうっかりすると、その中に紛れ込んで見落とす危険性もあります。特に患者さんが他のホクロやイボのことを気にして受診すると、それにのみ注意してBCCを見落とすこともあり得ます。
近年、ダーモスコピーの技術が浸透、発達してきました。その中でもBCCは最も特徴的なダーモ所見を呈する悪性腫瘍の一つかと思われます。その気になってみれば、3,4mm程度の小さなものでもかなり診断できます。そうして初期のうちに摘出すれば完全に治癒させることができます。ただ、中には進んでしまって手遅れになるような浸潤型のケースもありますが。
そこで、臨床像、ダーモスコピーの所見を中心に述べてみたいと思います。
【臨床像】
高齢者の顔、特に鼻を中心とした正中部分に好発します。結節潰瘍型では表面が平滑で蝋様光沢がある黒色の丘疹、結節で青み、灰色がかることもあります。進行すると中央が潰瘍化しその周囲を黒色の小塊が環状に取り囲む傾向があります。表在型では隆起は少なく、黒色点状の集まった局面を呈します。斑状強皮症型では黒色調は弱く表面は萎縮し、皮下に境界不明瞭なしこりを触れます。このタイプは腫瘍辺縁が明瞭でないので、手術の際に不完全な切除となり易く注意を要します。日本人など黄色人種ではメラノサイトとの共生が多く、黒色調を呈しますが、白人では皮膚色ないし淡紅色調を呈し黒色でないことが多いです。
BCCには発症し易い疾患や状態があります。紫外線の影響は大きく、従って若い頃日光を多く浴びた高齢者に多くみられます。その他に慢性ヒ素中毒、放射線曝露、MTX,CyAなどの薬剤、免疫抑制などが関与します。また遺伝性疾患の基底細胞母斑症候群、色素性乾皮症、眼皮膚白皮症なども発症の母地になります。それぞれの責任遺伝子も同定されてきています。
【ダーモスコピー】
ダーモスコピー診断アルゴリズムのうち、汎用されているのが、2段階診断法です。第1段階でメラノサイト病変の所見、色素ネットワークの有無を確認して、次に基底細胞癌の所見の有無をチェックした後、脂漏性角化症の所見の有無をチェックするという手順になっています。
第1段階でメラノーマを見逃さないように、という考えが根底にあるでしょう。ここで黒子かメラノーマかを吟味します。(ただ、臨床像が脂漏性角化症に類似するメラノーマが一定数存在することが知られているので注意が必要ですが、混乱するのでここでは取り上げません。)
今回は、そこをクリアーした第2段階の基底細胞癌についてです。
その代表的な所見は7つあります。(最後のものは2010年の改訂版から追加されました。)
1. 樹枝状血管(arborizing vessels)
2. 大型灰白色類円形胞巣(large blue-gray ovoid nests)
3. 多発性青灰色小球(multiple blue-gray globules)
4. 葉状領域(leaf-like areas)
5. 車軸状領域(spoke wheel-like structure)
6. 潰瘍形成(ulceration)
7. 光沢性白色領域(shiny white areas)
樹枝状血管は真皮内の大きな塊があることを示しています。すなわち、それを迂回し、取り囲んだ血管が樹枝状に折れ線状に蛇行して見えるのです。したがってBCCではなくても、例えば粉瘤でもみられます。ただ、直径数mmの小さなBCCでは認めないこともあります。この際はblue gray globuleが重要な所見となります。光沢性白色無構造領域は偏光式のダーモスコピーを用いた際の表在型BCCや無色素性BCCでみられ、真皮膠原線維の繊維化を表しています。この分野はAI技術が進んでいて、将来は診断はAIが下すことになるかもしれません。

BCC(BCE)はダーモスコピーの導入によって、かなり正確に診断できるようになってきました。しかしながら、脂漏性角化症や悪性黒色腫などとの鑑別が難しい例もあり、やはり最終的には病理組織検査での確認が必須になります。
治療は外科的手術で最低4mm離して切除することが原則です。切除マージンはガイドラインでは低リスクで4mmとなっていますが、本邦では色素性で断端が明確な例がほとんどであることより、実臨床ではもっと少ないマージンで手術されることが多いようです。より少ないマージンでも再発は少ないので、最適なマージンを検証する試験がなされています。米国などでは高リスクBCCに対してはMohs手術が行われています。術中に迅速標本で断端部を検証して断端陰性になるまで追加切除する方法です。しかし日本ではその必要性は少なく、大掛かり、長時間手術となるため、一部施設のみで行われています。手術不能例では、放射線治療、外用化学療法、凍結療法、光線力学的療法、また全身性化学療法、SMO阻害剤、免疫チェックポイント阻害薬などが用いられることもありますが、いずれも治療成績は手術療法には及びません。

基底細胞癌(Basal Cell Carcinoma :BCC)

基底細胞癌とヘッジホッグ

乾癬の内服療法

乾癬の治療薬の進歩は目覚ましく、生物学的製剤はなんと11製剤が上市されPASI クリアーの時代になってきました。最初の頃は逐一フォローしていましたが、もうとてもついていけず、ブログ記事も脱落してしまいました。それに、使用施設、医師要件は大分緩和されて開業医の先生がたの中にも積極的に導入、参入されている方もいらっしゃいますが、内科病院との連携、協力を必要とするなどやはり敷居は高いです。
前回のオテズラの講演会でも患者アンケートで、外用は面倒、治らない、注射薬は高くて、痛いなどとの不満もあり、結構内服薬の評価が高いことがあげられていて驚きでした。
それだけではありませんが、タイムリーに乾癬の研究、臨床では今や若手のリーダー格とも目される帝京大学の多田弥生先生の皮膚科学会総会での内服療法の講演がありましたので、E-learningを聴講してみました。
「乾癬の内服療法」  帝京大学 多田 弥生
従来から使用されてきた乾癬の内服薬剤についての解説の講演の骨子をまとめてみました。

◆シクロスポリン(ネオーラル)
免疫抑制剤で、過去一時期は乾癬に最も有効な薬剤として多く使用されていました。凡そ1ヶ月で著効を呈し(PASI60~80%)、痒みにも効果があります。2〜5mg/kg/日で使用されます。難治部位の爪、陰部、軽度の乾癬性関節炎にも有効で、爪病変も2mg/kg/日、1年でかなり軽快します。効果は血中濃度のピークに比例し、副作用は血中の作用面積の積分に比例するので、分割投与よりも、朝食前の1回投与が良いとされます。しかし、血中濃度が急速に上昇する分、気持ち悪さ、頭痛、動悸、ふらつき、血圧上昇には注意が必要です。また50mgカプセルは大きく飲みにくいという欠点もあります。副作用として、腎障害、血圧上昇がありますので、腎機能がベースラインから10%悪化なら減量し、GFR 50ml/分以下の腎機能障害では使用中止です。また急に薬剤を中止するとflare upすることがあるので、徐々に中止したり、他剤との併用療法などを行います。高齢者では副作用が出やすいので使いづらい薬です。長期連用は不適ですが、1ヶ月後イベントがある時などには良い薬剤です。以前は妊娠中は禁忌でしたが、現在では使用可能とされています。
◆レチノイド(チガソン)
ビタミンA酸製剤です。最も注意すべきは催奇形性があることです。それで女性は2年間、男性も6ヶ月間の避妊が必須です。膿疱性病変、角化性病変に有効で、紫外線療法との併用が良いとされます。免疫抑制剤ではないのでそれらとの併用も可能です。高齢者にもよく使われます。副作用として、口唇炎、粘膜ビラン、手指のひび割れ、脱毛、肝機能障害、脂質異常などがあります。通常10〜30mg/日を使用しますが、副作用も勘案して特に高齢者は10mgなどの少量から始めるのが良いです。
◆アプレミラスト(オテズラ)
PDE4阻害剤です。細胞中のcAMP濃度を上昇させることにより、炎症性サイトカインの働きを抑制して効果を発揮します。また逆に制御性サイトカインのIL-10は上昇させます。痒みに効果があり、難治部位の頭部、爪、軽度の関節炎(付着部炎)にも効果があります。爪病変の改善は生物学的製剤のアダリムマブに近似するとのことです。但し臨床効果は限定的で3、4割の人にはよく効くとのことです。下痢、悪心、頭痛などの副作用はありますが、概して軽度で対応可能なことが多いです。
◆メトトレキサート(MTX,リウマトレックス)
細胞増殖を抑えて効果を発揮します。古くからある薬剤で関節リウマチにはよく使われてきました。但し、本邦では乾癬への適応はなく、一部関節炎に対してしか使われてきませんでした。最近日本皮膚科学会からの要望で公知申請が厚労省に認められて、2019年から乾癬にも使用できるようになりました。(これには自治医科大学の大槻マミ太郎先生などの働きが大きいと思います。—当ブログ2019.1.24参照)。リウマチ領域では、従来は連日投与が行われていましたが、これは血球減少など副作用が多く見られていました。皮膚科では表皮細胞のturn overが37.5時間であることから細胞合成期にだけ効けばよいとの考え方から週1回の投与方法でした。現在では内科領域でもそのような投与方法に変わってきています。
治療効果はMTXの使用量を制限しなければ16週間でシクロスポリンとほぼ同等とされます。但し15mg以下だとやや劣性です。MTXが脚光を浴びてきたのは近年のTNF阻害剤との併用で関節症状に著効を示してきたことも大きいです。皮膚科では6〜10mg/週と症状、病勢を見ながら漸増していきます。また内服24-48時間後に葉酸(フォリアミン)を投与します。副作用は骨髄抑制の他、口内炎、肝腎障害があり、GFR 30ml/分以下は使用不可です。HBVの再活性化にも注意が必要です。また妊婦には使用禁忌です。ただ安価な薬なので上手く使えれば効果的です。
◆JAK/STAT Tyk2阻害剤
最近、JAK阻害剤も乾癬領域で使われるようになってきました。JAK阻害剤のウバタシチニブ(リンヴォック)は乾癬性関節炎に適応がありますが、乾癬そのものには適応がありません。
Tyk2阻害剤のDeucravacitinib(ソーテイクツ)は第II相試験で3mg/日2回投与16週間で生物学的製剤のステラーラとほぼ同等の効果があるそうです。またJAK1,2,3はほぼ阻害せず、Tyk2のみの阻害なので大きな副作用は出ていないそうです。
毛嚢炎がややでるが、今のところ他のJAK阻害剤のような帯状疱疹の副作用の増加も無さそうです。またオテズラよりも有効とのデータも出ているそうです。

ごく最近Deucravacitinibが乾癬治療薬として米国FDAより承認されました。(2022.9.16)
その内本邦でも承認されるでしょう。内服薬で、効果が高く、副作用が少ないとなればかなり期待がもてますが、治療効果、副作用はもとより、この薬剤の薬価、使用施設基準、要件などがどのように設定されるか気になるところです。

乾癬様皮疹

昨日「栃木県オテズラ錠発売5周年記念Web講演会」があり、聴講してみました。
大阪大学藤本 学先生の「乾癬の病態とPDE4阻害薬のポジショニング」という特別講演はとても興味を惹かれるものでした。
本人も「専門は膠原病で乾癬の講演は自分の分野ではないので乾癬の専門家の前では気がひける、PubMedなどを使った力技で文献的考察を中心に」などとと謙遜されて始まった講演でしたが、その力技の分量、豊富さと免疫学の知識に裏打ちされた講演の内容の深さに感嘆し、久しぶりに興奮を覚えました。
講演の大部分は、乾癬には典型的な乾癬以外にも乾癬様の臨床型を示すことが時々みられるのですが、それを俯瞰的に体系づけての解説でした。大きく分けると乾癬そのものか、ほぼ乾癬様の皮疹を呈する病態と、もう一つは他人の空似というように全く別な疾患なのに乾癬に似た臨床型を示すものの疾患群です。
今までも長年の臨床経験から個々の病態は聞いたり、見たりしたことは多少はありましたが、ここまで体系的な講演をきいたことはありませんでした。
まず前者では、薬剤性のもの、降圧剤特にβブロッカー、精神科薬剤のリチウム剤、これらは有名ですが、近年はTNF阻害剤、IFNα、更には免疫チェックポイント阻害剤によるものも乾癬を誘発することが知られるようになりました。しかしながら統計の手法によっては、有意の差が無しとするものもあるとのことです。
似た病態を示す疾患として、脂漏性皮膚炎、腸性肢端皮膚炎、HIV感染症での乾癬様の皮疹も有名です。また他人の空似、似て非なる疾患で最も有名なものは梅毒でしょうか。手掌の乾癬様の皮疹をみたら専門医なら考えておく疾患です。(特に近年梅毒が急増しているとの報告もあり注意を要します。ただ梅毒はgreat imitatorといわれ、いろんな臨床型を取るためにその気でみないと見過ごす、なかなか視診では分からないことも多いです。ーー個人的感想。)
またときに体部白癬も似た症状を呈します。Th17が関与していることにもよるかもしれないとのことです。また膠原病とりわけ皮膚エリテマトーデス、ハンセン病、リンパ腫、菌状息肉症、IgG4関連疾患、Bazex症候群などでも乾癬様に皮疹がみられることもあります。
これらの他にも、数々の聞いたこともないような疾患の報告例の紹介がありました。
乾癬と膠原病、とりわけLEとの病態の関連では炎症のトリガーとして、自然免疫の関与が近年脚光を浴びていることを述べられました。紫外線、感染症などの刺激がNETs(好中球細胞外トラップ)の関与により、自然免疫を活性化し、炎症を引き起こしていくという病態は近年SLEや関節リウマチ、血管炎などで提唱されてきていますが、乾癬もこのことは当てはまるかもしれない、ただ最近はNETsがブームなので過大評価されているかもしれないがある程度の部分、好中球の関与は間違いないだろう、炎症の上流は似ていても下流は異なるというような話でしたが難しくて完全には理解できませんでした。
また、講演会の主題のPDE4阻害薬の効果、機序については従来の細胞内cAMP濃度を上げるものに加えて、血中LEDが乾癬に効果のある人で有意に変化することからマーカーとして使えるかもしれないとのことでした。
PDE4阻害薬は細胞のミトコンドリア代謝に関連して効果を表しているかもしれないとのお話(大阪大学の渡辺、吉岡両女史の研究)は難しいながら興味をそそられました。
講演の最後に座長の自治医科大学の大槻マミ太郎先生が、藤本先生に乾癬の講演依頼を無茶ブリしたのはたまたまではなく、以前の乾癬学会でもお願いしたこと、乾癬学会理事でもあること、面白い話を聴けると考えてのことだったようですが、十分に堪能されたでしょう。さらに今日の内容の骨子を是非学会誌に特集してまとめてほしいとのコメントをされていました。まさに小生もそう思いました。盛りだくさんすぎて消化不良、理解不能なところをすっきりさせて解説して頂きたいと思いました。