中原寺メール7/31

【前住職閑話】―灼熱地獄―
連日連夜のこの暑さには閉口しますが、皆さま十分お体にお気をつけください。
さてお届けしている「閑話」も随分とご無沙汰してしまいました。怠慢をお詫びして再開します。
平安時代に比叡山横川(よかわ)に住したお坊さんで源信僧都(げんしんそうず)という方がおりました。「往生要集(おうじょうようしゅう)」という書物を著わし、苦しみの極みの世界である「地獄」のありさまをリアルに描かれたのでも有名です。よく年配の人たちは、「子どもの頃にお寺詣りをすると、本堂に地獄の絵がかかっていてお坊さんが説明するのを聞いて怖かった」と言われます。
現代っ子は、妖怪の世界を楽しんでいるようですが…。
「怖いもの知らず」、はかえって心配ですね。
その源信さんが著わされた「横川法語(よかわほうご)」の冒頭に次のような一文があります。
「まづ三悪道(地獄・餓鬼・畜生)を離れて人間に生まれること、大いなるよろこびなり。身はいやしくとも畜生に劣らんや。家は貧しくとも餓鬼にまさるべし。心に思うことかなわずとも地獄の苦にくらぶべからず。‥このゆえに人間に生まれたることをよろこぶべし。」
仏教では、三悪道は人間の作り出す行為の結果と見ます。恵まれた地球の資源を人間の果てしなき欲望のおもむくままに消費する愚かさが「灼熱地獄」を早や表しています。
人間に生まれたよろこびは、欲と怒りと愚かさにめざめるところにあります。
人間の愚かさは、つねに他人(ひと)もやっているからという、無自覚なところです。自分で判定する自分ではなくて、真実(さとりの)の眼を通して見ぬかれた自分であらねばなりません。

痒疹(4)慢性痒疹

慢性痒疹は充実性の痒疹丘疹からなり、個疹の持続期間が長く、数週間から数ヶ月に及ぶもの、と定義されています。慢性痒疹診療ガイドラインでは結節性痒疹と多形慢性痒疹に分けられています。この2疾患について述べてみます。

◆結節性痒疹(prurigo nodularis)
下肢伸側など四肢に生じるものが多く、エンドウ大から1cm大の褐色調をした硬い疣状のドーム状のしこり(結節)が散在します。強い痒みを伴い、引っ掻くことで、頂点にびらんを生じることがありますが、孤立性の小結節が集中して多発する場合でも、湿疹のように皮疹は癒合しませんし、湿疹様の多様性のある様々な皮疹は認めません。
この結節の成り立ち、原因ですが、貨幣状湿疹や金属アレルギーの一部から生じたと思われるものもあり、当初から痒疹結節の形をとるもの、虫刺症などから移行したものもあり、その病変が完成して疣状の結節が完成するまでの経過や病態を分けて考えようとすると収集がつかなくなります。痒疹反応とは様々な異なる原因、病態が混ざった寄せ集めの炎症反応の可能性もあります。
このような観点から日本皮膚科学会の慢性痒疹診療ガイドラインでも痒疹丘疹を「強い痒みを伴う孤立性の丘疹」と表現するにとどめその出自は問うていません。
病理組織額的には、早期は真皮上層の浮腫、血管周囲性のリンパ球、組織球、好酸球、好塩基球などの細胞浸潤がありますが、表皮肥厚と角質増殖が著明になり疣状となってきます。また真皮では縦走する膠原線維の増生もみられます。

◆多形慢性痒疹(prurigo chronica multiformis)
この疾患、病態の位置づけ、名称がまた痒疹の分類に混乱をきたしている一因となっている面もあります。
典型的な発疹は中高年者の腹部、腰部、ときに側胸部にみられる蕁麻疹様紅斑、丘疹でははじまりやがて褐色の充実性丘疹となり時に湿疹ように融合するものをいいます。
このような発疹は実は日常診療で実に多くみられるものでなかなか治りにくく、はっきりとした病名も付けられず、原因も定かでないために医者泣かせ、患者泣かせの病変なのです。
なぜ、混乱の一因かというと、
1.この病気は慢性痒疹に含まれていますが、「本疾患に認められる個疹は亜急性の病変であるが、慢性の臨床経過をたどることから慢性痒疹として扱う」とあり、???です。
2.またPrurigo chronica multiformis Lutz 1957と同一のものではない、との注記があります。すなわち海外から出された原著論文と同じ名称ながら別物なのだそうです。??? だから日本でしか通用しない病名なようです。Lutzの記載したものは、「Lutzが最初にいったときは、nodularisのことを示しているらしいのです。亜急性から慢性痒疹に移行するようなものをいっている。だからわれわれがみているものとはだいぶ違うのではないでしょうか。」(西山先生)
3.痒疹とは痒疹丘疹からなる反応で、皮疹は融合しない、とういう定義でしたが、これは湿疹様で融合し、苔癬化します。しかし湿疹と異なり皮野に拘束されずに丘疹が集ぞくして形成される、そうです。
4.医師によっては尋常性痒疹(prurigo vulgaris)に近い病変を考えて、そうよぶ人もあるそうです。
5.丘疹紅皮症(太藤)と多形慢性痒疹との異同・・・皮疹が高度になれば後者はほぼ全者に近づくという考えもあります。

上記のように、孤立性の痒疹丘疹が痒疹の定義とすると、かなり異なったイメージがあり、蕁麻疹様の紅斑の大きさ、形、丘疹の集まり具合、苔癬化、融合、湿疹化など医師によってイメージするところが微妙に異なっているようにも見受けられます。
これを理解しようとしても、なかなかスーと頭の中に入ってきません。
しかし、このような病態はよくみられますし、しかも近年増えてきているとのことです。多形慢性痒疹は”いわゆる”という括弧つきで一つの病態と捕らえたほうが良いという考えもあります。(西山先生)
佐藤貴浩先生のオーバービュー ~痒疹とは何か~ (皮膚アレルギー フロンティア)の中で、難解な痒疹の反応について、なるほどという記述があります。
「痒疹反応は接触皮膚炎が主に表皮の反応であるのに対して、真皮での炎症反応である。初期の反応は蕁麻疹様紅斑が現れるが、それのみで留まる症例もある。その際に、蕁麻疹反応の強いものと考えるか、痒疹反応の不全型ないしは前駆状態と考えるか、である。このような例は米国でいうurticarial dermatitis にかなり近いものと筆者は考えている。そしてその病理学的反応はdermal hypersennsitivity reaction patternとも呼ばれる。経過の中で、蕁麻疹様丘疹から、やがて持続性の痒疹丘疹をみるようになる例は、しばしば観察される。」
この記述にあるように、あるいは多形慢性痒疹もこのようなものの範疇にはいるのかな、とも思われました。但し、その名称を提唱したKossard先生自身が、これは痒疹とは違うと述べているそうで、これまたやっかい、難解ですが、概念としてはかなり近いものだと佐藤先生は認識されているようです。
国際的な名称、位置づけは今後の課題なのでしょう。

◆痒疹の原因
慢性痒疹は上に述べたように様々な病因、誘因ででてくる多原因のものの寄せ集めといっても良いでしょうが、ではどのようがものが原因、誘因になっているかというと明らかな統計的なデータはないようです。
教科書的には、以下の様々な要因が挙げられています。しかし、いろいろ調べてもはっきりした原因がつかめないケースも結構あり、医者泣かせな疾患です。
「痒疹反応には少なからずheterogeneityが存在する可能性がある。病態の解明が進めば”痒疹反応”の再分類が可能になるかもしれない。」と締めくくりに佐藤先生は述べています。

虫刺症
アトピー性皮膚炎
貨幣状湿疹
金属アレルギー
内臓悪性腫瘍・・・ホジキン病、白血病、癌
内臓疾患・・・肝胆疾患、腎臓病、透析、糖尿病、内分泌疾患、血液疾患、脈管疾患
精神的疾患、ストレス

参考文献

皮膚病診療 特集 痒疹反応 Vol.33,No.12(2011)

皮膚科臨床アセット 18 紅斑と痒疹 病態・治療の新たな展開
総編集◎古江増隆 専門編集◎横関博雄 中山書店 2013

Derma(デルマ) 痒疹の粘り強い治療 ◆編集企画◆ 片山一朗 2014年2月号 No.214

皮膚アレルギーフロンティア 特集 痒疹をめぐる最近の進歩 2015.7 Vol.13 No2

痒疹(3)急性痒疹

急性痒疹とは何か? 一言でいうと、虫さされの後の痒い赤いぶつぶつのような発疹のことです。これを学術的な皮膚科学の用語を用いると、「痒疹丘疹」ということなります。
ですから、急性痒疹とは、痒疹丘疹を生じる疾患、あるいは皮膚反応ということになります。
一見、明確な定義ですが、では痒疹丘疹とは何か?というとこれが、釈然としません。
  西岡先生は対談の中で「痒疹丘疹、あるいは痒疹結節という言葉についていろいろな先生方のお話を伺いますと、漿液性水疱seropapuleであるという表現になっています。そもそも急性の湿疹反応がseropapuleになりますね。言葉の上で痒疹の場合のseropapuleと湿疹のseropapuleとは違うのですが、同じ言葉が使われているために両者が一緒になってしまうのかなという気もして仕方がないのです。」と述べています。
  西山先生はこれに対し、「漿液性丘疹については湿疹丘疹と同じと考えていいのではないでしょうか。痒疹丘疹というのは最初は蕁麻疹様丘疹で始まるんですね。滲出の程度と場所が違うと思います。」と述べています。
 すなわち、痒疹は真皮上層部でのリンパ球、好中球、抗酸球などの浸潤を伴う滲出性炎症といえます。
 その原因は虫刺されが大きな要因とはなりますが、その他に機械的な刺激、食べ物、ヒスタミンなどの化学的な刺激も原因となりえます。また白血病、ホジキン病などさまざまな病気が誘因、原因となりえますが、不明なことも多いです。

虫刺されの場合の原因虫の推定には皮疹の分布、患者さんの行動の問診、皮疹の形態などが参考になります。刺されてすぐ(直後~15分以内位)のアレルギー性炎症反応(即時型反応)、膨疹、紅斑と1~2日後の遅延型反応、紅斑、丘疹、水疱などがあります。
しかし、これらは虫の種類によっても異なりますが、むしろ個人差が大きいです。
同じく蚊に刺されても、一寸痒いくらいで治まる人もいれば、大きく腫れて水疱、あるいは表面がくずれて熱を出す人まで様々です。
(虫刺症についてはそのうち千葉県皮膚科医会で夏秋 優先生の講演が予定されていますので、またいろいろな話を聴けるかと思っています。)

夏秋先生は急性痒疹と虫刺症との関係を以下のように述べています。
「急性痒疹の本態は主に虫刺症であり、原因虫が不明の小児の虫刺症を古くから小児ストロフルス、あるいは小児蕁麻疹様苔癬などと呼んでいたものと考えられる。実際には病歴や臨床像から原因虫を推定し、虫刺症と診断できる場合が多いので、これらの病名をつけることは望ましくないと考えている。しかし、原因がまったく不明の場合は急性痒疹という病名を用いざるをえない。」

以上のことを、踏まえて臨床、病理的な特徴をまとめると、以下のように要約できるかと思います。
急性痒疹とは「痒疹丘疹」を生じる皮膚の反応状態である。痒疹丘疹とは強い痒みを伴う孤立性にみられる丘疹で、蕁麻疹様の紅斑、丘疹ではじまる。原則として真皮上層の炎症反応であり、血管周囲性に滲出性変化がみられ、中央が水っぽくなり、時には表皮上層に小水疱を形成して漿液性丘疹になる。引っ掻くことで丘疹の頂点に小さなびらんを生じる。普通数週間で治癒するが、反復して硬く充実性となり、また一部は慢性化して硬い疣状結節となる。
虫刺症の中ではブユ刺症の場合に慢性痒疹になることが多い。
しかし、一般的に急性⇒ 亜急性⇒ 慢性と進行するわけではない。
元々真皮主体の発疹なので、触診でしこりがあるのが特徴である。また湿疹丘疹と比べると大きい傾向がある。

学派によって、あるいは皮膚科医個人によって異なる意見、考え方があるようですが、大方の専門家の記述をまとめてみました。

参考文献

皮膚病診療 痒疹反応 Vol.33 No.12(2011)

皮膚科臨床アセット 18 紅斑と痒疹 病態・治療の新たな展開

痒疹(2)定義・分類

痒疹を難しくしているのは、その定義と歴史的な複雑な経緯があります。その辺の事情を参考教本を元に調べてみました。
痒疹とは何か?簡単にいうと「痒い丘疹がぱらぱらとみられる疾患」ということです。
痒疹(Prurigo)という用語は1808年にWillanが丘疹をstrophulus, lichen, prurigoに分類したのに始まります。
まず、痒疹の定義を難しくしているのが、ドイツ学派とフランス学派における定義の違いです。
ドイツ学派は痒疹結節(Prurigo-Knȍtchen)の存在を重要視し、フランス学派は瘙痒がまずはじめにありき、というスタンスです。痒さのために掻きこわし、二次的にできる丘疹や結節が痒疹という考えかたのようです。また慢性湿疹の特徴である苔癬化も認めています。
上記のいずれの考えをとるかによっても痒疹の実態も変わってきます。

いずれの考え方にしても、痒疹が「痒疹丘疹を主な徴候とする反応性の皮膚疾患である」ことに異論はないようです。しかし、何をもって痒疹丘疹とするかはまた見解のわかれるところです。
融合しない孤立性の痒疹丘疹、痒疹結節を指標にさまざまな分類があります。
ただ、その分類が形態によるもの、経過によるもの、原因によるものなど内外の学者によって数多くの分類が入り乱れて報告されてきました。また、細かい分類を加えると枚挙にいとまないほどで、分類が却って混乱を招く要因にもなってきているようです。
西山先生は痒疹の対談で、「痒疹を一つの疾患と考えるより、皮膚反応と考えたほうがいいのではないかと思うのです。病理学に立ち返って、急性、亜急性、慢性という経過で、炎症反応としての痒疹反応を眺めたらいいのではないでしょうか。」と述べられています。
大きく括るとそれが、一番すっきりしますし、痒疹のガイドラインもその線に沿っています。
しかし、これでも全体像が網羅され、明確に分類されるわけでもありません。
急性、亜急性、慢性に添って述べていきたいと思いますが、歴史的に付けられた名称、バリエーションなどもここで触れておきます。
◆prurigo Besnier・・・アトピー性皮膚炎の患者に痒疹反応が生じたものが厳密な定義ですが、アトピー性皮膚炎そのものの皮疹とも解されています。ただし、あまり使われません。
◆prurigo Hebra(へブラ氏痒疹)・・・痒疹丘疹が、痒みに先行して生じた真の痒疹ということで、小児期に発症して、四肢伸側に生じた豌豆大の丘疹で、掻いているうちに硬い結節になり、30代で軽快するとされるタイプですが、戦後は激減し、このタイプはみられなくなって歴史的な名称となりました。
◆prurigo nodulasis of Hyde・・・痒疹丘疹を伴わず、痒疹結節からなるもので、中高年の下肢に多い病態とされます。本邦ではあまり使用されません。

この他にもいろいろなバリエーションがありますが、複雑になるだけなのでやめて、急性痒疹、亜急性痒疹、慢性痒疹について述べていきたいと思います。

参考文献

特集 痒疹反応 皮膚病診療 Vol.33,No.12(2011)

痒疹の粘り強い治療◆編集企画◆片山一朗 Derma. 2014年2月号 No.214

皮膚科臨床アセット 18 紅斑と痒疹 病態・治療の新たな展開
総編集◎古江増隆 専門編集◎横関博雄 中山書店 2013年

痒疹について(1)

昨年、船橋市皮膚科医会の講演会で西山先生の「痒疹について」の講演がありました。痒疹は従来から定義の難しい疾患です。しかし、日常診療でよくみられる疾患です。急性痒疹といえば、いわば虫刺されのようなもので特に夏場は普段にみられます。慢性痒疹になるとブユなどの虫刺されが数ヶ月も治らず、孤立性のしこりになったようなもので、これも経験された方は多いと思います。
正確な説明ではありませんが、ああそういえばいつか自分にも出来た、という疾患で何となくイメージできるのではないでしょうか。

このように日常茶飯事のcommon diseaseながら、いざ学問的な定義、解釈になるとこれが非常に込み入って難しくなります。当日の西山先生の講演会も難しく、会の後での懇親会で何か質問しようとして先生の前に進みましたが、何を聞いていいかわからず、もごもごと口ごもっている間に「講演を聴いてますます痒疹が判らなくなりましたね、」と見透かされたようにいわれました。まるで、蛇に睨まれた蛙のようでした。もう、今となっては何を聞こうと思ったのか覚えておらず、その席では皆の雑談の輪に加わっていただけでした。その後、ずっと不完全燃焼の気持ちがあり、今度こそ大先生と討論するぞ、と密かに教本などで勉強をはじめましたが、やはりよくわかりません。
そうこうしているうちに、西山先生の講演会は100回記念の会を締め括りとしてご高齢のために終了となってしまいました。残念ながらもういろいろお聞きすることも叶わなくなってしまいました。(大阪大学の片山一朗先生のコラムをみると「西山先生からのお便り」というのがあって、いまだに矍鑠としてご活躍のご様子ですが。)

痒疹はこのように、日常診療でも多く目にするのに、よく理解できません。これは必ずしも小生の理解力の不足だけの問題でもなさそうです。というのも、その道のベテランの先生方がやはり、痒疹(の定義)は難しいと述べておられるからです。
そもそも痒疹のガイドラインの委員を務められている佐藤貴浩先生自ら、雑誌で「どのような見解を示しても反論の避けられない領域であり、多くの批判を覚悟している。整理を試みたはずが、かえって混乱を招いたかもしれない。」と述べられているほどです。
このように小生にまとめることは無理な試みですが、専門の先生の痒疹の記述を辿ってみたいと思います。

関節症性乾癬

先日、生物学的製剤の研究会がありました。そこで関節症性乾癬の講演がありました。講師は福島県立医科大学の山本俊幸先生でした。乾癬の講演会はよくありますが、関節症に特化したものは少ないのでその内容を紹介してみます。

乾癬には関節症状を伴うことがあり、それを関節症性乾癬(psoriasis arthropathica:PsA)、あるいは乾癬性関節炎(psoriatic arthritis)などとよびます。国際的には後者の呼び方を使うそうです。海外では乾癬の5~42%に、日本では5~10%の人にみられます。最近は診断の向上、早期治療の必要性などが注目されることなどによって割合は増加傾向にあります。
患者さんの60~70%は皮膚症状が先行し、20~30%は関節症状が先行、10%は同時期に発症します。皮膚症状がでてから10年以上のたってから関節症状がでることもあります。皮膚症状の強さと一致しないこともあり中には乾癬の皮疹がごく軽微のこともあります。(PsA sine Psoriasis) 男女差はないとされます。
乾癬の臨床症状のなかでPsAの危険度の高いものには、頭部、殿部、肛門周囲の病変、爪病変といわれています。これらの部位に症状がある人はより注意深く関節の症状を見ていく必要があります。

【臨床症状】
以前からMoll&Wrightの分類がありました。(Semin Arthritis Rheum 1973;3:55)
1.非対称性関節炎型(Oligoarthritis)
2.関節リウマチ類似の対称性関節炎型(polyarthritis)
3.定型的関節炎型(DIP type)
4.ムチランス型
5.強直性脊椎炎型
上記のように分類されます。ただし、実際にはいくつかのタイプが混在することも多いそうです。
ちなみにDIP(distal interphalangeal joint)というのは爪のすぐ近くの関節のことをいい、爪乾癬を伴うことが多いです。
ムチランス型というのは手指の関節変形が高度でばらばらに変形し、あたかもオペラグラスを持った手のようになって固まったものを指します。関節リウマチはむしろPIP(proximal interphalangeal joint)関節(DIP関節より後(中枢側)の関節)が侵され易いです。
乾癬に関節症状があっても、その他の原因の場合もあります。
・乾癬に関節リウマチが合併
・チガソン(ビタミンA酸製剤)内服の影響
・乾癬に変形性関節症が合併
・乾癬に血清リウマチ因子が陰性の、その他の関節炎が合併
このようなケースを除外するためにCASPARの分類が使われます。
CLASsification criteria for Psoriatic Arthritis: CASPAR
炎症性関節症状(inflammatory articular disease)があり、さらに下記の3項目(点)以上あればPsAと診断する。(但し現在乾癬の皮疹があれば2点にカウント。
1.乾癬が存在する、または過去にあった。家族に乾癬の人がいる。
2.典型的な爪乾癬がある。(爪甲剥離、点状陥凹、角質増殖)
3.血清リウマチ因子が陰性(ラテックス凝集法を除く)
4.指趾炎(指圧痕を伴わないソーセージ様の腫脹)がある、または過去にあった。(リウマチ専門医による診断)
5.X線で手足末梢の傍関節部の骨形成がある。(骨棘は除く)
但しこの分類では早期例、非典型例はもれることもあり得ます。そのためにこの分類は特異度は98.7%と高いですが、感度は91.4%とやや落ちます。それに診断の参考にはなりますが、個々人の重症度、病型などは反映されません。

【関節リウマチとの比較】
PsAは基本的には付着部炎Enthesitis(Enthesopathy)といわれ、骨と腱、靭帯、関節包、筋膜の付着部の炎症を主体とします。それでアキレス腱や足底腱膜の腫脹がみられます。
それに対し関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis: RA)は滑膜炎(Synovitis)が主体です。PsAでは皮膚と同様に血管の増生と好中球浸潤がみられます。対してRAでは滑膜の増生(パンヌス)がみられます。
またPsAはリウマトイド因子(RF)陰性、抗CCP抗体陰性であり、血清反応陰性脊椎関節症(seronegative spondyloarthropathy)に含まれる病態です。RAと異なり左右非対称性で手指などの小関節に少数現れることが多いとされます。但し、一部はRF陽性となり、対称性となるなどRA様となることもあるそうです。

【骨X線像】
・関節裂隙の狭小化
・上記とともに骨びらん形成
・末端骨の先端が、鉛筆の先端にキャップを被せたようにみえる像 (pencil-in-cup像)
 骨のびらんで細くなった部分と骨新生のためにキャップを被ったようにみえる部分が同時にみられるためにみられる像
 時にはハツカネズミの耳のような外観を呈する(mouse ear sign)
・ムチランス関節炎・・・骨破壊、萎縮、変形像がみられる
・骨棘形成
・強直性脊椎炎型の竹の節様脊椎( bamboo spine)像。 椎体間癒合をみる
・仙腸関節炎(骨びらんと骨硬化)

【診断】
臨床症状(皮膚、関節)からなされます。正式にはCASPAR基準に準じますが、これはリウマチ科、整形外科による診断が必要です。また初期症状では基準を満たさないこともあります。皮膚症状が先行するケースが多いことを考えると簡便なPsAの問診票の導入が必要でしょう。海外にはPASE, PEST, EARPなどの問診票がありますが、日本ではまだ普及したものはないようです。腰、関節の痛み、こわばりが無いか、手指、アキレス腱、足底の腫れが無いかなどの問診がスクリーニングとなります。確定診断には血液検査とともに、骨X線、MRI、エコーが重要です。

【病態】
乾癬病巣での組織の特徴は、表皮細胞の増生、不全角化、好中球、リンパ球などの炎症細胞の浸潤です。トリチウムサイミジンなどによる研究によって、表皮細胞のターンオーバー時間が正常細胞に比べて、短くなっていることがわかりました。普通、表皮基底細胞が分裂して表皮内を上昇し、角化細胞となって脱落していくのに各2週間ずつかかり、約1ヶ月で垢となり脱落していくとされます。乾癬ではこれが速くなっており、そのために赤く炎症を起こした皮膚に不完全にできた角質がボロボロと剥がれ落ちる状態が生じています。その原因、病態は近年の免疫学の進歩とともに次第に理解が進んできました。当初は表皮角化細胞からの成長因子やサイトカインの発現からTh1細胞、樹状細胞の関与する病態が考えられていましたが、その後Th17細胞が発見され、乾癬ではTIP-DCからTh17に流れる系統の関与が明らかになってきました。TIP-DCというのはTNF-iNOS産生樹状細胞(TNF and iNOS-producing dendritic cell)のことで、この炎症性樹状細胞はTNF(Tumor Necrosis Factor)を介してTh17細胞に作用すると考えられています。近年急速に普及した抗TNF抗体製剤をはじめとする、この系にピンポイントで働く生物学的製剤が乾癬の治療に劇的な効果をあげていることもその理論を裏づけています。
さらに最近は自然免疫の乾癬への関与も報告されてきています。
乾癬では傷で皮疹が新生すること(ケブネル現象)、溶連菌などの細菌感染で悪化することがわかっています。これらの創傷機転や微生物は抗菌ペプチドのカセリサイディン(LL37)やディフェンシンを多く発現します。(実際乾癬ではこれは多く発現されているそうです)。LL37は自然免疫受容体のToll様受容体(TLR7,TLR9)を介して形質細胞様樹状細胞(plasmocytoid dendritic cells, pDC)を活性化させ、IFN(interferon)の産生を促進させ、これがTh1, TIP-DCなどの分化誘導、活性化をきたし、乾癬病巣を新生させるという流れが想定されています。ただし、皮膚と関節部では必ずしも同じ、サイトカイン、ケモカインのカスケードが起こっているわけではなく、関節でのIL-23のソースは腸管のDCも想定されているそうです。また破骨細胞の分化に関与するRANKLなどの関与も報告されています。薬剤によって皮膚、関節への効果に差があるのは病因、病態の違いを反映しているのではないか、とのことでした。

【治療】
PsAの治療指針については、世界的な乾癬の標準治療を目指す団体であるGRAPPA(Group for Research and Assessment of Psoriasis and Psoriatic Arthritis)が2006年に発表した推奨図があります。
おおよそ、関節リウマチの治療に準じたやり方と思われます。末梢関節炎に対しては、非ステロイド性抗炎症薬((NSAIDs)、関節内ステロイド注入、抗リウマチ薬(DMARDs)、生物学的製剤(TNFα阻害薬)で治療を開始することが推奨されています。さらに2009年版ではPsAの重症度を軽症、中等症、重症の3群に分類し、重症度に応じて治療法を選択することを推奨されているそうです。
関節症状は放っておくと関節破壊へと進行し、変形し元には戻りません。この進行抑制作用に関しては、現在のところ生物学的製剤、とりわけTNFα阻害薬が最も優れた効果があることがわかっています。出来るだけ早期にこの薬剤を使用して関節の破壊を食い止めることが有用であることが重要とのことでした。
それでは、どの時点で、どのようなPsAの患者さんに適応となるのか? 軽症の患者さんでも関節破壊を食い止めるために積極的に使用するのか?
当日も会場の先生からの上記の質問がありました。生物学的製剤は高価な薬ですし、免疫抑制に伴う重症感染症などのリスクもあります。
これに対しての回答としては絶対的な基準は無いようでした。無論、ムチランス型など1、2年のうちに急速に進行して手指の関節が破壊、変形してしまうケースなどは絶対適応になります。ただ、全ての関節炎が重症になっていくわけではないので、リウマチ医、整形外科医などと協働しながら注意深く経過を見ながら個々に判断していくことが重要とのことでした。
近年はTNFαが乾癬の病態生理に大きく関わっていること、また乾癬患者さんにメタボリック症候群などの成人病がおおいことなどが明らかになり、乾癬は単なる皮膚だけの病気ではなく、糖尿病、脂質異常症、高血圧、冠動脈疾患の合併率が高い全身性の炎症性疾患であるというとらえ方がなされるようになってきました。
その点でも生物学的製剤は乾癬治療に大きく関わってきています。

参考資料

山本 俊幸 関節症性乾癬ハンドブック

ヒュミラ・乾癬承認4周年記念講演会資料 2014年2月2日 (株) メディカルトリビューン

山﨑 研志: 皮膚の抗菌ペプチドー乾癬病態との関連ー 皮膚病診療:36(4);298~303,2014