魚鱗癬の皮膚症状に加えて、神経、眼症状や骨病変などの様々な臓器病変を伴ったものを魚鱗癬症候群(症候性魚鱗癬)と呼びます。いずれも極めて稀な疾患です。
(1)Netherton症候群
常染色体潜性(劣性)遺伝で1人/100万人の発症頻度です。欧米では1人/10万人とされています。本邦で少ないのはアトピー性皮膚炎と誤診されている例もあるとの説もあります。1)魚鱗癬様紅皮症 2)アトピー素因 3)竹節状裂毛を3主徴とします。
1958年にNethertonが A unique case of trichorrhexis nodosa-“bamboo hairs” +congenital ichthyosiform erythrodermaの症例報告をし、1964年にWilkinsonがILC(Ichthyisis linealis congenita)にbamboo hairとアトピー素因を伴ったものをNetherton症候群と名付けることを提唱しました。
病因、原因遺伝子: セリンプロテアーゼインヒビターであるLEKTI蛋白をコードするSPINK5遺伝子の変異により角層のセリンプロテアーゼ活性が異常亢進した結果、角層の過剰剥離が生じ、表皮のバリア破綻を生じます。本来角層で働くべきセリンプロテアーゼが有棘層でも活性化し、デスモグレイン蛋白が有棘層上層でも分解され角層近傍での角層剥離へと発展するとされます。
遺伝子変異はexon 5,9,18,25で多く(non sense変異、stop codon)上流の変異では重症型、下流では軽症型を生じるとされます。
LEKTI: lympho-epithelial Kazal-type related inhibitor
上記の3主徴に加えて、成長障害、精神発達遅延、再発性感染、てんかんなどを生じます。皮疹は辺縁部に2重の鱗屑縁を持つ曲折線状魚鱗癬の像を呈することもあります。成長障害はSPINK5の抑制機構が働かず、セリンプロテアーゼ活性が上昇し下垂体でGrowth hormoneが過剰に分解されるためとの仮説もあります。
Netherton症候群では角層バリアが高度に破綻しているために長期ステロイド外用によるCushing症候群を生じる危険性に注意が必要であり、またプロトピック軟膏やサリチル酸ワセリンの過剰吸収による腎障害やサリチル酸中毒の恐れがあるためにこれらの薬剤の多くの使用は原則禁忌となっています。
(2)Sjögren-Larsson症候群
常染色体潜性(劣性)遺伝で約10~20万人に1人の発症頻度です。1)先天性魚鱗癬様紅皮症または黒色表皮腫様皮疹 2)四肢の痙性麻痺 3)精神遅滞 を3主徴とします。
病因、原因遺伝子:長鎖脂肪族アルデヒドを脂肪酸に酸化する際に働く脂肪アルデハイド脱水素酵素の遺伝子ALDH3A2の変異により活性低下をきたすことに因ります。
四肢の痙性麻痺を伴い、精神遅滞は高度で視力障害もみられる症例もあるために日常生活が大きく障害されます。また皮膚バリア障害による感染症、うつ熱、脱水症、熱中症などにも注意が必要です。
患者の大部分は呼吸器疾患で亡くなることが多いとのことです。平均寿命は22歳と報告されています。
(3)Dorfman-Chanarin 症候群(neutral lipid storage disease)
esterase/lipase/thioesteraseサブファミリーに属する蛋白をコードするCGI-58(別名ABHD5)の遺伝子異常によります。表皮内で層板顆粒の形成不全と角層細胞間脂質の異常を生じて先天性魚鱗癬様紅皮症様の症状を呈します。種々の臓器に中性脂肪が蓄積して、肝障害、肝硬変、白内障、斜視、眼振、難聴、精神発達遅延、成長障害、筋力低下、運動失調などの症状を合併します。末梢血の塗抹標本で顆粒球の細胞質内脂肪滴(Jordan’s anomaly)がみられることは診断的価値があります。皮膚バリア障害による感染症、眼、難聴、運動失調などにより日常生活が大きく障害されます。
(4)KID症候群(keratitis-ichthyosis-deafness syndrome)
常染色体顕性(優性)遺伝性疾患です。1)先天性魚鱗癬、2)血管新生を伴う角膜炎、3)感音性難聴を3主徴とします。
細胞間チャンネルであるギャップ結合の構成成分であるコネキシン26をコードする遺伝子GJB2またはGJB6の遺伝子変異によります。
角化性病変は乳頭腫状の過角化を伴い、細かい粒状、棘状の形態をとります。手掌、足底に目立ちますが、皮疹の範囲は限局されたものから、広範囲に及ぶ例もあります。爪の変形もしばしばみられ、口腔内に角化性、紅斑性病変、歯の異常を認めることもあります。皮膚の易感染症は高度であり、細菌、真菌ウイルス感染症を繰り返す例が多いです。感染症状、疼痛、難聴、角膜炎などによって日常生活が大きく障害されます。
(5)CHILD症候群 CHILD: congenital hemidysplasia with ichthyosiform erythroderma and limb defect
主に伴性顕性(優性)遺伝。片側性の魚鱗癬様紅皮症、長管骨の形成異常(四肢の欠損・短縮)、爪の肥厚や変形、また時に側弯症、中枢神経系、心血管系の異常、精神遅延、患側の難聴などを認めます。コレステロール生合成過程の遺伝子であるNSDHL機能欠失性変異による遺伝性疾患です。
この疾患で特筆すべきことは、HMGCoA還元酵素剤であるスタチンの外用で著明な皮疹の改善を認めることです。2011年ノースウエスタン大学のAmy Pallerらは皮疹部にコレステロールを外用しても効果がなく、NSDHLの活性低下で蓄積する中間代謝産物が皮疹を形成するとの予想のもとにコレステロール生合成を上流で止めるスタチンの外用を行ったところ皮疹は大幅に改善しました。脂溶性かつ分子量の小さいロバスタチン、アトルバスタチン(日本)が有効とのことです。
(6)Conradi-Hunermann-Happle syndrome
1914年にConradiが、X線上骨端軟骨の異常な点状石灰化をきたし、頸部、四肢の短縮、魚鱗癬症状を有し眼、中枢神経、心血管系に異常を伴う症例をChondrodystrophia foetalis hypoplasiaとして報告しました。
その後種々の名称で報告され、1969年にはChondrodysplasia puncutataと統一されましたが、1992年の国際会議で名称が再統一され、細分化されました。1)rhyizomelic type 2)Chonradi-Hunermann type 3) X-linked recessive type 4) MT-type 5) Others。この中で1)2)の型が皮膚病変がしばしばみられ、Conradi症候群として扱われているそうです。
出生時にみられる魚鱗癬様変化は生後数か月で自然消退し、後に毛包性萎縮や色素失調症様色素沈着、脱毛などを残します。1)の型は生後1年以内に死亡する例が多いとのことです。
Conradi-Hunermann型は伴性顕性(優性)遺伝形式をとり、△⁸ー△⁷sterol isomeraseに変異が病因とされています。
魚鱗癬症候群は小児期から成人になって初めて遅発性に他臓器障害が現れて診断がつく症例が少なからず存在すると予想され、診断が確定するまでは、未確定診断の魚鱗癬症候群とみなされ、関連各科(小児科、皮膚科、眼科、耳鼻科、整形外科、精神科など多くの関連科)の連携が必要とされます。
皮膚の角化に対する治療としては従来は保湿剤、ビタミンD3製剤、レチノイド剤などしかありませんでしたが、近年デュピクセントなどの生物学的製剤の効果の報告もみられ、新たなステージに入ってきているようです。
上記以外にも報告された魚鱗癬症候群はありますが、割愛します。
参考文献
皮膚科学 第11版 編集 大塚藤男 藤本 学 原著 上野賢一 金芳堂 京都 2022
大塚藤男 15章 角化症 pp341-377
標準皮膚科学 第11版 監修 岩月啓氏 編集 照井 正・石河 晃
秋山真志 第18章 角化症 pp271-285
皮膚疾患 最新の治療 2023-2024 編集 高橋 健造 佐伯秀久 南江堂 東京 2022
須賀 康 XIV 角化症 1 魚鱗癬 pp167-168
米田耕造 マルホ皮膚科セミナー 2009年11月12日放送 第108回日本皮膚科学会総会➆ 教育講演4より 「症候群に伴う魚鱗癬」
小松奈保子 Netherton症候群とSPINKS 臨皮57(5増):51-58,2003
広瀬弘嗣 ほか Netherton症候群の成人例 臨皮 62:438-441,2008
久保亮治 CHILD症候群の病態と治療 臨皮 70(5増):53-56,2016
服部尚生 ほか Conradi症候群の1例 臨皮 58:813-815,2004
角田 梨沙 ほか KID症候群の1例 臨皮 70:347-352,2016