宿縁 八月号 中原寺

       【夏二題】
 
 「年ごとに沸騰する地球!」がまさに現実となり、私たちの普段の生活にも多少支障が出てきました。
 世界の動向を見ても戦争や対立それらによる飢餓などが報じられて苛立たしさが増えるばかりです。
 そんな中にもふとささやかな明かりに励まされ希望へ導かれることってあるものです。何気ないことですがきっと皆さんも共感してくださるのではないかと思います。
 夏の一題、テレビのあるコマーシャルの一コマです。
 サントリーの天然水のCMです。出てくる五歳くらいの男の子がリュックを背負ってアルプスの見える山の道をかけていく場面が何とも可愛くて無邪気なのです。それを追いかけるお父さんの姿も写るんです。そして汗をかいたこどもが美味しそうに水を飲む場面が何とも言えず爽快感が伝わってきて臨場感抜群なのです。そしてその子に呼びかける「おーい、大自然を味方にして生きていくんだよー」と呼びかけるお母さんの野太い声がまたさわやかに余韻を残してCMをしめています。
 出演したその子は地元の一般の子どもで、父親役は俳優の柄本祐、お母さんの声は安藤サクラだそうです。きっと「あのCMなら知ってる」という方もお出でではないでしょうか?
 このCMの一番好きなところは「おーい、大自然を味方にして生きていくんだよー」と励ましを送るお母さんの声です。
 いつの間にか私自身も、人間社会も、人間万能とのぼせ上り、自然と対立し、自然を破壊し、自然さえ操ろうとする時代に入ってしまいました。自然の恵みに感謝することがなくなり、どこまでも私中心(人間中心)に生きようとする、まさに末世としか言いようのない時代になってしまいました。
 「大自然を味方に!」とはいい言葉ですね。本来的には「大自然」と表現する場合は、自然環境を強調したいときに使われ、「自然界」・「天然」などが代表的です。
 一方「自然」は人為的を排し、物事がありのままに存在・変化する状態や環境を示す多義的な言葉です。
 さらに加えれば、大乗仏教において究極的な真理をあらわす語として用いられる「自然法爾(じねんほうに)」という表現があります。ことに親鸞聖人は、他力救済が人間のはからいによって成立するのではなく、阿弥陀仏のこの私(衆生)を救おうと誓われた本願力のはたらきによってしからしめることを「自然」(自ら然らしむ)といい、本願の「法則」としてそのようにあらしめることを「法爾」という、とお示しになりました。
 このことは、世間の常識を是として生きる私たちにとって素直に受け入れられないことであって、仏さまのお願いをしっかりと聞き開かねばなりません。
 夏の二題は、「アンパンマン」です。
今、NHKの朝ドラ連続テレビ小説「あんぱん」が人気です。
 アンパンマンを生み出したやなせたかしと妻鴨の夫婦をモデルに、生きる意味を失っていた苦悩の日々と、それでも忘れなかった二人の人生を<逆転しない正義>『アンパンマン』にたどり着くまでの愛と勇気の物語です。
 正直いって始めの主題曲が何を言っているのか分からず期待をしていませんでしたが今年が終戦から八十年にあたることもあって著者やなせたかしが幼年時代や兵役をへて苦難の人生を送ったことを知りました。
 「アンパンマン」は、やなせたかしが描く一連の絵本シリーズで、作品における主人公「アンパンマン」の名前です。パン製造過程でアンパンに「生命の星」が入ることで誕生した正義のヒーローは、困っている人を助けるために自らの顔を差し出す。アンパンだけにその頭の中にはつぶあんが詰まっている。その他、キャラクターは主に食べ物や動物を元にして描かれています。一九六八年に制作した作品はアニメーション映画、漫画、ゲームソフト、おもちゃ・グッズなど多数の派生作品、商品が存在していました。
 やなせたかしは二〇一三年、九十四歳で亡くなりましたが、「人生は よろこばせごっこ」だと言っていたようです。「ごっこ」という言葉には常に一人ではなく二人以上でよろこびを共にしようとする思いがあります。ここには、困っている人を助けるために自らの顔を差し出す「アンパンマン」の心意気が伝わってきます。
 またやなせたかしのこんな詩にも心動かせます。
   絶望のとなりに だれかがそっと
   腰かけた
   絶望はとなりのひとにきいた
   「あなたは いったい だれですか」
   となりのひとは ほほえんだ
   「私の名前は希望です」
 ギラギラと照りつける太陽のエネルギーにも、ふと私の心をふくらませてくれる好き縁がありました。
 どうかこの「夏二題」をお読みいただいたならば隣人にも「読ませごっこ」してみてください。