多汗症とは通常分泌量を超える量の汗が分泌されることで日常生活に支障をきたす疾患です。有病率は人口の1~5%とされており、比較的頻度の高い疾患です。ただし、以前はそれが疾患であるという認識が患者側にもなく、医師サイドにもなじみが少なく、さらに治療選択肢も限られていたために看過されてきた歴史があります。しかし、2012年には重症腋窩多汗症に対してボツリヌス毒素製剤の局注が保険適用となり、2015年には頭部、顔面の多汗症を含めたガイドライン改訂が行われました。近年、多汗症に対する認識も変わってきて、労働生産性の低下や、多汗によるQOL(Quality of life)の低下、不安、うつ傾向の罹患率が高いことなどが明らかとなり、腋窩、手掌原発性多汗症に対して種々の外用剤が保険適用になるなど、多汗症をとりまく状況が以前とは大きく変わってきました。
そこで、最近の多汗症に対する状況、治療指針、選択肢などについて調べてみました。
2023年改訂版のガイドラインでは、鑑別疾患として神経生理学的疾患を含むことから脳神経外科分野、また胸部交感神経遮断術の選択肢も重要であることから胸部外科分野の専門医を含めたものとなっています。多汗症が皮膚科に留まらない包括的なガイドラインを目指しているところです。このような状況の変化にも関わらず、実臨床では医療機関への受診率は10年前とほとんど変わっていないとのことです。そもそもこの疾患は患者さんが不自由と認識しなければ疾患とはいえず、従って治療を行う必要性はなく、また治療手技についても限られていて、完璧な治療薬はないことなども、その認知度の低さの原因とされています。
【多汗症診療アルゴリズム】
まず、診断として、多汗症の中には原発性の他に基礎疾患があって生じるものもあり、それを続発性多汗症といいます。これらは原発性多汗症から除外されます。
薬剤性、循環器疾患、悪性腫瘍、感染症(結核など)、神経学的疾患(大脳皮質障害、脳梗塞、間脳障害、脊髄損傷など)、内分泌・代謝疾患(甲状腺機能亢進症、褐色細胞腫など)、末梢神経障害、Frey症候群など
原発性多汗症は腋窩多汗症、手掌多汗症、足底多汗症、頭部・顔面多汗症、全身性多汗症に分けて記載されています。
部位別にその病態に違いがあります。
🔷病態
【手掌・足底】の発汗は発生学的にはマウス、イヌ、ネコの足裏の肉球における発汗と同一です。敵から逃げるとき、高いところから飛び降りるときの「滑り止め」の役目を持ちます。また恐怖、痛み、不安などの精神負荷などで誘発されるために精神的発汗といわれます。温熱刺激では生じないこと、睡眠時には生じないことより温熱性発汗中枢とは別の中枢支配であり、その中枢は扁桃体、前部帯状回、大脳基底核、縫線核の関与が考えられています。青年期までに発症し、しばしば家族歴があることより、遺伝性と考えられています。その病態は発汗系交感神経の過活動によるとされています。
【頭部・顔面】の発汗は生理的意義は高温に弱い脳を守るための「脳冷却」であり、温熱性発汗といわれます。低体温でも発生することがあり、過度に緊張した時などの発汗で精神性発汗とされ、一般には「冷や汗」といわれ、これは腋窩でもみられます。さらにトウガラシが含まれる辛い食品で味覚性発汗が生じます。辛み成分のcapsaicinが温度感受性受容体(transient receptor potential vanilloid 1: TRPV 1)を刺激して生じる温熱性発汗でもあることが判明しました。
【腋窩】は温熱負荷に対する温熱性発汗が主体ですが、冷や汗などの精神性発汗もあります。但し、手掌の精神性発汗とは同期せず別の機序とされます。腋窩は体表面に近く、太い血管が通っていますので、体温冷却には有利な部位です。
🔷重症度
HDSS(Hyperhidrosis disease severirity scale)
1.発汗は全く気にならず、日常生活に全く支障がない。
2.発汗は我慢できるが、日常生活に時々支障がある。
3.発汗はほとんど我慢できず、日常生活に頻繁に支障がある。
4.発汗は我慢できず、、日常生活に常に支障がある。
3,4を重症の指標とする。
🔷診断基準
・発汗が25歳以下である。
・左右対称性に発汗がみられる。
・睡眠中は発汗が止まっている。
・1回/週以上の多汗のエピソードがある。
・家族歴がみられる。
・それらにより日常生活に支障をきたす。
局所的に過剰な発汗が明らかな原因のないまま6か月以上認められ、上記2項目以上があてはまる。
🔷治療
多汗症の治療法は限定的であり、保険適用、適用外のものが混在していること、費用、体への侵襲度などを勘案して、まずは患者にとって侵襲が少なく、治療費用負担の少ないものから段階的に進めることが推奨されています。
●塩化アルミニウム外用療法
まず全てのタイプに試みてよい方法です。
腋窩、頭部・顔面、手掌には単純外用、掌蹠の重症例には密封療法(ODT)が推奨されます。ただし、現在同剤は保険適用薬がなく、院内製剤として処方されています。時に刺激性、アレルギー性接触皮膚炎を起こすことがあり、十分な説明と注意喚起が必要です。
●外用コリン薬
1)ソフピロ二ウム(エクロック ゲル)
抗コリン作用を有するが、体内で速やかに代謝されて不活化するアンテドラッグです。本邦初の原発性腋窩多汗症外用剤として2020年に発売されました。
発汗作用は交感神経節後線維の神経終末から神経伝達物質のアセチルコリンが放出され、エクリン汗腺上に発現するムスカリン受容体サブタイプ3に結合し、発汗が誘発されます。ソフピロ二ウムは、抗コリン作用を有する化合物で、発汗作用を抑制し、抗コリン作用に起因する全身性副作用は軽減することが期待されます。
1日1回、腋窩に適量を塗布する。 禁忌:閉塞隅角緑内障、前立腺肥大
2)グリコピロ二ウムトシル酸塩水和物(ラピフォート ワイプ2.5%:GT2.5%)
アメリカでは2018年より3.75%製剤が先行して発売されていますが、本邦では2022年に2.5%製剤が発売されました。エクロック ゲルと同様に抗コリン作用により、エクリン汗腺上のムスカリン受容体サブタイプ3に結合し、アセチルコリンの作用を阻害することによって制汗作用を発揮します。GT2.5%は不織布のワイプ剤であり、患者のほとんどが汗ふきシートの使用経験があり、抵抗感なく使用できると思われます。また9歳以上から使用可のために小中学生にも使用できる利点があります。ただ、手に付着したGTが局所的に抗コリン作用を引き起こし、散瞳、霧視などの副作用を起こす恐れがありますので、使用後の手洗い、顔を触らないなどの注意が必要です。
1日1回、1包に封入の不織布で薬液を両腋窩に塗布する。 禁忌:閉塞隅角緑内障、前立腺肥大
3)オキシブチニン塩酸塩(アポハイドローション20%)
2023年に発売された、原発性手掌多汗症治療薬で手掌に対しては世界初の抗コリン外用薬です。
前2剤と同様な抗コリン外用剤です。12歳以上の患者に使用可です。就寝前に1回適量を手掌全体に塗布します。手掌多汗を訴える患者さんのほとんどは足底多汗症も自覚しており、同時治療の希望があります。しかし、併用は血中濃度の上昇の観点から適用がありません。塩化アルミニウム製剤や水道水イオントフォレーシス療法を行うことが勧められています。
また前2剤との併用についても全身性の抗コリン作用のリスクを考えると推奨されません。優先部位を選んで、次いで慎重に併用を試みるといった方向性となると思われます。
禁忌:閉塞隅角緑内障、下部尿路閉塞疾患による排尿障害、重篤な心疾患、腸閉塞、麻痺性イレウス、重症筋無力症
●水道水イオントフォレーシス療法
掌蹠の多汗症に対して、5~15mA直流電流、0~20mA交流電流で20~30分通電が推奨されています。そのメカニズムは佐藤らの研究によると、通電により汗孔の数が減少することを確認しており、水素イオンが汗孔部を障害し狭窄させることによるだろうと推測しています。外来保険診療もできますが、家庭用イオントフォレーシス機器がインターネットでも購入可能です。腋窩では症例報告はあるものの、二重盲検試験はなされていません。頭・顔面へは推奨されていません。
●A型ボツリヌス毒素製剤の局注
A型ボツリヌス毒素(BT-A)は精製度が高く、コリン作動性神経の接合膜からのアセチルコリン放出を抑制する作用があります。現在BT-Aは重度腋窩多汗症に対して保険適用があり、ボトックス(GSK社)が使用されています。使用の際には医師が各自の責任のもとに患者に十分なインフォームドコンセントを得たうえで輸入し投与を行うことになっています。現在では掌蹠多汗症へも応用されるようになりましたが、本邦では保険診療としては認められていません。
この治療法では、使用量、有効期間にばらつきがあること、筋力低下も見られること、施行時の疼痛など乗り越えるべき課題もあります。近年外国では注射針を使わず、炭酸ガスの圧を活用したノンニードルインジェクターシステムを用いた疼痛緩和治療システムも開発されているそうです。
腋窩BT-A療法は大規模な試験が行われており、その有効性、長期安全性が確認され、注射時の疼痛は許容範囲以内とのことです。
頭部・顔面多汗症に対してのBT-Aは有効ですが、現在本邦では保険診療として認められていません。副作用として軽度の筋力低下の報告がありますが、逆に顔面の皺が改善したとの報告もあります。
●内服療法
抗コリン薬のプロ・バンサイン、カタプレス、グランダキシンなどがあります。本邦ではプロ・バンサインのみが唯一多汗症に対する保険適用を有しています。
Oxybutynin(ポラキス)は欧米では有効性が確認され広く使われていますが、高齢の過活動性膀胱患者への使用で認知症誘発の可能性が指摘されています。
これらの類似薬で効果を有する薬剤はいくつかありますが、高齢者への長期投与で認知機能の低下が危惧されており、使用に当たっては注意が必要です。
●交感神経遮断術(Endoscopic thoracic sympathectomy :ETS)
既存の治療に抵抗性を示し、生活の質を大きく損なう重度手掌多汗症に対して、術後の代償性発汗に対しての十分なインフォームドコンセントを得た上で行うことが推奨されます。
有効性はほぼ100%とされます。しかし術後の代償性発汗(conpensatory hyperhidorosis :CH)の合併は患者の満足度を低下させます。CHの副作用を避けるためにはT2領域の遮断を避けることが重要です。但し、顔面多汗症に対しては有効性を保つにはT2領域の遮断が必須であり、十分に副作用について患者説明を行ってから施行することが肝要です。交換神経節の遮断には切除、クリップ、焼灼などがありますが、いずれも有効とされます。代償性発汗の機序は未だに不明であり、その発生頻度も主観的なために明確ではありません。T3,T4レベルでの遮断の治療効果はいずれも良好で、T4レベルでの遮断の方がより代償性発汗は少ないとされています。代償性発汗は胸部以下の躯幹、下肢が温度上昇に敏感に反応して生じるようです。近年はT4レベル以下の遮断が主で、CHの頻度、重度が減少してきているようです。
●神経ブロック
薬物及び赤外線、低出力レーザー照射による星状神経節近傍ブロックは良質なエビデンスは少ないですが、侵襲の程度がより軽いことを考慮すれば、交感神経遮断術を施術する前段階の選択肢となりえます。
有効性、副反応ともに可逆的であるという特徴があります。
●機器による治療
マイクロ波、超音波、高周波、レーザーを利用した治療も試みられてそれなりの有効性が示されています。汗腺の存在する真皮深層から皮下組織浅層を加熱変性・凝固させ、効果をきたすというものです。
個別の報告はありますが、システマティックレビューはなく、瘢痕などの副作用報告もあり、今後の治療報告の結果が待たれます。
【今後の課題】
ガイドラインはMinds作成マニュアルに準拠し、患者、市民の意見やニーズを取り入れる方向性の必要があります。また機器による治療の評価については形成外科専門医の参画も必要となるでしょう。さらに新規治療薬の開発、治験も課題となっています。
参考文献
原発性局所多汗症診療ガイドライン 2023年改訂版(2023年12月一部改訂)
原発性局所多汗症ガイドライン策定委員会 日皮会誌:133(13),3025-3056,2023(令和5)
皮膚疾患 最新の治療 2025-2026 編集 高橋健造 佐伯秀久 南江堂 東京 2024
藤本智子 巻頭トピックス 1.「原発性局所多汗症ガイドライン2023年改訂版」の検証 pp1-4
加藤裕史 XVII 皮膚付属器疾患 10 多汗症(原発性局所多汗症) pp290
大嶋雄一郎 原発性腋窩多汗症に対するソフピロニウム(エクロックゲル)の有効性 臨皮 76(5増): 127-130,2022
大嶋雄一郎 原発性腋窩多汗症に対するグリコピロニウムトシル酸塩水和物(ラピフォートワイプ2.5%)の有効性 臨皮 77(5増): 117-121,2023
藤本智子 原発性手掌多汗症とオキシブチニン塩酸塩 臨皮 78(5増): 127-131,2024