Neglected tropical disease

Neglected tropical diseases(NTDs)、「顧みられない熱帯病」とは、先進国では患者が少ないことから社会的な関心が低く、発展途上国など熱帯には多いものの、先進国では需要が少なく治療薬などの新規開発も消極的なために、これまでには対策がなかなか進まなかった20の疾患群です。その中には皮膚感染症が多く含まれ、最近はskinNTDsというサブグループが定着しつつあります。その分野の専門の四津里美先生の総説がありましたので、その骨子をまとめてみました。ほぼ急性疾患ではなく、本邦では少なくはありますが、時に(稀に)遭遇する疾患群で抗酸菌感染症をはじめ、ないがしろにできないものです。

四津里美:Skin NTDs(neglected tropical diseases)の視点と日本の対応 臨床皮膚科 72(5増):31-36,2018

WHOが指定する20の「顧みられない熱帯病(neglected tropical diseases:NTDs)」

ハンセン病(Leprosy)
ブルーリ潰瘍(Buruli ulcer)
リーシュマニア症(Leishmaniasis)
リンパ系フィラリア症(象皮病)(Lymphatic filariasis)
菌腫(Mycetoma)
オンコセルカ症(河川盲目症)(Onchocerciasis)
風土病性トレポネーマ症(Yaws)
疥癬と外部寄生虫症(Scabies and other ectoparasites)
シャーガス病(Chagas disease)
デング熱・チクングニア熱(Dengue and Chikungunya)
嚢虫症/条虫症(Cysticercosis/Taeniasis)
エキノコックス症(包虫症)(Echinococcosis)
食物媒介吸虫類感染症(Foodborne trematodiseases)
ギニア虫感染症(メジナ虫症)(Guinea-worm disease)
ヒト・アフリカ・トリパノソーマ症(アフリカ睡眠病)(Human African trypanosomiasis)
狂犬病(Rabies)
住血吸虫症(Schistosomiasis)
土壌伝播寄生虫症(soil-transmitted helminthiases)
トラコーマ(Trachoma)
有毒ヘビ咬傷(Snakebite envenoming)

WHOによるとこれらの疾患で年間に14億人以上が感染し、50万人を越える人が死亡しています。2008年のG8北海道洞爺湖サミットでNTDsに向けた支援を盛り込んだ首脳宣言が初めて採択されました。
skin NTDsにはハンセン病、ブルーリ潰瘍、リーシュマニア症、リンパ系フィラリア症(象皮病)、オンコセルカ症(河川盲目症)、風土病性トレポネーマ症が含まれます。
さらに2016年には菌腫が、2017年からは疥癬を含む皮膚外部寄生虫症が追加されました。

疾患:各論
代表的なskin NTDsの概説
1.ハンセン病
Mycobacterium(M.)lepraeを病原体とする皮膚抗酸菌感染症。皮膚と末梢神経が主に侵される。皮膚症状は多菌型ー少菌型によって環状紅斑や低色素斑から結節に至るまで多彩な症状を呈する。治療はリファンピシン、ダプソン(DDS)、クロファミジンの多剤併用療法を行う。治療が遅れると末梢神経障害による不可逆的な顔や手足の変形、慢性的潰瘍をきたす。年間の発生数は20~30万人。特にインド、ブラジル、インドネシアに多い。日本では年間数例の発症だが主に輸入例である。
2.ブルーリ潰瘍
非結核性抗酸菌症の一種で、西アフリカを中心に年間2000~5000例がWHOに報告される。
M.ulceransを病原体とする。水源地帯(湾、湖、川など)に生息する。菌の産生する脂質毒素(mycolactone)による組織壊死と潰瘍が特徴で、顔、四肢などの裸露部に好発する。無痛性の紅斑・結節が初発とする。治療はリファンピシンとクラリスロマイシンの併用療法が基本でストレプトマイシン、アミカシンも有効。最終的には病変部を外科的に切除する。日本でも土着の菌による報告がわずかながらある。
3.リーシュマニア症
トリパノソーマ科の原虫Leishmaniaによる感染症。サシショウバエにより媒介。地理的分布により皮膚型、粘膜皮膚型、びまん性皮膚型、内臓型の亜型がある。皮膚型では、虫刺され様丘疹が拡大し、辺縁が隆起する皮膚潰瘍を形成。自然治癒することが多いが粘膜皮膚型へ移行する例もある。治療はアンチモン剤、アムホテリシンB、ペンタミジンなどを用いる。88か国約1200万人が罹患していると推定。日本には輸入例が毎年数例ある。
4.リンパ系フィラリア症(象皮病)
フィラリア(寄生蟯虫、長径2~5cm)がリンパ系を閉塞させることで、リンパ浮腫、象皮病、生殖器の浮腫などをきたす。蚊により媒介。治療はジエチルカルバマジン(DEC)、アルベンダゾール、イベルメクチンを用いる。世界73か国で推定1億2千万人が感染。
以下は項目のみ記載しました。
5.オンコセルカ症(河川盲目症)
6.風土性トレポネーマ症(Yaws)
7. 菌腫(mycetoma)
他にデング熱/チクングニア、蛇咬症、スナノミ症などがある。

今後のskin NTDsの方向性と日本の皮膚科医の対応
NTDs対策における日本のプレゼンスは高い。長年先駆的な役割を果たしてきて、また日本財団/笹川記念保健協力財団がハンセン病対策に貢献してきた。また日本の製薬会社も最近skin NTDsの世界に参入した。International League of Dermatological Societies(ILDS)の傘下組織であるThe International Foundation for Dermatology(IFD)のような国際グループで開発途上国の遠隔診療や留学生の教育などを行っている。

 「顧みられない熱帯病」とは聞きなれない述語で、そこに含まれる皮膚疾患も普段接しない疾患です。どちらかというとWHOなどが主導する公衆衛生的な疾患群という感じがします。世界の三大感染症はマラリア、結核、エイズ(human immunodeficiency virus(HIV)/acquired immunodeficiency syndrome(AIDS)で、その陰に隠れた疾患という位置づけです。
しかしながら、時として目の前に現れうる重要な疾患でもあると思われます。
個人的にも、かつて中東帰りの男性の足にリーシュマニア症が発生した患者さんを受け持ったことがあります。自分ではなかなか診断がつかず、上級医の手助けで診断、治療に苦労した思い出もあります。また海外渡航の際には、狂犬病にも注意が必要でしょうし、国際空港ではデング熱やチクングニア病の情報がでたりします。
結核、ハンセン病、ブルーリ潰瘍、菌腫、スナノミなども学会報告で輸入感染症としてちらほらみることもあります。また結核は、近年の生物学的製剤の導入により予防すべき重要な疾患となり、高齢化や免疫力低下、免疫抑制剤、AIDSなどに伴ってまだまだ撲滅できない(年間約10000人の感染者がいる)感染症です。

抗酸菌感染症(結核、ハンセン病、非結核性抗酸菌感染症)をはじめ、NTDsの一部について調べてみたいと思います。(専門の石井則久先生の講演、論文などを参考に)