宿縁 三月号 中原寺

  【仏法聞き難し 今すでに聞く】

 先日、インド仏跡を巡る旅行帰りの先輩僧侶の方と食事する機会があり、多くの楽しい旅の想い出を聞かせていただきました。その先輩も久しぶりのインドだったそうですが、インドの経済的成長による都市部の飛躍的発展や、それとは対照的に現在も変わることなく各仏跡を参拝する人の多さに、驚きの連続であったと話しておられました。
 私も二十数年前に四大仏跡と呼ばれるルンビニー(お釈迦様の誕生の地)、ブッダガヤ(さとりを開かれた成道の地)、サールナート(初めてさとりの内容を説法した地)、クシナガラ(最期を迎えた涅槃の地)に訪れました。日本ほど湿気がないとはいえ非常に暑い季節で、さらにインド到着早々に食当たりを起こして体調を崩すなど大変な思いもしましたが、お釈迦様がご生涯をおくられた地に自分も立つことができたという感動は今も忘れることができません。

 お釈迦様は、シャカ族の王子として生まれ、周囲から見れば何不自由のない生活をおくっていたにもかかわらず、老病死から逃れることが出来ない生の苦しみを憂い、王子という立場も愛する家族も手放し出家しました。苦行によって苦しみの解決を目指しましたが、根本的な解決には至らずに苦行を離れ、ついに三十五歳の時に真理に目覚め、さとりを開かれました。
 その真理とは、すべての物事は互いに関係しあい、原因(因)と条件(縁)が作用し合って結果(果)が生じるということであり、私たちの苦悩の現実、迷いの原因が私たちの内なる煩悩の心にあることを明らかにされました。
 さとりを開かれたのち、七週間という長い思案を続けられたと伝えられています。「自分が悟った真理は、今まで説かれたことのない非常に深く難解なもので、欲楽に眼がくらみ、常に自分を中心に物事を考える世の人々には思いが及ばないものである。決して理解されることはないだろう」と考えていると、天上界の最高神・梵天が現れて「この世で苦しんでいる人たちのために何とか真の教えを弘めてほしい、あなたの教えによって本当の幸せに目覚める人がいるはずである」との勧めを受け、釈尊はその教えを伝える道を選ばれました。
 お釈迦さまが初めて説法をされたことを初転法輪(しょてんぽうりん)といいますが、転法輪とは、法を説くことで教えの輪がだんだんと世の中にひろまっていくことを表しています。お釈迦さまがおさとりになられた真理がご自身の喜びで留まることなく、そのお言葉をとおして、今ここに私まで届いてくださっているのです。まるで車輪が転がり、車が動き出すように、仏教はここから始まっていったのです。
 そして遠くインドで説かれたお釈迦さまのみ教えが、私に至るまでの道のりを考えると、そこには先人たちのみ跡が私に行くべき道を示してくれたことに気づかされます。
 浄土宗の様々な法要・行事にて唱和されている『礼讃文(三帰依文)』の前半部分に、
  人身受け難し、いますでに受く。
  仏法聞き難し、いますでに聞く。
  この身今生において度せずんば、さらに
  いずれの生においてかこの身を度せん。
  大衆もろともに、至心に三宝に帰依したてまつるべし。

(この世に人として生を受けることは稀なことです。しかし、今すでに生を受けています。
そして、人として生を受けてもお釈迦さまの説かれた教えに出逢うことはさらに難しいことです。
しかし、今すでにこの教えに出逢うことができました。
この生において迷いの道を断ち切らなければ、私の生はどこに向かうのでしょうか。
私はこの教えを生きるすべての人びとと共に、まごころをもって仏、法、僧の三宝に帰依いたします。
との御文がでてまいります。また、後半部分には
  無上甚深微妙の法は、百千万劫にも値遇うこと難し。
  我いま見聞し 受持するすることを得たり。

(この上ない甚だ深くすぐれた釈尊の説かれた教えは、どれだけ長い時間を費やしても出遭うことは難しいことです。
しかし、今すでにその教えに出遭うことができ、これを依りどころとすることができました。)
とあります。
 遇い難きものに今、私たちは出遇っているのです。迷い苦しみのいのちを繰り返し、進むべき道も知ることが無かった私が、仏法に遇うことが出来たのは、人間の価値判断で生きることの危うさを知らせ、このいのちの本当の依りどころとなるお釈迦さまのみ教えをその身をとおして味わい、喜んでいかれた先人たちの姿にあったのではないでしょうか。
 お釈迦さまの説法によって、法の輪が転じ始めたときから、それは止まることなく、時代と場所を超えて転じ続けています。