宿縁 十二月号 中原寺

        [いつでも他人事で過ごす]

 暖冬に油断してか、久しぶりに風邪をひいて喉をやられました。声が出ないというのは本当に困ったもので人とのコミュニケーションが通じない苛立ちを経験しました。
 しかし、今年は周囲でも亡くなられた方が多くあり、また体調を崩されたりしたことを聞いて淋しい思いをしました。
 また不思議なことに、普段と違って自らの体調が悪く臥せっているときには、先に人生を終えた方々との改めての宿縁を深く想うことがあります。
 時の流れはいつも変わらないのでしょうが、体調が良いときはかえって世事に流されてしまっているかも知れません。
 私たちが師と仰ぐ親鸞聖人の九十年のご生涯で、聖人が六十才を過ぎて関東から京都に帰られてご往生されるまでに関東各地の門弟に与えられたお手紙が四十三通あり「御消息」と呼ばれています。その第十六通は特に人間の領域から離れられぬ私たち凡夫の身ですが、阿弥陀如来の広く平等な領域を気づかされ、間違いなく今救われる身となる「信心決定(しんじんけつじょう)のことを述べられていられます。
 『なによりも、去年・今年、老若男女おおくのひとびとの、死にあいて候らんことこそ、あわれに候へ。ただし生死無常のことわり、くわしく如来の説きおかせおわしまして候ふうえは、おどろきおぼしめすべからず候ふ。まづ親鸞が身には、臨終の善悪をば申さず、信心決定のひとは、疑いなければ正定聚に住することにて候ふなり。さればこそ愚痴無智の人も、おわりもめでたく候へ。如来の御はからいにて往生するよし、ひとびとに申され候いける、すこしもたがわず候ふなり。』

 右(上)は、正元元年から文応元年にかけて、全国的な大飢饉と悪疫におそわれ、死者がはなはだ多かったようです。その悲惨な姿に動揺する人たちに送られたお手紙で、信心の行者は、臨終の善悪にかかわらず救われると説かれています。
 当時の人も、科学的な思考に統御された現代人にあっても、変わらぬこの世のありさまは「諸行無常」(万物は常に変化して少しもとどまらないこと。)と「諸法無我」(いかなる存在も永遠不変の実体を有しないこと。)の真理です。それをしっかりと認識できずに絶えず人間の見方考え方を優先する領域から出られないところに私たちの大きな動揺が生じます。
 一寸先を見通せないこの私に執着して、人間の考えの領域で過ごす限り、私の迷いと苦しみはどこまでも続いていきます。
 人間の領域とは、何でも対象とするものを分けて考えどちらかを選択する思考です。多少、自他、善悪といった分別する心の領域から出られないのが人間の理性です。常に色眼鏡を通してしか見られない自己中心の見方です。
 さとりの領域とはそうした見方を超えてすべては一つであると知ることです。それを「一如(いちにょ)」と言いますが、一は絶対不二のことで、さとりの智慧によってとらえられたあり方で、すべての存在の本性が、あらゆる差別の相を超えた絶対の一であることをいいます。だから生も死も一つの世界であり、分断した世界ではありません。
 浄土真宗の信心を死後浄土に往く期待のように理解している人がおりますが、往生浄土は決まったということは、とりもなおさずこの現世が明るくなったいうことなのです。浄土は明るいけれども、この世にいる間はまだ明るくないというのは、親鸞聖人が批判された過去の浄土教です。そうではなく、阿弥陀如来を信じた人は現世において正定聚(しょうじょうじゅ)に入ります。つまり仏にならせていただく身に、この世において定まるのです。人は死に臨むときに仏さまが迎えに来る「来迎」を期待するというのは「いまだ真実の信心をえざるがゆえなり」と、聖人は批判されています。
 どこまでも自分自身の考え(領域)に固執して何とかそこに落ち着こうとするのは他人事のことではありませんね。「大往生」とか、「安らかに息を引き取った」などの言葉が口をついて出てくるのも如来さまの「大慈悲心」の領域に目覚められない表れです。親鸞聖人のお手紙には、続けて法然さまの「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と、したためておられます。「愚者」とは、自らの愚かさ、罪深さに自力が打ち砕かれたところに仰がれる救い(往生)です。
 以前、聞いた地方のあるご住職の話です。葬場勤行の折のお経は「正信偈」で、「帰命無量寿如来で始まり〜超発希有大弘誓」でいったん声を切ります。そして一呼吸の後、導師が「五劫思惟之攝受」と声を高く発するところなのですが、いつもそのご住職は、ここにくると感極まって声がかすれてしまい、その後の声が出なくなるのだそうです。列集の僧侶はそれを心得ていて「重誓名声聞十万」と声を続けるとのことです。
 この救われ難き私一人のために、「はかり知れない時をかけて如来の思案がめぐらされたのだ!」といただいた感歎の極まりの姿と言えましょう。お経は常に新鮮なのです。