先日は、浦安皮膚臨床懇話会に行ってきました。演題は「疣贅の病態と治療」で講師は江川清文先生でした。先生は北里大学客員教授、東京慈恵医科大学非常勤講師で現在は函館の廣仁会昭和皮膚科クリニックの医師とのことです。
高森教授が紹介で、彼とは長年の付き合いで、皆さん今日の講演を頸を長くして待っていたことでしょう、と話されましたが、まさに小生もその一人でした。
イボの話になると、その人の右にでるものはない、という程有名な先生ですが、一寸経歴の変わった人だな、と思っていましたし、実際に講演を聴くのは初めてでした。
風貌からして、白髪、禿頭の仙人風です。
経歴は以下の通りです。
73 長崎大学薬学部卒業
80 熊本大学医学部卒業
89、02 ドイツ癌研究センター研究所客員研究員
06 熊本大学医学部皮膚科准教授
08 国立ハンセン療養所奄美和光園副園長
10 東京慈恵医科大学、北里大学
12 昭和皮膚科クリニック
経歴からして、何か変です。薬学から医学に転向はまだしも、熊大准教授からハンセン療養所への転向、さらに開業医(廣仁会の雇われ院長といわれていました)と普通ではないコースです。講演がはじまり、スライドを見てますますその感を強めました。「2008年熊本から奄美大島へ移り、黒疣大王と名乗りました。そして、そこで一村美術館の絵画ガイドをしていました。田中一村に因んで奄美黒疣王零村とも自称しました。」とのこと。そしてスライドには「アダンの木」も写っていました。
田中一村は知る人ぞ知る、知らない人は知らない異能の画家です。栃木で生まれ、東京美術学校では東山魁夷らと同級でした。戦後しばらく千葉寺の一軒家に住んでいました。
天才肌の画家でしたが、こと絵のことになると周りの人を寄せ付けない孤絶の画家だったようで、本の解説で小林忠氏は一村と伊藤若冲との類似点を挙げていますが、中央画壇から離れ、孤立して52歳の時、千葉の家を捨てて、突然奄美に移住します。そして、一人絵を書き続けます。「東京で地位を獲得して居る画家は皆資産家の師弟か優れた外交手腕の所有者です。絵の実力だけでは決して世間の地位は得られません。学閥と金と外交手腕です。私にはその何れもありません。絵の実力だけです。」
そして69歳で誰にも看取られずに死んで行きました。世に出ることもなかった絵の数々を残して。作品集を見ると日本画とも洋画ともつかない独特な世界が広がっています。一寸アンリ・ルソーを思わせる感じもあります。(一村のことは彼に興味を持ち、奄美まで行った妻から知り、作品集をみて書いています。)
大部横道に逸れてしまいましたが、ご自身も絵を書かれる江川先生(画伯)は強く一村に惹かれて奄美に移住されたのでしょうか。その後は東京、函館と転進されて、疣大王の名前も、大江戸、北国と変わっていったそうですが。
・・・閑話休題、本題の講演内容を先生の著書を参考にまとめてみました。
【いぼ(疣贅)の病態】
乳頭腫ウイルスはパピローマウイルスといって、種々の動物種に感染して乳頭腫をつくります。その中で、イボはHuman Papilloma Virus(HPV)といい、ヒトに特異的に感染するパピローマウイルスの感染症です。電子顕微鏡でみると直径約55nmの小型DNAウイルスで正20面体構造をとっていますが、遺伝子型でわけると170種類以上にもなります。約8000塩基対の環状二本鎖DNAを有しています。
人類の進化に沿って、自らも塩基配列を変えて進化を遂げてきたことが分子系統樹的な解析からわかってきています。
HPV は微小外傷を通して皮膚上皮幹細胞に感染してイボを形成します。
感染能力のある成熟イボウイルス粒子は、表皮上層の分化の進んだ細胞の核内で産生されます。先生は、イボの一生を感染から成長期(1か月)、成熟期(1か月~2年)、衰退期(2年~数十年)と表しています。表皮細胞はturn overといって基底細胞から約1か月で角層まで分化して剥がれ落ちてしまいます。それでイボウイルスも自然に脱落するはずですが、実は表皮幹細胞の一つに基底部位だけではなく、毛隆起部が該当することが最近分かってきました。それでイボは毛穴深くに潜んでturn overによる排除機構を免れているわけです。よくみると扁平疣贅も尖圭コンジローマも毛包性腫瘍の形をとっています。足底では毛はありませんが、エックリン汗管にイボDNAが潜んでいるそうです。それで、以前足底の表皮様嚢腫は外傷によって表皮が真皮内に迷入してできるといわれていたのですが、先生はそこにウイルスを見つけHPV によってできることを証明しました。
ウイルス性足底嚢腫(Viral plantar cyst)
日本皮膚科学会総会では太藤病などとともに、日本で確立された新しい皮膚疾患として紹介されました。
【いぼの臨床】
HPVの遺伝子型分類と表現型(臨床型)は特異的に決まっていて細かく分けることができるようになりました。大まかに分けると、
HPV1・・・ミルメシア、小児の手足にできる蟻塚様の赤くて痛い小さなイボ
HPV2・・・よくみられるいわゆるイボ(尋常性疣贅)、手足では硬く盛り上がり、顔では糸状、指状に角のようにでっぱり、足底では敷石状にガサガサになります。
HPV3・・・扁平イボ、若い女性に多く、手や顔に褐色の数㎜の扁平なイボが多発します。剃毛などの傷が誘因になるとされます。突然赤くひどくなった後に自然治癒することがあるのも特徴です。
HPV5・・・HPV8とともに疣贅状表皮発育異常症(epidermodysplasia verruciformis: EV)の主な原因です。この疾患は遺伝性にイボが多発して、しかも癌化する稀な疾患ですが、最近EVの責任遺伝子がみつかり、他の免疫不全症(HIV、ATL患者など)でも同様の症状がみられ、免疫機構と発がんのモデルとして研究が進んでいるそうです。
HPV6・・・HPV11とともに性感染症の一つである尖圭コンジローマの原因ウイルスです。近年のデータでは特に女性の感染の若年化傾向が目立っています。(15-19歳)。但し、これはローリスク粘膜HPVです。
HPV16・・・HPV18とともにハイリスクHPVの一つで子宮頸癌の主な原因ウイルスです。ドイツ癌研のzur Hausen博士らが1983年に発見しました。性交で感染し経験のある10%の人に感染がみられます。子宮頚部上皮内腫瘍(cervical intraepidermal neoplasia: CIN)を作りますが、多くのものは正常化します。ごく一部が持続感染、前癌病変をへて、子宮頸癌へと進行します。20~30歳代では最も死亡率の高い癌です。2009年から頸癌予防ワクチン(HPVワクチン)の接種ができるようになりました。
2価ワクチン・サーバリックス(HPV16、18)、4価ワクチン・ガーダシル(HPV6、11、16,18)。但し、現在は注射後の副作用のために接種は現場に委ねる玉虫色の決定になっています。WHOは接種を推奨していますが、このような国は先進国では日本だけだそうです。子宮頸癌は若い女性を死に追いやる最もリスクの高い癌です。検診とワクチンで予防可能になった癌ですが、予防への認識度の低さ、副反応、6か月間に3回の接種、高額な料金、その他にもハイリスクなHPV型があるなどの問題をかかえています。
その他:江川先生は、HPV4が色素を有するので色素性疣贅(黒イボ)と命名されました。これは他の教本でも取り上げられているそうですが、足底に点状に多発する白色のイボがHPV63であることをみつけ白イボと命名したものの他では取り上げられず、これは空振りに終わった、と述べていました。
【いぼの治療】
いろいろな治療方法がありますが、これが一番というずば抜けた治療方法はないとのことでした。
現在健康保険で認められているのは、液体窒素凍結療法、電気凝固法、スピール膏、ヨクイニン内服のみです。ただ、これだけではなかなか治らないのは医者も患者も実感しているところです。先生のイボ治療の奥義に期待しこの講演の一番聞きたい部分でしたが、最後に出されたスライドは「疣贅治療に王道なし」「自らを信じてご治療下さい」「ご健闘をお祈りします」という人を煙に巻いたようなコメントでした。ただ、そこに至る達人の長い実践の歴史がありました。
* まず一番は医師が自分を信じること。
かつてのイボの大家、いぼ神様とも呼ばれた新村眞人教授は「医師が、ある薬剤が疣贅に有効と信じて行う場合にはその有効率は90%に及ぶ」といわれたそうです。
「いろいろ治験をしたが全てプラシーボ効果であった、失敗であった」ともいわれたそうです。江川先生は『ものは考えようです、私は「一生懸命効果(黒疣大王)」と呼びます、』と。そしてこのようなエピソードも話されました。
ある開業医があらゆるイボの治療をやっても治らず、万策つきて、江川先生に紹介状を書いたそうです。「この上は先生のご尊顔を拝したく、患者様をご紹介させていただきました」と。患者さんを診察された先生がどのようなムンテラ(口頭での説明)をされてどのようなご尊顔をされて対峙されたかは分かりませんが、数週間のうちにサーッと消えていったイボの写真を見せていただきました。こうなると正に神業です。イボウイルスも恐れ入ったのでしょうか。教祖様といっても良いくらいです。当日は先の日皮総会でも先生の講演が一杯でご尊顔を拝し損なった皮膚科医も多数来ていました。
教本にはまことしやかにイボ暗示療法というのも書いてあります。実際に全国にいぼ地蔵、いぼ石などがあるそうです。
ただ、これも長年の診療実績があり信念、自信を持って診療に当たるから患者さんの心にも響くのでしょう。
先日、小院でも長年イボに苦しみなかなか治らない中年の男性が来院しました。またあまり効かない窒素かな、と一寸苦手意識をもって診察しかかると、「先生、イボが取れてきたよ」といいます。「インターネットでみたらビタミンD3の治癒率は85%だってね、それで先生からもらった薬を一生懸命手に塗ったら治っちゃったんだよ、それで足にも頑張ってつけてたら取れてきている」というのです。なんと一生懸命効果は医師ではなくネットと本人の方にあったようです。小生の信心が足りなかったのかもしれません。
* ただ、これだけでは名医ではない一般医には立つ瀬がないのですが、一般医にも参考になるようなお話も当然して下さいました。
* いぼを治すということは結局はどうにかしてHPVが感染した幹細胞を除去することだといいます。ということは、毛包のバルジ部位の深さまで治療しなければならないということです。目で見える範囲以上の周辺の皮膚にもHPV DNAが見られます。
* いろいろ試されている治療法の一覧です。
1. 物理的治療法(古典的) 外科的切除・液体窒素凍結療法・電気凝固療法
2. 物理的治療法(新しい模索) レーザー療法・光線力学療法・超音波メス・いぼ剥ぎ法(江川)
3. 化学的治療法 サリチル酸(スピール膏)・グルタールアルデヒド・モノトリクロル酢酸・フェノール法・強酸・エタノール
4. 免疫学的治療法 ヨクイニン・接触免疫療法(DNCB/SADBE/DPCP)
グルタルアルデヒド・シメチジン・イミキモド
5. 薬理学的治療法 ブレオマイシン・5FU・活性型VD3・レチノイド
6. その他 民間療法・生薬・暗示療法
これらの中でもヒントになる事柄をいくつかピックアップします。
・いずれの治療法も3か月を目途に変更するのが良い。いくつもの治療手段を持っていて効果がないときは変えてみると有効なことがある
・液体窒素療法はほぼ全ての例に使われますが、綿球の先を細く、窒素の溜まり部分を太くとる。凍結、融解を繰り返すこと。小さなイボは太いピンセットで挟むとよく取れる。液体窒素療法は物理作用相、血管作用相、免疫作用相の3相があることを知って治療することが大切。
ドーナツ疣贅といって窒素をやった周りにイボが広がる副作用もありうる、痛み、色素沈着、水疱などの副作用もある
・活性型ビタミンD3療法は単純塗布ではなく、サランラップでカバーするなどのODT療法が効果的である
・フェノール法は化学凝固した組織を除去しながら、繰り返せば有効
・グルタールアルデヒド法は塗布法が慣れれば一日に4,5回も塗布し固化組織を除去するのが有効、接触免疫療法としての側面もある
・レチノイドは例外的かつ切り札的に使用して有効な例があるが、適用外であるし避妊などが必要
・いぼ剥ぎ法は有効ではあるが局所麻酔が必要で出血、二次感染の可能性もある
いずれの治療法も術者が信じて熱心にやれば有効率はあがるそうです。暗示療法の一効果ともいえますが、先生は「一生懸命効果」と表現され馬鹿にできない効果のようです。
順天堂大学の須賀先生はエルビウム・ヤグレーザーは有効性が高い、表皮下の水分に反応するので幹細胞のターゲットにヒットしやすいのではないかと言っておられました。
これほどまとまったイボの話は初めて聴きました。またこのような異色の講演も初めての経験でした。先生は南から北国に転進し、将来は北方領土へも転進するかもといっておられました。どこまでが本当のことかわからない人をくった夢物語ですが、先生ならば本当に北方領土黒疣大王教祖にもなりかねないと思いました。異色の先生の今後のご活躍を期待したいと思いましたが、一代限りではもったいない、お弟子さんは取らないのかと余計な心配をしてしまいました。
参考文献
江川清文
Ⅳ ヒト乳頭腫ウイルス p212~
皮膚科臨床アセット 3
ウイルス性皮膚疾患ハンドブック
総編集◎古江増隆 専門編集◎浅田秀夫 中山書店 2011
江川清文 HPV-最近の話題 皮膚病診療:32(6);607~614,2010