薬剤によって生じた血管炎を薬剤性血管炎といいます。その頻度はそれ程高くはないものの(全体の3%程度)、皮膚血管炎に占める割合は20~30%ともいわれ、見落とされがちなために実際はもっと多いとする意見もあります。それを念頭において置きながら医原性の副作用を最小限に防ぐことが求められます。
【発症機序】
1)ANCAの関連しないもの
a. 免疫複合体(IC)が関連するもの・・・薬剤またその代謝産物は低分子であることが多いのでそれ自身は抗原性はありませんが、ハプテンとして血漿蛋白あるいは組織蛋白と結合して抗原性を獲得します。そして対応する抗体とICを形成し、主に真皮小血管に白血球破砕性血管炎をおこします。
b. 細胞性免疫が関連するもの・・・感作リンパ球が薬剤抗原と反応することで種々のサイトカイン(IFN-γ, IL-6など)を放出し、各種細胞が集まり主としてリンパ球性血管炎を発症します。さらに活性化マクロファージも集まり肉芽腫性血管炎を生じることもあります。
c.薬剤自体の血管傷害・・・フェニルプロパノラミン、メタンフェタミン、エフェドリン、コカイン、サイトシンアラビノシドなどによって直接血管壁が傷害され、血管炎へと進展します。
従来,コカインは MPO-ANCA,PR3-ANCA,エラスターゼ -AMCA の産生を促進することが知られていましたが,最近,コカインの他にもアンフェタミンなどの 覚せい剤,あるいはメチレンジオキシメタンフェタミ ン(エクスタシー)などの違法な新規向精神薬などが, 血管内皮細胞を直接傷害し,血管炎や血栓症を誘導することが推測されています。しかし,薬剤常用者は多 種類の薬剤を同時に服用する傾向があるので,その発症には複合的な機序が介在している可能性があり,原因薬剤の同定も容易ではありません。
2)ANCAの関連するもの
ある種の薬剤によってANCAの産生が誘導され、顕微鏡的多発血管炎に類似した血管炎が発症します。特に発症の多いプロピルチオウラシル(PTU)について研究が進んでおり、PTUは好中球内のMPOに結合して構造変化し抗原性の増強がおこる結果MPO-ANCAを誘導すると考えられています。また一部ではPR3-ANCAを産生し、WG(GPA)様の臨床症状を呈することもあります。
最近では薬剤によって誘導される免疫応答にToll-like receptor 9とNALP3 inflammasomeを介した自然免疫が関与することが注目されています。好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps: NETs)は活性化された好中球がDNAと細胞質内のMPOやPR3などの殺菌酵素を混ぜ合わせ、網状の構造物として細胞外に放出したもので、本来は生体防御に不可欠な自然免疫機構ですが、過剰なNETs形成は却って血管内皮細胞障害や血栓形成を誘発し血管炎の原因になるとされています。
また近年使用が急速に増えてきている生物学的製剤による薬剤性血管炎の場合は、薬剤自体のリンパ球活性化作用や種々の炎症誘発作用が複雑に絡んでいると推測されていますが、詳細はなお不明です。
なお、一時期ロイコトリエン拮抗薬内服中にCSS(EGPA)が発症したとの報告が多くなされ、原因薬とされたことがありますが、これは同剤を投与中にステロイド剤を減量あるいは中止したためにCSS(EGPA)が顕在化したのであって、ロイコトリエン拮抗薬が原因薬剤ではないという考えが支持されています。
モンテルカスト(シングレア、キプレス)
【原因となる薬剤】
多岐にわたり、ほぼすべての薬理学系統に及びますが、比較的多いものは下記の薬剤です。
《ANCAの関連しない薬剤関連性血管炎》
*セファクロル・・・ケフラール(セフェム系抗生剤)
エリスロマイシン・・・エリスロシン
アセチルサリチル酸・・・アスピリン
インドメタシン・・・インテバン、インダシン
*G-CSF/GM-CSF
*メトトレキサート・・・メソトレキセート、リウマトレックス(抗リウマチ薬、乾癬治療薬)
*イソトレチノイン・・・アキュテイン(本邦未承認薬)
フェニルプロパノラミン・・・風邪薬、鼻炎薬成分
メタンフェタミン・・・ヒロポン(覚醒剤)
コカイン
エフェドリン
サイトシンアラビノシド・・・シタラビン、キロサイド(抗がん剤)
《ANCAの関連する薬剤関連血管炎》
*ヒドララジン・・・アプレゾリン(降圧剤)
*プロピルチオウラシル(PTU)・・・プロパジール、チウラジール(甲状腺機能亢進症薬剤)
*アロプリノール・・・ザイロリック(高尿酸血症治療薬)
*d-ぺニシラミン・・・ペニシラミン,メタルカプターゼ(抗リウマチ薬)
*ミノサイクリン塩酸塩・・・ミノマイシン(抗生剤)
*フェニトイン・・・アレビアチン、ヒダントイン(抗痙攣薬)
スルファサラジン・・・サラゾピリン(抗リウマチ薬)
セフォタキシム・・・セフォタックス(セフェム系抗生剤)
シプロフロキサシン・・・シプロキサン(フルオロキノロン系抗生剤)
エタネルセプト・・・エンブレル(分子標的治療薬、関節リウマチ治療薬)
インターフェロンα
レチノイド・・・エトレチナート、チガソン(ビタミンA酸製剤、乾癬治療薬)
チアジド・・・フルイトランなど(降圧剤)
クロザピン・・・クロザリル(抗精神病薬)
(*印は頻度の高いもの)
【臨床症状】
1)ANCAの関連しないもの
IC血管炎の頻度が最も高く、白血球破砕血管炎の症状を呈します。時に発熱、倦怠感などの症状を伴いますが、通常内臓障害はみられません。IC血管炎では比較的早期(2週間以内)から発症するとされます。皮膚症状が主で、紫斑、蕁麻疹、紅斑、血管浮腫などが下腿を中心に出現します。通常内服中止後数週間で軽快消失しますが、時に腎症状、心・肺・肝症状、神経症状を伴い遷延する例もあります。
2)ANCAの関連するもの
・MPA類似のもの
PTUに代表される甲状腺治療薬は比較的若年者に使用されるために一般のMPAが60歳代であるのに比べ40歳代が多くみられます。発症までは様々で数時間から10数年に及ぶ例もあるそうです。症状はMPAに準じますが、全身症状はより軽度ですが、使用が長期に亘った例ではより重症化の傾向があります。
・CPN類似のもの
ミノサイクリンによるものでは一部はIC血管炎様で、一部はMPAまたはCPN様の網状皮斑、皮下結節、潰瘍、壊疽を伴ってきます。またミノサイクリン、ヒドララジンは、累積投与量に比例して薬剤性ループスの発症リスクを高めることがわかっています。
3)最近サイトカイン製剤や、造血系細胞成長因子製剤、TNF-α阻害薬などの生物学的製剤の使用増加に伴って。それらによる膠原病類似症状や血管炎症状を呈することが報告されるようになってきました。
【診断】
薬剤投与の臨床経過との関連性が最も重要な点となります。また薬剤を中止後の臨床経過、ANCA,CRP、好酸球の改善なども参考になります。しかしながら薬疹で用いられるリンパ球刺激試験やパッチテストの陽性率は低く、参考にはなりません。
疑わしい場合には早期に被疑薬を中止ないし変更して症状の推移を確認することが重要です。
【治療】
原因薬剤を中止することで多くの症状は軽快します。薬剤性血管炎は一般に予後は良好ですが、原因薬剤の中止が遅れた場合を含め一部では急速進行性腎炎など重症化する例もあり、その際はステロイド剤、免疫抑制療法が必要になってきます。
皮膚血管炎 川名誠司 陳 科榮 著 医学書院 東京 2013 より抜粋 まとめ
参考文献
日本皮膚科学会 ガイドライン委員会
血管炎・血管障害診療ガイドライン2016年改訂版 日皮会誌 127(3),299-415,2017(平成29)
基礎から固める血管炎 編集企画 石黒直子
石津明洋 血管の構造と血管炎の病理組織像を基礎から固める MB Derma,287:1-5, 2019
宮部千恵 川上民裕 ANCAとANCA関連血管炎を基礎から固める MB Derma,287:27-32, 2019