黒子という言葉はファジーというか、一寸注意を要する言葉です。これを「くろこ」と読むと別の意味になります。歌舞伎などで黒い衣装を着て、目立たず芝居の補助をする人のことですが、転じて裏方に徹する者という意味にも使われます。しかし本来正しくは「黒衣」と書き、「くろご」と読むそうです。
皮膚科的な使い方でも、「ほくろ」と読むと本来のほくろ、色素性母斑の意味になりますが、「こくし」と読むとまた別の意味になります。英語でいうlentigoの訳語として使われ、扁平な黒褐色斑の意味になります。単純黒子(lentigo simplex)、日光黒子(solar lentigo)、悪性黒子(lentigo maligna: LM)、悪性黒子型黒色腫(lentigo maligna melanoma: LMM)などです。
この項では本来の「ほくろ」「黒あざ」について書いてみます。これは医学的には色素性母斑、母斑細胞性母斑( Nevocellular nevus: NCN)とよび、皮膚に母斑細胞が増殖してできたものです。色素をあまり持たないものもあるので、色素性母斑というよりも母斑細胞性母斑との名称の方が妥当だとされています。
ほくろを母斑と呼ぶのが妥当かどうかについても種々意見があります。三橋先生は下記のように書いています。
「母斑細胞性母斑を良性腫瘍とする考えがある。母斑と良性腫瘍は、どちらも遺伝子変異の産物で、その境目は曖昧である。したがって、定義することは重要ではない。Happleの定義の本質は、母斑を遺伝子変異という科学的な土俵の上にもってきたことにある。これによって母斑研究の進歩が期待される。後天性母斑細胞性母斑は良性腫瘍と考えるとわかりやすい。母斑細胞性母斑を母斑と呼ぶのは、まさに「先人達が母斑と呼んできたものが母斑である(Jadassohn)」からにすぎない。
Happleの母斑の定義「遺伝子の突然変異で生じる、すなわち遺伝子モザイクによる皮膚または粘膜の病変で、増殖傾向がほとんどないもの」Happle 1995)
(皮膚科臨床アセット15 母斑と母斑症 三橋善比古 1.母斑と母斑症の定義 p3 より)
母斑細胞性母斑は大きさによって、3つに分類されます。
1) 小型色素性母斑・・・長径が1.5cm未満のもの
2) 中型(先天性通常型)色素性母斑・・・長径が1.5cm~20cm未満のもの
3) 大型(先天性巨大型)色素性母斑・・・長径が20cm以上のもの
母斑細胞(nevus cell)とは、胎生期に神経堤(櫛)を原基として生じ、メラノサイトにもシュワン細胞にもなりきれずに分化能力が不十分のまま留まっている細胞とされています。
色素細胞はヒトの発生を考えるとその成り立ちがわかり易くなります。胎生期の第3週に脊索が発生し、中枢神経系の基となる神経管ができます。体表と神経管との間に神経堤という細胞集団ができ、次第に神経管を取り囲むように左右に分かれ全身に大移動していき、これが後の神経細胞になっていくそうです。そして細胞集団の一部は背側経路に沿って移動し表皮真皮接合部に移動してメラノサイトとなります。
それで細胞が真皮中を移動中に分化・増殖に異常をきたし、色素細胞、神経細胞に異常をきたすさまざまな先天性の疾患があります。
色素性母斑も先天性、後天性を問わずその成因は遺伝子異常によるものと考えられていますが詳細は不明です。先天性のNCNは白人より黄色人種、黒色人種の方が多いといわれます。
小型のものは、俗に「黒子(ほくろ)」と呼ばれます。通常1.5cm以下で、3~4歳頃に後天的に生じ、思春期までは大きく濃くなりますが、その後は退色していき、次第に脂肪組織、線維組織に置き換わっていきます。
単純黒子(lentigo simplex)というものがありますが、これは直径数㎜までの黒褐色斑です。表皮基底層のメラニン色素、メラノサイトの増加があります。
そばかす(雀卵斑freckle)との違いは、日光と関係ないこと、消退しないこと、メラノサイトが増加することで、真のほくろとの違いは、基底部に母斑細胞のかたまりがないことです。しかし、見た目ではほくろとの区別はつかず、小さなほくろの始まりを示す場合もあります。
中型のものは、1.5cm以上で俗に「黒あざ」と呼ばれます。通常最もよくみられるタイプで、先天性に生じるものがほとんどです。有毛性、疣状、点状集簇性など様々な形態があります。
大型のものは20cm以上で非常に稀なタイプですが、体の大部分を覆うものもみられます。このタイプでは悪性黒色腫を生じたり、また脳神経にも同様の病変を生じるケースもあるとのことです。(神経皮膚黒色症)
ほくろとメラノーマの区別は常に問題になるテーマですが、上記の先天性巨大型色素性母斑を除いては、ほくろからメラノーマができる(ほくろが癌化する)ということはなさそうです。Clarkという人は異形成母斑(dysplastic nevus)という良性と悪性の中間病変の考えを提唱しましたが、反論が多いそうです。
もちろん、どんな細胞も癌化する可能性はありますので、母斑細胞が癌化してもいいのですが、通常のほくろがメラノーマの前駆病変になっていることはないとされます。
すなわち、ほくろとは無関係に表皮メラノサイトの癌化によってメラノーマが発生するとの考えが主流です。
ほくろがメラノーマになったように思うのは、元々ほくろではなくメラノーマだったというケースがほとんどです。逆にそれ程この両者の鑑別は難しい、注意を要するものもあるということになります。
ブログでも度々、鑑別は取り上げていますが、本当のところ難しいものはよく解らないというのが本音です。怪しいものは大学などの専門機関で精査してもらっています。
両者の区別でいつもABCD ruleというものを挙げていますが(今回は省略)、黒色腫に注意する場合の特徴を教科書から抜粋してみました。
1.成人になってから気づかれる色素斑
2.当初は平らでも、拡大、隆起して、結節状になり、いずれは糜爛、潰瘍になる(こうなってはかなり進行している状態)
3.拡大し、7mm、多くは10mmより大きくなっていく
4.左右非対称で外形が鋭角状にぎざぎざ
5.黒褐色調が主体だが、濃淡が無秩序でたまに色抜けもあり、灰色、青色なども混じる
6.境界は不明瞭でくっきりしたところと不鮮明なところがある
参考文献
標準皮膚科学 第8版 斎田俊明 皮膚悪性腫瘍 p428より
監修 西川武二 編集 瀧川雅浩 富田 靖 橋本 隆 医学書院