非結核性抗酸菌症

抗酸菌群のうち、結核菌群とらい菌を除いたものを非結核性抗酸菌(Nontuberculus mycobacteriosis; NTM)と呼びます。NTMは水系、土壌、動物の体内などの環境中に豊富に存在し約150種類ありますが、ヒトに病原性を有するものは約50種類で、主に肺に感染しますが、次いで多いのが皮膚です。
NTMの分類としては発育速度と光発色性を基にしたRunyon分類があります。
概略は以下の通りです。
分類_________菌腫名_________菌腫名 (一部省略)
slow growers
___________結核菌群________M.tuberculosis
_______________________M.bovis
___________Ⅰ群菌_________M.kansasii
_____________光発色菌______M.marinum
___________Ⅱ群菌
_____________暗発色菌
___________Ⅲ群菌_________M.avium
_____________非光発色菌_____M.intracellulare
_______________________ M.ulcerans
rapid growers
___________Ⅳ群菌 
_____________迅速発育菌_____M.fortuitum
_______________________M.chelonae
_______________________m.abscessus

皮膚病変を起こす非結核性抗酸菌症で最も多いのが、Mycobacterium marinum(以下M.)で60%以上、次いでM.fortuitum, M.chelonae, M.aviumが多くみられます(各7%前後)。

1)M.marinum感染症
M.marinumは、水中に生息し、皮膚の小さな傷から侵入し、2~4週間の潜伏期を経て発症します。熱帯魚飼育者、漁業関係者、調理師、水族館職員など魚に接触し、そこから受傷し易い人に多くみられますが、特に熱帯魚を飼育する人に多くみられます。
手指脊面、前腕など外傷を受けやすい部位に好発します。紅色丘疹、膿疱、痂皮を生じ、拡大すると結節、潰瘍を形成します。単発のことが多いですが、リンパ管に沿って上行し、スポロトリコ―シスのリンパ管型に類似することもあります。
 診断は、上記生活歴、臨床症状から疑い、病理組織所見、組織片からの抗酸菌培養、遺伝子検査、PCR,質量分析法などによります。菌の発育の至適温度は30~32度なので、培養は室温のみでなく30度付近でも行います。遅育菌なので培養には長期間かかります。
2)M.avium 感染症
MAC(M.avium-intracellulare complex)infection
以前はM.avium, M.intracellulareは鑑別が困難なためにMACと総称されていましたが、最近は遺伝子レベルで判別可能となり、分けて報告されるようになりました。M.aviumは土壌、鳩の糞などに生息し、至適温度は37~40度、遅育菌です。AIDSなど免疫不全患者では肺を含め全身感染症をきたします。経気道的な感染が多く、肺の非結核性抗酸菌症の7,8割を占めるとされます。皮膚では、高温でも発育するために24時間風呂、エステなどでの感染が見られていましたが、レジオネラ感染症などの問題もあり、24時間風呂が衰退したことに伴って近年は減少傾向にあります。四肢、体幹の擦れやすい部位に皮下硬結、皮下膿瘍、潰瘍を認めます。
3)M.fortuitum感染症
速育菌の一つで土壌、水など自然に広く分布しています。免疫低下患者、注射やカテーテル留置など医療行為、医療機器からの感染の報告があります。四肢に好発、潮紅、皮下硬結、皮下膿瘍、潰瘍、瘻孔からの排膿などを生じますが、他のNTMに比して臨床症状は激しいのが特徴です。
4)M.chelonae感染症
速育菌の一つで土壌、水など自然に広く分布しています。M.fortuitumと同様に、免疫低下患者、留置カテーテル部位での発症の報告があります。四肢に皮下膿瘍、硬結、潰瘍を形成しますが、顔面などに肉芽腫様結節を生じることもあります。海外では医原性の注射や外科手術などによるいわゆるinjection abscessとしての報告が多いとされます。
5)M.abscessus感染症
速育菌の一つで土壌、水など自然に広く分布しています。従来はM.chelonaeの亜種と考えられていましたが、1992年に独立菌腫として認められました。さらにこの中にも3種の亜種があり、それぞれ治療効果も異なることが分かってきました。外傷後に生じる経皮感染が多いですが、最近は経気道的に感染する例も増えています。また留置カテーテル部位での発症の報告もあります。皮疹は結節、膿瘍、紅斑など様々です。健常者では単発が多いですが、免疫不全患者では多発例が多いです。また近年臓器移植の増加に相まって、NTMが増えていますが、肺のM.abscessus症は最も難治なNTMとされています。本菌は抗結核薬や抗菌薬にもほぼ耐性があり難治性とされています。
6)ブルーリ潰瘍
水中に生息するM.ulceransによるNTMの一種です。
7割以上が西アフリカのコートジボワール、ガーナ・ベナンなどでみられ、その他、中南米、太平洋諸島、オーストラリアでみられます。1960年代にウガンダのBuruli地区から多く報告されたことからこの名称がつけられました。世界的には結核、Hansen病に次いで多い抗酸菌感染症です。本邦での報告例は日本特有の亜種M.ulcerans subsp. shinshuenseによるものでアフリカのものとは異なります。感染経路は河川や土壌からの感染、あるいは昆虫の媒介などが疑われていますが未だ不詳です。菌の産生する脂質毒素(mycolactone)によって組織壊死、潰瘍化が進みます。mycolactoneには鎮痛作用もあり、通常痛みを伴わないために深掘れした潰瘍は高度に進行します。四肢に生じる無痛性の虫刺様紅斑、丘疹から始まり、浸潤・硬結性紅斑、結節から潰瘍を形成します。筋層まで至ることは稀ですが、巨大潰瘍から瘢痕となり運動機能障害を残すことがあります。
【診断】
まず、多彩な臨床症状の中から、生活歴などを考慮しながら本症を疑うことから始まります。鑑別には紅斑、皮下硬結、膿瘍、肉芽腫、潰瘍などを生じる様々な疾患が含まれます。(感染症、肉芽腫症、膠原病、悪性腫瘍、壊疽性膿皮症など)。本症を疑ったら、基本的には皮膚結核症など、他の抗酸菌感染症の診断の流れと同様となります。当ブログ皮膚抗酸菌感染症参照。

皮膚抗酸菌感染症


抗酸菌の検鏡(塗抹、病理組織)、培養でも陰性の事も多く、疑わしい場合は再検査、PCRなども併せて施行する必要があります。近年はDNA-DNA hybridization法に代わり質量分析法を用いた同定が広く行われてきていますが、同定困難な例は国立感染研究所などの研究レベルとなるようです。
【治療】
一般的にNTMは抗菌剤の薬剤感受性が低い菌が多いことから、抗菌薬の内服治療が長期間となり易く耐性菌を出現させないためにも、薬剤感受性検査を施行して感受性結果を参考に2剤以上の多剤併用療法を行います。病変部が限局している場合には外科的切除も考慮されます。また菌腫によって(M.marinumなど)37度では発育しにくい場合には1日1,2時間程度の温熱療法の併用も推奨されます(低温熱傷に注意)。
Mycobacterium属に適応のある抗菌剤はクラリスロマイシン、リファンピシン、エタンブトールです。一般的に抗結核薬には耐性があり著効しません。他にミノサイクリン、キノロン系抗菌薬なども併用薬として使用されています。臨床症状が治癒した後も1~3か月程度は内服を続けるとされていますが、明確な治療ガイドラインはなく、個々の症例によってまちまちのようです。

参考文献

皮膚科学第9版 著・編 大塚藤男 原著 上野賢一 金芳堂 2015
第28章 皮膚抗酸菌感染症(大塚) 2.非結核性抗酸菌感染症 pp818-820

標準皮膚科学 第11版 監修 岩月啓氏 編集 照井 正・石河 晃 医学書院 2020
第25章 皮膚結核および皮膚非結核性抗酸菌感染症 福田知雄 pp423-431

今日の皮膚疾患治療指針 第5版 編集 佐藤伸一 藤本 学 門野岳史 椛島健治 医学書院 2022
27 細菌性疾患 皮膚非結核性抗酸菌症 玉木 毅 pp912-914

皮膚疾患 最新の治療 2021-2022 編集 高橋健造・佐伯秀久 南江堂 2021年
XVI 感染症 A 細菌 10非結核性抗酸菌症 石井則久 pp197

濱田利久・岩月啓氏 ブルーリ潰瘍:臨床皮膚科67(5増):24-28,2013