メラノーマの鑑別ースピッツ母斑

先日は恒例のダーモスコピー勉強会がありました。
昨年と同じ場所で、講師のメンバーも昨年とほぼ同じです。今年は他の学会と重なったためかやや出席者が少ないように思われました。
今年も田中先生、大原先生の豊富な症例を提示しながらの総説は非常にためになるものでした。
また斎田先生のパソコンの解析ソフトを用いた爪の色素のばらつき、でたらめさから割り出した良性、悪性の判定の方法(Discrimination Index)も魅力的でした。
その中にあって、今回印象深かった症例について一寸触れてみます。
病理医でなおかつ皮膚科医である先生の提示されたものです。中年の患者さんの踵に見られた1cm内外の色素斑でした。
楕円形で形は整っており、切除された病理組織像でもメラノサイトは表皮基底層にあり、異型メラノサイトの表皮上層への上昇もなく、真皮内のメラノサイトも異型性は目立ちませんでした。メラニン色素は皮溝に沿って上昇しているようでした。
会場の先生方も高年齢だけれどメラノーマというよりSpitz/Reed母斑という意見も多かったようでした。小生はこの例はスピッツ母斑で症例提示はこれで終わりで、次の症例に進むのかと思っていました。ところが、演者の次の言葉にびっくりしてしてしまいました。
「実は7年後に腹部にメラノーマの転移が見つかりました。」「私が診断したものではありませんが、病理医は何で分からなかったのかと、やや後出しじゃん拳みたいな皮膚科医の意見もありました。」と。
実は、スピッツ母斑の中にはこの例のように極めてメラノーマとの鑑別が難しい例があるそうです。メラノーマのスペシャリストでも判断に迷う症例もあるそうです。
それで、スピッツ母斑について調べてみました。

スピッツ母斑(Spitz/Reed Nevi, spindle and/or epithelioid cell nevi)

【歴史】
1948年 Sophie Spitzが melanoma of childhood として最初の報告
1953年 C. AllenがJuvenile melanoma (若年性黒色腫)と命名
しかし、その後成人発生もあることや、黒色腫は悪性のイメージがあり、良性のスピッツ母斑には不適当とされ、この名称は次第に使われなくなっていきました。
1975年 Reedは色素の濃い症例を発表してpigmented variant(色素性亜型)としました。
1990年 Ackermanらは spindle and epithelioid cell nevusと命名しました。

【臨床症状】
通常は大きさ1cm以内のピンクから赤褐色、紫褐色の円形〜卵円形の結節で境界は明瞭、表面は平滑な場合も、かさかさした鱗屑を付している場合もあります。急速に拡大することもありますが、一定の大きさで停止します。通常は20歳以下の若年者に好発しますが、1/3は成人にも見られます。
日本人では色素が濃く、黒色調を呈することも多く pigmented Spitz nevus、Reed母斑と呼ばれ、スピッツ母斑の異型とされますが、厳密に両者を区別できないために最近はReed/Spitz母斑として一括されることもあります。
しかし、KittlerはダーモスコピーでSpitz母斑がglobule/clodsを呈するのに、Reed母斑はStreaksが主体であって、組織構築が束状増殖を呈し異なるので、この両者は区別すべきであると述べているとのことです。(斎田)
【鑑別診断】
Clark母斑・・・異型母斑、体幹、四肢に好発する母斑の一種で中央部が濃く、周辺部は淡い色調を持ちます。
皮膚線維腫、血管腫、血管拡張性肉芽腫、肥満細胞腫、若年性黄色肉芽腫、リンパ腫などとの鑑別を要しますが、やはり最も鑑別を要するものは悪性黒色種です。赤色のものは無色素性悪性黒色種との鑑別を要します。
【ダーモスコピー像】
1. starburst pattern (爆発的星生成パターン)…辺縁部で放射状に突出する棘状、線状の構造があたかも星の爆発のようにみられます。50-60% Reed母斑に特徴的です。 Spitz母斑ではglobuleが周辺に均等に分布した形で突出してみられることが多いです。
2. globular pattern(小球状パターン) …コーヒー豆のように小球状のつぶつぶがみられることがあります。各globuleを囲むように白色調のnegative pigment network がみられればより可能性が高いです。
3. homogeneous pattern(均一パターン)…全体的に濃い黒色調の色素沈着がみられます。globuleが密集した状態と考えられます。
4. atypical pattern…blue-white veilに似る、青みがかった色調をとることもあります。
【病理組織像】
個々のメラノサイトを注目する前に、腫瘍全体の構築をみることが重要です。
左右対称性であり、表皮を底面とし、真皮を頂点とする逆三角形のパターンをとる(wedge shaped)のが典型像です。腫瘍部と正常部の境界は明瞭です。また病変部の下方では母斑細胞が少なく、より小型の細胞となります。すなわちmaturation(細胞の成熟)が認められます。
一般的に毛包周囲部では大型で紡錘形の細胞が多く、周辺部はより小型の類上皮細胞が多い傾向にあるそうです。細胞分裂像はあるものの、核の異型性は少ないです。真皮表皮境界部には空隙(junctional cleavage, clefting)がみられます。
表皮内に母斑細胞の胞巣がみられる場合もありますが、紡錘形の細胞が縦に並ぶことが多く、バナナの房様と形容されることもあります。真皮上層では核と細胞質が大きく、多核巨細胞もみられることがあります。また表皮下層には好酸性に染色される大型の無構造物質がみられることがあり、報告者にちなんでKamino bodyと呼ばれます。
Reed母斑では、細胞質内に多量のメラニン顆粒をもつ紡錘形の母斑細胞が胞巣を形成しますが、基本構造はSpitz母斑と同様です。

Atypical Spitz Nevus(tumor)という概念があり、腫瘍構造がより異型性の場合と、細胞がより異型性のある場合があります。またSpitoid melanomaという概念もあります。これらのことから窺えるように、悪性黒色種との区別が非常に困難なケースがあることがわかります。
この概念に対し、Ackermanは良性と悪性の中間などというものはないとその概念を否定しているとのことです。(斎田)
臨床、ダーモスコピー、病理所見をあわせても診断不可能例もあるそうです。免疫組織化学染色(S-100, HMB-45, Mant-1/Melan A, Ki-67/MIB-1など)が鑑別に有用であることもありますが完璧ではありません。遺伝子診断も研究されているそうですがまだ不定です。
【経過、予後】
以上のことを勘案すると注意深い経過観察が必要なことが窺えます。
12歳以下は臨床像、ダーモスコピー像の程度によって3~6ヶ月毎に経過観察します。成人の場合は切除しますが、ボーダーラインのケースでは1cm離して切除するとされますが、明確な基準はないそうです。しかし密な経過観察が必要なことは論を待ちません。

参考文献

曽和 順子 後天性色素細胞【性】母斑 p376-384
皮膚科サブスペシャリティーシリーズ
ゲスト編集 木村 鉄宣 常任編集 宮地 良樹 清水 宏 文光堂 2010年

髙田 実 Spitz母斑 日皮会誌 119(6)1055-1058,2009

Alessandra Yoradjian : An. Bras. Dermatol. Vol 87(3) 349-57,2012

斎田 俊明【編著】 ダーモスコピーのすべて 皮膚科の新しい診断法 南江堂 2012

Spitz nevusReed母斑

小児の前腕に生じたもの、約3mmの大きさで、starburst signを認める.