乾癬は日本では人口の約0.2~0.3%の発症率といわれますから、爪乾癬はそれ程多い病態ではありません。しかしながら、欧米では発症率は一桁上がって、人口の1-2%、ある集団ではもっと高い発症率です。今年WHOでは乾癬を「苦痛を伴い、外観を損ない、機能障害をもたらす慢性・非感染性で成人病をも多く伴う、生涯に亘ってQOLを障害する疾患で、持続的なサポートが必要な疾患」と認定しました。全世界の罹患者数は1億2500万人以上といわれています。爪乾癬の割合は30~50%程度とされますが、乾癬患者の生涯のうちで、爪に皮疹を生じるのは80-90%ともいわれますから、 数千万人~一億人位の人が爪乾癬を経験しているということになり、決して少ないものではありません。
それで、爪乾癬について調べてまとめてみました。
【発生率】
乾癬の患者での爪病変の発生率は正確にはわかりません。30~50%という記述もありますが、一生涯のうち爪病変の生じる割合は高く80~90%ともいわれます。点状陥凹など軽症の変化を含めると一度はほとんどの患者でみられるのかもしれません。明確なのは年齢が上がるにつれ、爪病変を伴う確率が高くなることです。
患者さんの93%は爪病変の見た目が気になるし、50%程は仕事に差し支えたり、痛みを訴えています。
【症状】
若年発症の患者さんは爪病変は高度になりがちです。小児例では80%に点状陥凹がみられます。次いで多いのが爪剥離症です。その他の変化として変色、点状出血、爪の肥厚・角質増殖、爪甲の消失・ぼろぼろ化などがあります。ただ、頻度は報告者によってかなり差があります。
爪母の近位側(爪の根元のほう)の細胞増殖は爪甲表面に進んでいくので、爪甲表面の炎症、不全角化をおこし、爪の表面から脱落し、表面の凹みを生じます。爪母の遠位側(爪の先のほう、爪半月の辺り)の細胞増殖は爪甲底面に進んでいくので、爪床部での炎症を表し、白色爪の変化や油染み斑点(oil stain)とよばれる褐紅色斑点がみられます。また点状陥凹にも関与しているともいわれます。この長さ、深さは病変の持続期間の長さや激しさを反映しているといわれます。爪床の炎症はまた爪甲剥離を引き起こします。乾癬に伴う爪甲剥離は、周囲のピンク色の正常部位との境界に黄紅色の辺縁帯をみることが特徴です。
爪床の病変が激しい場合は爪甲下角質増殖をきたし、縦長の点状出血を生じます。増殖の程度は乾癬病変の強さを反映しています。正常の爪では角化の最終マーカーであるK1,K10はみられませんが、乾癬ではこれらのマーカーがみられます。
爪囲の乾癬は爪囲炎に似ます。時には二次的にカンジダ性爪囲炎を伴う場合もありますので、真菌鏡検は必要です。
点状陥凹と同じ病態でより深く、横に線状に陥凹を生じる場合があります。(Beau’s line)。さらに炎症が強く、長く続くと爪甲の脱落をきたします。
色調の変化は白、黄色、緑色などがあり、剥離や炎症、出血、血清滲出成分(糖蛋白)などがからみあって生じますが、微生物(カンジダ、白癬菌、緑膿菌)などの混合感染を常に考えておく必要があります。
【乾癬性関節炎】
爪及び爪囲の乾癬が高度な場合は乾癬性関節炎を考える必要があります。必ずしも皮疹部位と関節炎の部位が一致するとは限りませんが、DIP関節(遠位指節間関節)の付着部の炎症(enthesitis)を伴うことが多いとされます。爪周囲と関節の血流が同一であることや、解剖学的に近縁であることなども同時に乾癬の炎症が起こり易い証左になります。X線撮影やMRIも診断に有用です。病理組織所見は乾癬の診断を補強、確定します。これに対して関節リウマチではPIP関節(近位指節間関節)の滑膜炎(synovitis)の形をとるとされています。
爪乾癬の病変の程度を評価する指標として、NAPSI(Nail Psoriasis Severity Index)が使われています。爪を十字に4当分して爪母と爪床に上記に述べた乾癬の病変が有るか無いかで、0~4にスコアを付けます。20本の指、足趾の爪で合算し、最高点は80となります。
ただ、これは爪病変の重症度は度外視していますし、判定者によってかなりばらつきがでてくるそうです。
【鑑別疾患】
無菌性膿胞を生じる疾患で、乾癬の近縁の疾患がいくつかあります。掌蹠膿胞症(PPP)、Hallopeau稽留性肢端皮膚炎、膿胞性細菌疹などがあります。これらと膿胞性乾癬との異同は議論のあるとことで明確な線引きはできていません。近年膿胞性乾癬の一部で遺伝子異常が発見されましたDITRA(deficiency of interleukin-36 receptor antagonist)。PPPやHallopeauの一部にもIL36RN遺伝子の変異が報告されています。今後これらの疾患概念のパラダイムシフトが起こる発見です。これらの疾患でも爪の変化がみられ、臨床的な異同の解説もされていますが、今後変わっていきそうです。
【悪化因子】
一般の乾癬の増悪因子と同様ですが、特に爪の場合は局所の刺激がケブネル現象として悪化につながります。いじったり、爪の変形や角質を取り除こうと擦ったり、削ったり、尖ったもので掻き出したりすることで余計悪化します。
局所や全身の感染症も悪化要因になります。結膜炎や尿道炎、関節炎を伴ってくればReiter病なども考えられます。
薬剤性に爪の症状が悪化するものもあります。種々のものが挙げられていますが、主なものは下記の薬剤です。
リチウム製剤・・・イノシトール欠乏説が有力です。これに伴って細胞内伝達機構を障害し、細胞内のカルシウム濃度を下げ、細胞増殖に導く。精神科の薬剤(躁病、躁状態)として使われます。
β遮断剤・・・アデニール酸シクラーゼの受容体を遮断しcAMPを低下させ、細胞内カルシウム濃度が低下。降圧剤
カルシウム拮抗薬・・・細胞のカルシウムチャンネルに作用して、表皮細胞内のカルシウム濃度を下げ、細胞増殖させることによる。
非ステロイド性抗炎症薬・・・アラキドン酸代謝のシクロオキシゲナーゼに作用し、プロスタグランジンE2を抑制する。これによってサイクリックAMP(cAMP)の低下をきたし、細胞内カルシウム濃度が低下し、細胞増殖に導く。
上記以外にも多くの、薬剤(抗生剤、抗真菌剤など)で乾癬の症状が悪化することが分かっています。
【治療】
爪乾癬の治療は難しいことは、様々な文献に書かれています。
一般的な乾癬の治療は爪に対して全て試みられてはいるようですが、なかなか著効とまではいかないようです。ただし、強いランクのステロイド外用剤、あるいはそれにビタミンD3製剤を加えたものの外用剤は一定の効果をあげているようです。
効果的なのはステロイド剤の局所注射と生物学的製剤のようです。トリアムシノロンを爪母、爪床に局所注射する方法は有効だそうですが、東によると実際に行ってみると痛みが強く、爪甲下の出血もあり、麻酔注射が必要などいろいろと問題もありそうです。またステロイド剤の副作用のために小児には行えません。
光線療法については、PUVA療法が一定の効果があるとの報告もあります。ナローバンドUVBが有効との報告もありますが、UVBがどの程度爪を透過して効果を発揮するかは疑問視する向きもあります。ただし、近年多く使われだした、エキシマライトはUVB波長領域ながらその強力なエネルギー量で爪乾癬に一定の効果があるとする報告もあります。
X線照射は過去に試みられて、有効なことは分かっていますが、その発癌性のために現在は行うべきではないとされています。但し低線量の照射は高齢者の爪乾癬に対しては行ってもよい選択肢とする意見もあります。
レチノイド、シクロスポリン、メソトレキセートなどの全身投与は一定の効果がありますが、その副作用には注意が必要で、細心の注意を払う必要があります。
近年は重症の乾癬の治療に対して、生物学的製剤が用いられるようになってきました。さらに爪の乾癬では乾癬性関節炎を伴うことが多いことがされており、この場合早期に関節炎を治療することの重要性が強調されるようになって、生物学的製剤の重要性が高まってきています。この分野は年々新しい薬剤が導入されてきていますが、その評価や最適のコンビネーションの治療法、適用などは今後の問題かと思われます。
また、抗TNF-α製剤でみられる乾癬病変の増悪(paradoxical reaction)には注意が必要とされます。特に爪病変や爪周囲のPPP様の膿疱性病変がこの製剤ではみられることがあるとされます。
しかし、爪乾癬に対して最も期待できる治療分野といえるかと思われます。
参考文献
Mark Holzberg and Robert Baran: The Nail in Dermatological Disease. Baran and Dawber’s Diseases of the Nails and their management, Fourth Edition. Edited by Robert Baran, David A.R.de Berker, Mark Holzberg and Luc Thomas. 2012 John Wiley and Sons,Ltd. p257-280
東 禹彦: 爪 基礎から臨床まで. 金原出版 第1版第7刷 2013