皮下組織深部の浅筋膜(深層筋膜)に広範囲に細菌感染が波及して、筋膜上を急速、広範囲に水平方向に拡大して組織壊死を生じる重症の軟部組織感染症です。起因菌は問いませんが、化膿レンサ球菌単独または黄色ブドウ球菌の混合感染して生じる型と、糖尿病や肝障害などの基礎疾患の人に発症する嫌気性菌、腸内細菌などによる型があります。ちなみに浅層筋膜は皮下脂肪織の筋膜のことで浅筋膜とは異なります。
またガス壊疽はガス産生性の細菌感染症で、クロストリジウム性ガス壊疽と、非クロストリジウム性ガス壊疽に分けられます。非クロストリジウム性ガス壊疽は主として筋膜を侵すのでガス産生のある壊死性筋膜炎と捉えることができます。一方クロストリジウム性ガス壊疽は主として筋肉を侵しますので、壊死性筋膜炎とは分けて考えられます。また外陰部に生じた壊死性筋膜炎は特異な臨床型からFournier壊疽(フルニエ壊疽)と呼ばれますが、外陰部の壊死性筋膜炎そのものです。
【症状】
最も多いのは、糖尿病などの基礎疾患のある人の軽微な傷(擦り傷、足白癬、魚の目など)や糖尿病性壊疽からの細菌の侵入ですが、基礎疾患のない健康成人に突然生じる事もあります。主に下肢に疼痛を伴って発赤、腫脹が見られます。先に述べた蜂窩織炎との鑑別が最も重要になります。両者の鑑別は時に困難ですが、激烈な痛み、著明な全身症状(高熱、血圧低下、過呼吸などの呼吸障害)、局所の水疱、壊死、血疱などの出現では壊死性筋膜炎を疑い迅速な対処が必須です。
ガス壊疽の場合は、病変部を掴むとプチプチとした捻髪音と雪を掴むような感触(握雪感)があります。
初期の皮膚症状は病巣が深部にあるために、局所は冷たく淡い紅斑、腫脹を認めるのみでそれだけでは却って軽症と見誤る恐れもあり、白血球数やCRP高値との乖離に気づくことが重要です(沢田泰之 第86回東京支部学術大会 SY7-2 壊死性筋膜炎・ガス壊疽などの重症皮膚軟部感染症の診断と治療)。
劇症型A群溶連菌感染症では初期から血行性に播種された細菌が皮下に到達して壊死性筋膜炎を生じる事もあります。これをトキシックショック様症候群(TSLS:toxic shock-like syndrome)あるいはレンサ球菌性トキシックショック症候群とよび、全身に猩紅熱様の紅斑を生じ、急速に多臓器不全を起こし致死率の高い疾患です。俗に「人食いバクテリア」と呼ばれメディアでも取り上げられました。外傷、病巣感染(う歯、扁桃炎など)、手術後の発症もありますが、基礎疾患のない成人にも咽頭炎などの風邪症状から突然発症することもあり、その機序はなお明らかではありません。A群以外のレンサ球菌、C,G群が起因菌となる事もあります。また稀ではありますが、糖尿病や肝障害の人の生食などの後、血行性にVibrio vulnificusが感染して、壊死性筋膜炎を起こすケースもあります。
【診断】
上記の臨床症状で、同症を疑うことがまず前提ですが、更にWBC20,000/μl以上、CRP25mG/dlの高値では本症を疑います。冷汗、過呼吸、血圧低下などの全身症状の急速な悪化では緊急の対応が必須です。LRINEC scoreも参考になりますが、参考に止めるべきとの意見もあります。初診時に皮疹の部位をマーキングしておくとその後の広がりが可視化でき有用です。
診断に有用なのは超音波、X線、CT,MRIなどの画像診断です。病巣の深さ、広がり、ガスの有無などが明らかにできます。最も確実な治療を兼ねた診断は創部の試験切開とデブリードマンです。壊死性筋膜炎では筋膜の壊死によって筋膜上での用手的な剥離は容易であり、変性組織や膿の貯留が確認されます。レンサ球菌の場合は漿液性浸出液(米のとぎ汁様)、混合感染の場合は膿の排出をみます。
【治療】
創部の切開の上、デブリードマン、洗浄を繰り返します。同時に大量の抗生剤を投与します。エンピリックな治療を開始、細菌培養の結果で内容を再検討します。また敗血症性ショック、DIC(播種性血管内凝固症候群)、多臓器不全への対処など、関係各科による迅速な救急救命治療が要求されます。
デブリードマンが行われない場合の死亡率は極めて高く、通常の治療が行われても、壊死性筋膜炎の死亡率は15~30%、劇症型A群溶連菌感染症では30~70%、更に敗血症型Vibrio vulnificus感染症では60~80%とされ、予後不良です。
🔹Vibrio vulnificus 感染症
Vibrio vulnificus は至適NaCl濃度が1〜3%で、低度好塩基性グラム陰性桿菌です。8%では発育は阻止されます。従って河口や湾岸の薄い塩分の汽水域を好み、海水温が20度を越えると著明に増加します。この菌は健常者にはほぼ無害ですが、肝硬変や糖尿病患者などでは傷からの感染、または経口感染を起こし、壊死性筋膜炎を発症します。肝臓のKupper細胞の細菌貪食能の低下や動静脈シャント形成による菌の体循環への侵入、血清鉄濃度の上昇による菌の増殖などが関与しているとされています。外傷による創傷感染型、経口感染による胃腸型、原発敗血症型に分けられます。汽水域での受傷、生の魚介類の食事後に発症します。急激な発症、重症化、病変の多発に前記の既往がある肝障害の人では同症を強く疑います。集中的な治療を行ってもなお予後は極めて悪いです。
肝硬変や糖尿病の人は極力生の魚介類を食べないように、また汽水域に近づかない様に努めることが大切です。
🔹Aeromonas壊死性軟部組織感染症
Aeromonasspp.は河川、湖、土壌、魚介類に広く分布する嫌気性グラム陰性桿菌です。経口感染(食中毒)による場合と、創傷からの経皮感染があります。菌株は18種以上ありますが、皮膚の軟部感染症を起こすのはAeromonas hydrophiliaが主です。ほとんどの例が肝硬変など易感染性の基礎疾患があります。前記のVibrio vulnificus との違いは、A.spp.は水のあるところならどこでも生息すること(市販食品、野菜、冷凍食品なども)、低温増殖性であり、夏でなくても季節性の変動なく発症することです。本症は壊死性筋膜炎として報告されてもいますが、実際の臨床はかなり異なる様です。ある部位の一次的な感染巣が形成され、敗血症となって、四肢などに壊死性軟部組織感染が波及するケースが典型です。病巣は皮下軟部組織、筋膜を越えて筋肉そのものも侵されます。そして「死んだ魚のような」あるいは「ドブ水のような」と形容される悪臭を伴います。またガスを産生する株もあります。また病変部での炎症像の欠如と末梢白血球の減少が特徴とされています。生体防御機構の破綻が重症化に関与していると想定されています。予後は極めて悪いです。