NF1についての最近の知見
【遺伝的背景】
NF1遺伝子が原因遺伝子であることが明らかにされました(1990)。それは17番染色体長腕(17q11.2)にあり、ゲノムDNAは350kbに及ぶ巨大な遺伝子で、計60個のエクソンを持ちます。mRNAは約11~13kbで2818個のアミノ酸からなる蛋白はニューロフィブロミンと呼ばれ、分子量は約250kDaです。ニューロフィブロミンはRas-GAP相同領域を有し、Rasを抑制的に制御します。その障害によってRas及びその下流にあるシグナルカスケードが活性化され(Raf-MAPK経路)、細胞増殖が引き起こされます。同時にP13K経路も活性化されるためにmTOR(mammalian target of rapamycin)の発現が増加し細胞死も抑制されます。NF1では相同染色体の一方の対立遺伝因子に変異がありますが、近年もう片方にも変異が生じているとの報告があります(LOH:loss of heterozygosity)。
このことが、NF1の神経原性腫瘍をはじめ種々の臓器で多彩な症状を来たす原因になっていると考えられています。
近年遺伝子検査手法の急速な進歩によって、今まで分からなかった種々の母斑症の責任遺伝子が解明されてきています。それらの多くがシグナル伝達系に異常があることが解明されています。
◆シグナル伝達系と母斑症
代表的なシグナル伝達系に生じる遺伝子変異の部位によって母斑症は大きく分類することができます。
TGF-βSmadの系では消化管ポリポーシス、血管腫、血管拡張が、P13K-Akt-mTORの系では全身の過誤腫、消化管ポリポーシスが、RAS-MAPKの経路では腫瘍、色素斑・黒子、外表奇形、心臓・骨の異常が共通に高頻度に見られます。
◆RASopathies
RAS/MAPKシグナル伝達経路は、先に述べたように細胞増殖、分化、細胞死に重要なシグナル伝達経路で、それに異常がある疾患の代表がNF1ですが、それ以外にも種々の疾患が同定されています。それらを含めて最近ではRASopathiesあるいはRAS/MAPK症候群として分類するようになってきています。
Legius症候群、Noonan 症候群、LEOPARD症候群、Costello 症候群 、CFC(cardio-facio-cutaneous)症候群などがあります。いずれもこのシグナル伝達経路の一部に異常があります。多くに色素異常がみられます。
◆Legius症候群
特にLegius症候群はNF1と区別のつかないカフェオレ斑が出現しますが、NF1にみられるような神経線維腫やその他の腫瘍性の病変、Lisch結節(虹彩小結節)は認めません。ただ小児期のまだ腫瘍のでない時期はNF1との区別がつきにくいそうです。NF1とされる患者の1~2%はLegius症候群であるとされています。ADHD等の発達障害が多くみられるとの報告もあります。
Legius症候群の原因遺伝子はNF1と異なり、SPRED1遺伝子変異(染色体15q13.2に位置する)であることが2007年に解明されました。
【診断基準、重症度】
NF1の診断基準は1988年にNIHから作成されましたが、2008年に日本でもそれに準じて作成されています。カフェオレ斑や神経線維腫を始めとして7項目があり、2項目以上でNF1と判定されます。また重症度分類(DNB分類は皮膚症状(D1~D4)、神経症状(N0~N2)、骨症状(B0~B3)程度によってstage1~5に分類されます。
以前はstage4,5が医療費助成の対象でしたが、難病法の成立に伴って2015年から特定疾患から指定難病への名称変更と対象疾病の拡充が行われ、NF1の重症度分類も見直されました。その結果stage3の患者さんも助成の対象となりました。また同時にNF1は小児慢性特定疾病にも含まれるようになりました。
制度が複雑なので、詳しく知りたい方は同症の各領域の専門医や難病情報センターなどへお問い合わせ下さい。
またあせび会というNF1,NF2を中心とした患者会の活動もあります。
【診断・経過】
上記のようにNF1では原因遺伝子が特定され、診断技術も進歩してきていて、その精度は95%以上といわれます。しかし全て遺伝子診断を行うことが適切ともいえません。臨床診断が主で、それが明確でない状態で遺伝子検査を行っても明確でないこともあります。体細胞突然変異によるモザイクの場合もあります。またNF1の遺伝子は巨大でホットスポットもないとされ、検査にはかなりの労力とコストがかかるとのことです。ただ次世代シークエンサーを用いた遺伝子診断の登場で以前よりも簡便に、低コストで診断できる環境になってきているそうです。
遺伝子情報は究極の個人情報でもあります。小児期にカフェオレ斑のみでは慎重に経過をみ、親とともに患児の成長を見守ることが必要です。
遺伝カウンセリングはその意味、メリット、デメリット、限界、将来の問題点など患者、家族に十分納得してもらいながら進める必要があるとされます。
【治療】
◆基本的には対症療法になります。色素斑にはレーザー治療を行います。しかしながら満足な結果とまではいかないようです。
◆神経原性腫瘍については、それぞれに対応が異なります。
1.皮膚神経線維腫・・・切除
2.結節状蔓状神経線維腫・・・たまに次の3.の腫瘍の発生母地となります。早期に(スジコ状に集簇して存在する時期に)切除することが良いとされます。
3.悪性末梢神経鞘腫瘍・・・神経の走行にそって、念珠状に蝕知されるようになります。頚部、臀部、大腿部に多くみられます。
4.びまん性神経線維腫・・・次第に脆弱な血管の豊富な結合織の増生があり、隆起、懸垂してきます。中に血腫をつくり大出血をきたす場合もあり、手術には術前の選択的動脈造影、塞栓術などを要する場合もあります。時には内部に結節状神経線維腫を生じます。
◆GIST:gastrointestinal stromal tumor 消化管間質腫瘍
NF1の患者の1~7%に生じるとされます。十二指腸から近位空腸に多く発生します。non-NF1に比べて生涯罹患率は200倍以上高いとされます。
◆乳癌
米国で50歳以下での発生率は一般の4.4倍高いとされます。早期からの検診は重要ですが、放射線被曝によって逆に発がん率を高めるという危惧もあります。
◆その他に、視神経膠腫、毛様細胞性星細胞腫、褐色細胞腫、若年性骨髄単球性白血病などの報告があります。
◆腫瘍の治療に対し、切除術、古典的抗がん剤のほかにNF1の関与するシグナル伝達系を阻害する薬剤、分子標的薬などの臨床試験が米国を中心に進められているそうです。しかしながら劇的な効果はまだ認められていないようです。
その中で、Kinase阻害薬であるimatinib mesylateはびまん性神経線維腫に対して非常に有効であったと2008年に報告されました。しかし悪性末梢神経鞘腫には無効だったそうです。
2013年にはMEK1/2 inhibitor (selumetinib)がびまん性神経線維腫(結節状蔓状神経線維腫併存?)に対して明らかな増殖抑制効果を示したという報告がなされました。
これらの薬剤を始めとして、将来的な分子標的薬の開発が期待されていますが、現時点では大半は著効を示す評価にまでは至っていないようです。
参考文献
1)倉持 朗 Neurofibromatosis type 1 (NF1)をめぐって――真のNF1-ologyの構築を目指して―― 日皮会誌:124(13),2833-2840,2014
2)吉田 雄一 神経線維腫症1型(NF1)の診断と治療――現状と最近の知見について―― 日皮会誌:123(13),2806-2809,2013
3)吉田 雄一 ほか 神経線維腫症1型(レックリングハウゼン病)の診断基準および治療ガイドライン 日皮会誌:118(9),1657-1666,2008
4)皮膚科臨床アセット15 母斑と母斑症 総編集◎古江増隆 専門編集◎金田眞理 東京 中山書店、2013
5)[特集]知っ得納得! 母斑/母斑症 責任編集 三橋善比古 Visual Dermatology Vol.10 No.7,2011
文献4)
寺尾美香 Column p235 RAS/MAPK経路の異常をきたす症候群 より