リーシュマニア症

リーシュマニア症はNeglected Tropical Skin Diseaseの中で、忘れてはいけない疾患の一つです。本邦では滅多にお目にかかりませんが、熱帯地方からの帰国者、海外からの来日者に稀に発症することがあります。
かつて、小生も大学時代に中東からの帰国者に皮膚型リーシュマニア症を経験しました。若き日に受け持ち医となり、なかなか診断がつかなかった苦い経験があります。(上級医の助けを借り、何とか診断、治療できました。)
たまに日本でもみられ、また海外渡航の際は流行地で感染する機会もありえます。日本では稀少疾患ですが、熱帯地方を初め90か国以上の国でみられ約1200万人の感染者がいて毎年90~130万人の新規感染者が加わり、2~3万人が死亡しているそうです。
 この疾患は地球上で最も貧しい人々に広く感染し、栄養失調、免疫機能低下、住宅の荒廃、貧困、医療の貧弱さなども関連し、WHOもNTDの中で克服すべき重要な疾患と位置づけています。

そこで文献をもとに現況を概観してみました。

リーシュマニア症

リーシュマニア症は、リーシュマニア原虫が皮膚・粘膜および内臓に寄生しておこる疾患の総称であり、サシチョゥバエによって媒介される。本邦は本症の流行地ではないので国内発生例はないが、海外渡航、流行地からの来日者の増加に伴って本邦での患者も散見されるようになった。

【病型・症状と分布】
病原体のリーシュマニア(Leishmania属原虫)は単細胞の寄生虫で鞭毛虫類に属し地域によって種類が異なる。リーシュマニア原虫には約53種があり、このうち31種が哺乳類の寄生種であり、さらにおよそ20種がヒトにとって病原体となる。
サシチョウバエがヒト、または動物を刺咬することによって感染する。病原体保有動物は地域によって異なるが、イヌ、イヌ科動物、げっ歯類(ハムスターなど)である。インドではヒトが病原体保有生物となっている。
リーシュマニア症は大きく分けて皮膚型、内臓型、皮膚粘膜型という3つの病型がある。流行地は世界中に拡がるが、オーストラリア、太平洋諸国での感染はみられず、南米チリ、ウルグアイ、カナダでは稀である。

皮膚型(cutaneous leishmaniasis:CL)は最も多い一般的な型である。虫刺後数週間から数か月後に発症し、身体の露出した部位に丘疹、結節、潰瘍などの皮膚病変を形成し、局所のみで自然治癒することもあるが、時に再発を繰り返して衛生病巣やリンパ行性の連鎖状結節を形成する。稀に全身に拡がり播種状皮膚リーシュマニア症を引き起こす L.braziliensis。生命予後は良いものの消えない瘢痕は社会的スティグマとなる。
地中海、中東、中央アジア、南アメリカが流行地であり、特にアフガニスタン、アルジェリア、ブラジル、コロンビア、イラク、リビア、パキスタン、ペルー、シリアアラブ共和国、チュニジアが多発地域である。
別名:東方腫(oriental sore)、熱帯潰瘍(tropical sore), チクレロ潰瘍(chiclero ulcer), Delhi boil, Aleppo boil, forest yaws
 L.major(wet form), L.tropica(dry form)(南欧、アジア、アフリカ) L.mexicana(メキシコ、中南米) L.braziliensis(中南米)をはじめとしてその他の多くの種が起因なる。

内臓型(visceral leishmaniasis:VL)はカラアザール(Kala-azar、黒熱病)ダムダム熱とも呼ばれ、発熱、体重減少、汎血球減少(貧血、白血球減少、血小板減少症)、脾臓および肝臓の腫大による腹部腫脹を特徴とする。また多クローン性高ガンマグロブリン血症も生じる。これらの症状はリンパ腫、伝染性単核球症、ブルセラ症、慢性マラリア、肝脾住血吸虫症に間違われることがある。急性の発症では突然の悪寒、発熱を認め、マラリア、急性の細菌感染症との鑑別を要する。不顕性感染が一般的だが、一旦発症し治療をしない場合は致死率は極めて高い。感染後数週間から数か月で徐々に又は突然発症することがあるが、時には数年から数十年経ってから発症することもある。ブラジル、東アフリカ(スーダン)、インドからの報告が殆どである。VLは、HIV感染者や他の免疫不全状態での日和見感染症としてもみられる。VLは寄生虫感染症としてはマラリアに次いで全世界の死亡例が2番目に多い。
L.donovani, L.infantum, L.chagasiによって引き起こされる。
内臓型リーシュマニア症の治癒後、顔面、腕、体幹などに黄白色斑、丘疹、結節を多発することがあり、カラアザール後皮膚リーシュマニア症(Post-kala-azar dermal leishmaniasis:PKDL)と呼ばれる。治癒後のVL患者の5~10%に、数か月から数年後に発症する。患者は保虫宿主となる。

皮膚粘膜型(mucocutaneous leishmaniasis:MCL)、エスプンディア(espundia)は鼻、口、喉の粘膜に浸潤し、初期症状はしつこい鼻づまりや鼻血、口腔内、咽頭の違和感程度であるが、やがて潰瘍から前鼻中隔の軟骨壊死から中隔欠損、鼻、顔の変形、嚥下障害をも生じうる。ボリビア、ブラジル、ペルーおよびエチオピアからの報告が主である。
L.braziliensis, L.guyanennsis, L.amazonensis, L.panamensis, L.peruvianaが主な病原種である。

【病態生理】
大きさ僅か2~3mmのサシチョウバエのメスの刺咬によって感染する。注射針や輸血による感染、母子感染の報告もある。イヌ科動物、げっ歯類などが中間宿主となる。一般的に中間宿主は症状を示さないが、イヌは例外でイヌリーシュマニア症を発症する。皮膚病変の他肝臓病変など様々な人とは異なる症状を呈する。スペインなどではよく知られているという。
原虫はサシチョウバエの中腸内では鞭毛を有するプロマスチゴート(promastigote)型に変化し、ヒトに接種されるとマクロファージに貪食されて鞭毛を持たない紡錘形のアマスティゴート(amastigote)型に変化し増殖する。寄生虫は種、感染者の状態によって皮膚局所に留まるか、上咽頭粘膜に拡がるか、内臓臓器に拡散するか分かれる。

【診断】
皮膚型では潰瘍辺縁の組織よりの生検組織検体、捺印標本、または吸引物の顕微鏡検査でマクロファージ内のリーシュマニア原虫の確認。特異的免疫組織染色、培養 Novy-MacNeal-Nicolle(NNN培地)。急性期では真皮マクロファージ内に多数の虫体を認めるが、慢性期ではLanghans型巨細胞や類上皮細胞を含む尋常性狼瘡類似の組織像となり、虫体を見出すのが困難となる。再発型では両者の組織像をとりうる。
内臓型では組み換えリーシュマニア抗原(rK39)に対する抗体検出。または骨髄、脾臓からのバイオプシーにによる生検材料の検査。近年はPCR分析による亜種の同定が進んでいる。

【治療】
皮膚型
皮膚病変が小さく、自然治癒傾向にあり、かつ宿主に免疫異常がなく、原虫が皮膚型に属する場合は綿密なフォローアップのみで治療しない場合もある。
局所治療は合併症のない小さな病変に対する選択肢である。5価アンチモン化合物のスチボグルコン酸ナトリウム(sodium stibogluconate: Pentostam 20mg/kg/kg 10~20日)の病変内局所注射(欧州およびアジア)は長年行われている。しかし腹痛、食思不振、嘔気、嘔吐、筋肉痛、肝機能障害、心毒性を含む多くの副作用がある。ミルホテシンは経口投与が可能であるが、妊婦には禁忌である。またパロモマイシン、塩酸メチルベンゼトニウムによる外用療法もある。小さな病変では温熱療法、凍結療法なども有効である。

皮膚粘膜型
リボソーム化アンホテリシンBの静注、5価アンチモン製剤、またはミルテホシンの経口投与。原虫の種類によって効果は大きく異なる。

内臓型
リボソーム化アンホテリシンB、ミルテホシンが米国FDAで承認されている。5価アンチモン製剤も用いられる(スチボグルコン酸ナトリウム([sodium stibogluconate], meglumine antimonate)の静注または筋注。AIDS患者の場合は投与量、方法が異なる。
アンチモン化合物に対する薬剤耐性がインドと近隣諸国にみられ問題となっている。

【予防】
サシチョウバエは自らは飛翔能力は僅かで風に乗って移動するのでベッドや2階に寝る方が安全。またサシチョウバエが最も活動する夕方から夜明けまでの活動は控える。露出部皮膚への防虫剤の使用や防護用衣服の着用。流行地域への旅行者はDEET(ジエチルトルアミド)を含有する防虫剤を使用すべきである。サシチョウバエは蚊帳をも通過するために殺虫剤のベルメトリンで処置すれば有効である。(住友化学の開発した蚊帳「オリセットネット」は有効。)

【日本での報告例】
日本国内にもサシチョウバエは存在するが、現時点ではリーシュマニア原虫を持たないので、国内感染はない。全て海外から輸入されたものである。

皮膚型:1980年以降、20例以上(~30例)の報告がある。多くが流行地に赴任した企業戦士である。L.tropica L.major L.braziliensisなど。
スリランカからの留学生でL.donovaniによる皮膚型の報告もある。(スリランカではL.donovaniによるCLが散見されるという。)

皮膚粘膜型:1950年に報告されたブラジル病の一例が最初と思われる。サンパウロのコーヒー農園で働いていて虫刺後潰瘍を形成、帰国後鼻中隔の潰瘍、欠損を生じた。移民として入国していたブラジルからの帰国者の症例が散見される。またボリビアからの入国者の報告もある。
L. brasiliensis

内臓型:
1998年PKDLの報告(31歳、日本人女性)の報告がある。インド滞在中に内臓型に罹患。帰国後PKDLを発症。PKDLの症例は第二次大戦中に中国でVLに罹患した後発症例が散見される。

自験例[文献7)より]
45歳 男性 バクダッドにて感染 L.tropica minorとして報告したが、後の培養のPCRによりL.majorと判明 5))
初診時臨床

類上皮様細胞の浸潤を認めるも、虫体認めず。ステロイド外用剤使用。数回の生検、培養後虫体を証明。

 

組織拡大図 多数の虫体を認める

参考文献

1)今日の皮膚疾患治療指針 第5版 編集 佐藤伸一 藤本 学 門野岳史 椛島健治 医学書院 23022年
山口さやか 皮膚リーシュマニア症 28章 真菌・原虫疾患 pp965-967

2)三條場 千寿 サシチョウバエ媒介感染症の概要と国内での状況 モダンメディア 68巻6号2022[話題の感染症]pp177-184

3)アメリカ疾病管理予防センター(CDC) Yellow Book 2024 Leishmaniasis
MSDマニュアル プロフェッショナル版 リーシュマニア症 Richard D. Pearson 2020.11

4)感染症診療 スタンダードマニュアル 第2版 羊土社 2011
第12章 寄生虫感染症 組織原虫 リーシュマニア症 Frederick Southwick pp366-371

5)永倉貢一 <病原微生物検出情報>わが国の輸入皮膚リーシュマニア症
国立感染症研究所感染症情報センター Vol.16(1995/3[181])

6)赤尾信明 他 <病原微生物検出情報>内臓リーシュマニア症(カラ・アザール)の1例 国立感染症研究所感染症情報センター Vol.16(1995/6[184])

7)児島孝行 Sodium Stibogluconateが奏功した皮膚リーシュマニア症の1例
皮膚臨床 29(4);409~413,1987