免疫「超」入門

表題の免疫「超」入門 は慶應大学医学部微生物学・免疫学教授である吉村昭彦先生の渾身の免疫学入門(?)書です。
新型コロナの解説などを初め、免疫の話をぼやきも交えながらアップして下さる先生のブログは結構楽しみにしていました。 ところが昨年の3月を最後にパタッと更新が止まっていました。久しぶりに11月10日のブログがありました。止まった理由が書いてありました。
「その理由の一つはこれ(本書)です。ホントに時間使いました。講義でつかう「ネタ」を惜しみ無く入れ込みました。なのでもう続編は書けません。・・・」

まえがきに「難しいといわれる免疫について、これから知りたいという人でも楽しく、かつ楽に学べるようにと心掛けました。少々難解なことも避けずに、正面からできるだけわかりやすく解説したつもりです。なるべくわかりやすくするために、専門用語の一部はあえて省略しています。」と書いてある一方ブログでは「タイトルはダサイし「超」難解ではないか!とのご批判は覚悟の上です。」とあります。
さて、「超」わかり易いのか、「超」難解なのかは読んでみてのお楽しみ、というところでしょうか。
読んでみて、いつも挫折する免疫学の教本が普通ですが、この本は一気に最後まで読めました。物語としても面白いし、免疫学のAからZまで網羅しているようでした。そういう意味では超分かり易かったです。しかし1日たってみると頭に残っているのは脱線ともいうべき逸話の数々のみのようでした。肝心の免疫学の骨子は霞がかかったような感じでした。きっと試験を受けたら赤点だろうなー。
やはり免疫学は難しいです。「でも「免疫『超』入門」はおかげさまで重版となりアップデートを行なっている。」そうです。どんな人がこの本を読んでいるのでしょうか。免疫学に魅せられてその道に進もうとする医学生かなー。あるいは免疫学の単位を落としそうなヤバイ医学生かなー。あるいは本当にこの本に興味を持たれた一般の方でしょうか。

免疫学の本編については書籍を見ていただことにして、2、3の気になったことを書きます。
その1
毎年、ノーベル賞の季節になると、候補者の記事が出ます。本のまくらとして、ノーベル賞のことが書いてありました。第1回のノーベル生理学・医学賞はエミール・ベーリング博士に贈られました。当時ヨーロッパで猛威をふるっていたジフテリアについての血清療法の確立に対するものでした。ところが実はそれ以前に北里博士は破傷風菌に対する血清療法を確立しており、実験動物に毒素を少量ずつ投与していくと致死量を越えても死なず、その血清中に毒素を無毒化する物質があると考えこれを「抗毒素」と名付けました。今でいう「抗体」です。あまつさえ、ベーリング博士の指導をして、連名で論文を発表しています。この事実を鑑みると第1回のノーベル賞は当然北里博士に与えられるべきかと思います。ノーベル賞は一見純粋に科学的な視点で選ばれるように思われますが、意外とバイアスがかかっているかもしれません。東洋の小国から来たどこの馬の骨ともわからない研究者にノーベル賞とはヨーロッパの学者の沽券に関わる事だったのかもしれません。そういえば1950年代に世界で初めて「ウイルス抑制因子」を発見したのは長野泰一博士です。しかし遅れて発見したイギリスの研究者がインターフェロンと名付けそれが世界的に定着しました。IgEの発見者の石坂公成博士もノーベル賞を取って然るべきかと思いますがもらえませんでした(個人的な意見)。
免疫学の分野では日本人の貢献は多大なものがあります。利根川進博士(遺伝子の再構成)、山中伸弥博士(iPS細胞の確立)、本庶佑博士(免疫チェックポイント阻害剤、オプジーボ)をはじめとして、阪口志文博士(制御性T細胞)、岸本忠三、平野俊夫博士(IL-6)、審良静男博士(自然免疫)、谷口維紹博士(IFNーβ、IL-2の遺伝子単離)、吉村昭彦博士(CIS,SOCSファミリー、サイトカイン受容体シグナル抑制)などノーベル賞級の研究者がごろごろいます。
かつて日本人は物真似だけが得意で創造性に欠けると言われた時期がありましたが、こんなに創造性豊かな人々がいるということは日本人の誇りでもあります。ただ、科学の世界でも欧米人が重鎮を占めているのは事実のようです。
その2
新型コロナウイルス感染症については専門家でも様々な意見がありました。
当初から吉村先生もブログに発信されていました。誰もが未知の未曾有のパンデミックで一寸先は見えなかったと思います。それでも免疫学の知見が新型コロナウイルス感染症に役立ったのだと思われました。先生のウイルスと免疫、ワクチンの解説は非常に分かりやすくためになりました。
しかしながら専門家でも意見の違いがあるのが実情です。追加のワクチンの必要性、頻度についても定見はないようです。ただ、インフルエンザワクチンとは異なり、無理矢理に追加接種する必要性はないということは新たな発見でした。
その3
免疫とアレルギーは今までもよく講演などありましたし、獲得免疫、自然免疫、さらに免疫と癌では最近ノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶先生の免疫チェックポイント阻害剤のオプジーボが一般にも広く知られるようになってきました。
しかしながら免疫学、その細胞を利用した治療学の進歩は留まるところを知らないような勢いで進歩しているそうです。
とりわけCAR-T療法による癌治療は長足の進化を遂げています。CARとはChimeric antigen receptorの略でキメラ抗原受容体です。なぜキメラかというと癌抗原を特異的に認識するモノクローナル抗体の抗原結合部とT細胞のアクセルシグナルを発生する分子を遺伝子操作によって融合させているからです。患者さんの血液からT細胞を採取し、試験管内でCAR遺伝子をT細胞に導入して体内に戻します。これをCAR-T細胞療法と呼びます。すでに2019年にはノバルティス社のキムリアが認可されてB細胞リンパ腫の治療に用いられています。さらに詳細は省きますが、Armored CAR-T療法、BiTE(Bi-specific T cell engager) 療法 、CAR発現iPSを用いたT細胞、NK細胞による癌の免疫療法、自己免疫疾患治療なども研究が進んでいるとのことです。
免疫は今後、AI技術との融合、MRIなど画像技術との融合、ゲノム医療との融合などで更なる発展を遂げていくとのことです。癌のみならず、免疫疾患、心疾患、老化、認知症、精神神経疾患への治療もCAR-T細胞療法による「細胞医薬」は進化を遂げていくと予想されています。

この本は、全く医学の知識がない人が読むにはハードルが高いと感じますが、じっくり読めば理解できないこともないと思います。

この時期にあっては非常に有意義な本だと思います。お勧めです。