遺伝性皮膚疾患

 先日の日本皮膚科学会東京支部学術大会で聴講した講演の一部を書いてみます。
 遺伝性の皮膚疾患は日常外来でみる、いわゆるcommon dideaseからみると比較的稀な部類に入りますし、なかなか診断が難しい疾患が多く、また治療に難渋するので敬遠されがちです。また稀少疾患では専門家はごくわずかです。それに関連する下記の講演を聴講してみました。

EL3-1 スキンタッグはなぜできる?:身近な症状に潜む遺伝学的モザイク 久保亮治
SY6-3 皮膚科で診る小児の症候群~他科との連携 馬場直子
SY6-4 皮膚疾患に関わる人に必須の遺伝カウンセリングー何から手をつけていいかわからない人のために 堺 則康

EL3-1
 発生過程において、ある1つの細胞のゲノムに遺伝的な変化が生じ、その変異細胞が引き継がれていって何らかの症状を引き起こすと先天性(出生前)のモザイク疾患となります。一方大人になってからある細胞に変異が起こりコロニーを形成した状態は後天性(出生後)モザイクとも呼べます。
 例えば全く同一のFGFR3(fibroblast growth factor receptor)遺伝子変異が出世前に生じれば列序性表皮母斑となり、出生後に生じれば脂漏性角化症やスキンタッグを生じます。因みに両者は同じ病理組織なのに首や腋窩では柔らかく丸まるのは、柔らかい皮膚では基底部位から増殖すると球状に丸くなるためと考えられています。
(広義の表皮母斑症候群で上記と近縁なものにCHILD症候群という疾患がありますが、コレステロール合成過程の酵素である3β-hydroxysteroid dehydrogenaseをコードするNADPH steroid dehdrogenase-like protein (NSDHL)遺伝子の変異が原因とされます。この疾患に対してスタチンとコレステロールの外用によりコレステロール生合成をNSDHLが介する反応よりも上流で堰き止める新しい治療法が考案され有効性が実証されています。)
汗孔角化症は常染色体顕性(優性)遺伝を示し、メバロン酸経路の遺伝子変異が見つかっていますが、限局的に相同染色体上でのセカンドヒットが成人後に生じれば播種状表在性(光線性)汗孔角化症となります。紫外線などが遺伝子変異の原因と考えられています。その他に外傷、加齢、薬剤、ウイルス感染など。変異のパターンは遺伝子相同組み替えが最も多く、そのほかにC>T変異、遺伝子欠失などがあります。これも出生後モザイクといえます。MVD遺伝子変異は1/400人とかなり多く、特に東北地方では多いそうです。
 結節性硬化症も常染色体顕性遺伝形式を取りますが孤発例も約6割に見られます。TSC1(Hamartinというタンパク質をコード)、TSC2(Tuberinというタンパク質をコード)の機能喪失変異によりRHEB次いでmTORへのシグナル経路が活性化され細胞の異常増殖が見られます。mTOR阻害薬(シロリムス外用ゲル)の有効性が実証されています。紫外線によるセカンドヒットが想定されていて、そのために紫外線の影響を受け易い両頬の蝶形紅斑の部位に血管腫が多く見られるようになります。
神経線維腫症1型(neurofibromatosis type 1:NF-1)は常染色体顕性遺伝で、原因遺伝子は17番染色体長腕にあるNF1遺伝子です。これは60個のエクソンを持つ巨大遺伝子で、そのために体細胞突然変異を生じやすく、特定の部位に限局したNF-1モザイクを生じます。約10%がこれに該当するとされます。NF1遺伝子の障害により、Rasが活性化されるとその下流にあるシグナルカスケードが活性化されRaf-MAPK経路)細胞増殖が引き起こされます。そして皮膚、骨、中枢神経系などにさまざまな病変を生じます。皮膚ではカフェオレ斑(6個以上)、神経線維腫が特徴的です。これに対して最近はMEK阻害薬も用いられ有効性もみられています。

SY6-3
 こども病院での様々な小児の症候群の皮膚病変を供覧、解説されました。皮膚だけの病変に留まるのか、他の部位、臓器の合併症を伴う症候群なのかを見極めて、関連各科と連携して長期経過を診ていくことの重要性が肝要です。神経線維腫症1型、結節性硬化症でのMEK阻害薬、mTOR阻害薬の効果の写真は印象的でした。多くの血管腫、血管奇形の写真をみながら過去の講演を思い浮かべていました。【血管腫(赤アザ)2014.5.23】

血管腫(赤アザ)


 そして、かつて話されていた”母斑、母斑症”という日本語の名称について、・・・生まれてきた子に大きな赤アザ、黒アザがあると両親、とくに母親のショックは大きなものがあります。古来特に母親にその責任を転嫁する傾向が強くありました。そのショックから母親が自死した例も経験されたそうです。科学が進んで母親の責任ではなく、誰もが遺伝子の変異によって起こり得る事が明らかになってきた現在ではその名称の変更も必要ではないかとの提言(村田洋三 皮膚病診療:41(1):13~15,2019)には将にその通りと思いました。(ただ、問題は用語そのものではなく、「ジェンダー」「障碍者差別」に深い根がある、との意見(斎田俊明)もあり難しい課題ではあります。)

SY6-4
遺伝性疾患を診療する上で遺伝カウンセリングは必須となります。遺伝情報は生涯不変で、個人のプライバシーに属するのみではなく血縁者にも共有されるという特徴があります。
 遺伝カウンセリングは臨床遺伝専門医と認定遺伝カウンセラーが専門的に担っていますが、2023年現在、それぞれに1727名、356名が登録されています。日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会が協同してその担い手を養成してきました。しかしながら皮膚科医は少なく全国で20名にも満たない数です。
 専門医でなくても、遺伝性疾患を診療する上では遺伝カウンセリングを求められることがあります。まず科学的根拠に基づく正確な医学的な情報をわかりやすく伝え、理解していただくようにお手伝いをすることは基本ですが、結果を決めつけるのではなく患者さん(クライエント)に寄り添っていくことが肝要です。また実臨床の現場で、患者さんは積極的に検査を進めることを希望するものの、親族から検査を拒否されることなど、難しい事例も紹介されました。
 遺伝関連の問題で困った時には、近くの臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラーに相談して頂きたいとのことでした。またかずさDNA研究所のかずさ遺伝子検査室では遺伝子検査を請け負っているとのことです。

 遺伝性皮膚疾患の講演を聴講していると近年の科学というか医学の進歩に驚かされます。かつての記載皮膚科学は難しい病名はつけても治らないものばかりでした。それが病因、病態に即した治療法が長足に進歩してきました。特に遺伝性皮膚疾患は現代でも治療は難しいものです。それでも上記の疾患をはじめ、いくつかの疾患ではかつては信じられないような遺伝子治療までも行われてきています。それに伴っていろいろな倫理的な問題も派生してきているようですが。
医学は進歩し続けていますが遺伝性疾患は一生続くものであり、それに携わっているドクターは長年患者さんをフォローし続けなければなりません。講演などでいつも感じることはそれぞれの先生方の地道な努力と患者さんへ寄り添う献身的な気持ちです。生半可な気持ちではやっていけない仕事と思いました。
 難しい遺伝子の内容などもうついていけないような気もしますが、これからの若い医師には頑張ってもらいたいと思いました。