ノカルジア症

Nocadia spp.は好気性の放線菌で、土壌・水などの自然界に広く分布しています。ノカルジア症は、創傷部位からの菌侵入により、皮膚および皮下組織に病巣を形成する皮膚ノカルジア症(原発性)と、経気道的に肺に感染し、血行性に全身臓器に播種する内臓ノカルジア症(続発性皮膚ノカルジア症を含む)に分類されます。なかでも脳に播種する脳膿瘍は重篤な感染症であり、注意が必要です。ステロイドをはじめとする免疫抑制薬の使用、慢性閉塞性肺疾患などの呼吸器疾患、糖尿病や悪性腫瘍などの基礎疾患をもつ免疫不全宿主、高齢者の感染リスクは高いですが、健常者でも感染を起こすリスクはあります。Nocarsdia farcinicaは脳に親和性が高く、脳膿瘍を合併するリスクが高く、N.brasiliensisは皮膚軟部組織感染症で分離されることが多いです1)。
 内臓ノカルジア症は日和見感染の代表の一つで、近年の免疫抑制剤の多用、高齢化、悪性腫瘍、糖尿病、臓器移植、HIV感染症などで増加傾向にあり、咳や痰、発熱や胸痛、呼吸困難など細菌性肺炎と類似した臨床症状を呈し、常に念頭におくべき疾患です。しかし、ここでは主として皮膚ノカルジア症について述べていきます。

皮膚ノカルジア症は、続発性ノカルジア症と原発性ノカルジア症に分けられます。先に述べたように続発性皮膚ノカルジア症の多くが肺病変から血行性にあるいは連続性に皮膚に伝播し、皮下膿瘍、潰瘍、膿疱を形成します。
 原発性皮膚ノカルジア症は菌腫型、限局型、リンパ管型に分けられます。頻度はリンパ管型が最も多く、次いで限局型で菌腫型は少数となっています2)3)4)5)。
【症状・病型】
1.リンパ管型
 急性に発症して所属リンパ節腫脹を伴い、原発巣よりリンパ行性にスポロトリコーシス様の飛び石状に並ぶ丘疹、結節性病変を形成します。外傷を受け易い四肢に好発します。顆粒排出は無いか稀とされます。
2.限局型
 亜急性に進行し、外傷部位にのみ皮膚症状が限局して三主徴(次項参照)は伴いません。顔面、四肢に好発します。皮下膿瘍や結節、蜂窩織炎などを形成します。
3.菌腫型
 慢性進行性で足に好発します。初期は紅斑、腫脹、硬結を呈しますが、後に暗赤色の皮下結節をきたし軟化して膿瘍を形成し瘻孔を伴い膿汁を排出することが多いです。
 菌腫(マイセトーマ)は顧みられない熱帯病(neglected tropical disease)にも含まれていて、(1)疼痛を伴わない腫瘤様の腫脹、(2)多数の膿瘍や瘻孔や膿瘍、(3)膿の中の顆粒(grains)の三主徴を有する皮膚および皮下の感染症とされています。真菌、および細菌(actinomycetoma)によるものがあります。本邦ではノカルジアによる菌腫型は少数です。マイセトーマの70%以上は足に生じ足菌腫と呼ばれますが、このタイプは熱帯地方(アフリカ、南米、南アジア)では多発し、マイセトーマベルト地帯と呼ばれています4)。
【菌の種類】
 Nocardia spp.の同定は従来、生理生化学的性状や薬剤感受性試験などで行われてきましたが、近年は16SrRNAの遺伝子配列を調べて決定する方法が一般的になっており、質量分析による解析で同定される菌種も増えてきました。現在は100菌種以上の登録があるとのことです(全てに病原性があるわけではない)。
 皮膚科関連の報告例では皮膚ノカルジア症の原因菌種ではN.brasiliensisが最も多いようです。それは、同菌が免疫低下などの背景がなくても外傷、擦過創などの軽微な皮膚の傷によっても侵入、感染し易いからとされます。全国から千葉大学真菌医学研究センターに同定を依頼された皮膚原発ノカルジア症203例では、N.brasiliensis 46%, N.farcinica 14%, N.nova 8%, N.asteroides 7%の順でした。(1993~2005年)。しかし、その後16SrDNAや16SrRNAで同定される症例が増えると当初N.asteroidesとされていたものが、N.novaと同定、変更されるなど分類も流動的です。1999~2008年に全国から同定依頼を受けた536株ではN.farcinicaが約30%と最も多く、N.nova 15%, N.brasiliensis 13%の順とされています3)6)。1992~2001年のノカルジア症303例において基礎疾患有する患者は免疫抑制剤内服中が22.4%、悪性腫瘍6.6%、糖尿病3.6%、結核3.3%、AIDS2.0%、基礎疾患のない例は24.4%と報告されています7)。
【診断】
 診断するにはまず、ノカルジア症も鑑別の一つとして頭の片隅に考えておくことが必要になります。それぞれの病型によって、細菌感染症(蜂窩織炎、癤、放線菌症、深在性真菌症、結核などの抗酸菌感染症など)肉芽腫症などを鑑別します。次に免疫低下要因の有無を検討します。また外傷、擦過傷、転倒や交通事故、植皮などの過去の既往の確認も大切です。
上記感染症を疑ったならば、菌の分離、同定が確定診断に必須となります。しかし問題はノカルジアは通常の培養では検出できにくいこと、すでに各種抗菌剤が前投与されているケースが多いことなどで診断確定に難渋し、確定までに数年を要した例の報告もあります8)。この中でリンパ管型は急性発症で比較的菌の塗沫、培養、同定に成功する割合が多く、治療にも反応し易いようです。
1.塗沫検査
膿などのグラム染色で、グラム陽性桿菌がみられます。分枝のあるフィラメント状の桿菌で直径は0.5~1.2μm、弱抗酸性を示し、Kinyoun染色で赤色に染まります。(この染色はZiehl-Neelsen染色の変法であり、同じ放線菌のグラム陽性桿菌であるActinomyces spp.は抗酸性を示さず、赤色に染まらないので鑑別できます1)3)。
2.培養同定検査
基本的な培地である血液寒天培地で好気的条件で発育可能ですが、発育に時間を要するために、3日以上1~2週間程度まで培養を延長することが必要です。菌種によって白色、黄色、橙色などのコロニーを形成します。なおActinomyces spp.を疑う場合は嫌気培養が必要となります。また常在菌の多い検体では、サブローデキストロース寒天培地(クロラムフェニコールが添加されていない)が有用なこともあります。ノカルジアはクロラムフェニコール感受性1)3)。
Nocardia属の同定は従来は生化学的性状や薬剤感受性試験を利用して行われてきましたが、現在では16SrRNAの遺伝子配列を調べて決定する方法が一般的になってきています。
3.病理組織学的検査
病型、時期によって異なりますが、急性期の好中球、組織球、リンパ球からなる細胞浸潤が見られる膿瘍から慢性期になると繊維化を伴った肉芽腫を形成します。HE染色では菌要素を確認するのは困難です。最も鋭敏なのはGrocott銀染色です。フィラメント状に分枝した桿菌を認めます。菌腫型では多核白血球で構成する膿瘍の中央部に1~数個の顆粒を認め、この周囲に白血球、形質細胞などのリンパ球性反応層、血管増殖や線維芽細胞、繊維増殖、異物型巨細胞も混在します。菌塊はドーナツ状や弧状などの奇怪な構造をとることが多く、辺縁には棍棒状構造物(Splendore-Hoeppli現象)を見ないことがActinomyces spp.との鑑別になります3)。
【治療】
ST合剤(バクタ)(5~10mg/kg)が第1選択になります。ただなかにはST合剤耐性菌も見られます9)。現在では病原性のあるノカルジア症は約30菌種あり、菌種特異的な薬剤感受性パターンを示すために培養結果、薬剤感受性結果をもとに薬剤を選択する必要があります。重症の場合はミノサイクリン、アミカシン、リネゾリドと併用されます。治療期間についても経験的で、非免疫抑制患者で中枢神経症状がない場合は6~12ヶ月、それ以外では12ヶ月の投与が推奨されています。
薬剤投与とともに、デブリードマン、皮膚洗浄などの局所処置が肝要です。
外科的切除や、温熱療法などの治療を単独または併用した報告もみられます。

参考文献

1)特集 菌別にみる皮膚細菌感染症 責任編集 山﨑 修 Visual Dermatology Vol.22 No9 2023 秀潤社 
西村恵子 総説3 Part3. グラム陽性桿菌皮膚感染症 細菌検査室からみたグラム陽性桿菌(Nocardia spp.を中心に)pp887-892

2)今日の皮膚疾患治療指針 第5版 編集 佐藤伸一 藤本 学 門野岳史 椛島健治 医学書院 2022
布袋祐子 27章 細菌性疾患 ノカルジア症 pp927-928

3) 皮膚科臨床アセット 4 皮膚真菌症を究める 総編集◎古江増隆 専門編集◎望月 隆 中山書店 2011
真菌症類似疾患
前田 学 51 皮膚ノカルジア症の診断と治療 pp224-229
三上 㐮 52 ノカルジア症の原因菌 pp230-235

4)皮膚疾患 最新の治療 2023-2024 編集 高橋健造 佐伯秀久 南江堂 2023
佐藤友隆 ⅩⅥ 感染症 A細菌 11 放線菌症、ノカルジア症 pp197

5)続発性皮膚ノカルジア症の1例 佐野友佑、他:臨皮 72:1091-1094,2018

6)N.brasiliensisによる皮膚ノカルジア症の3例 若林正一郎、他:臨皮 67:341-346,2013

7)手に生じた皮膚ノカルジア症の1例 千田聡子、他:臨皮 70:926-931,2016

8)発症から診断確定まで6年間を要したNocardia brasiliensisによる原発性皮膚ノカルジア症の1例
小嶌綾子、他:臨皮 66:258-262,2012

9)多発皮下膿瘍を呈したNocardia farcinicaによる皮膚ノカルジア症の1例 福島桂子、他:臨皮 74:353-357,2020