放線菌症

 放線菌はActinomycosis属のグラム陽性嫌気性桿菌で、自然界には存在せず、ヒトの口腔内常在菌ですが、免疫低下、手術、齲歯治療などを契機に深在性化膿性感染症を発症します。放線菌はかつては真菌と細菌の間に位置するものとされ、歴史的には真菌学の領域で取り扱われてきました。
 1891年にWolfとIsraelらが初めて原因菌を分離しActinomyces israeliiと命名しました。この菌属は他にも数種類ありますが、多くはActinomyces israeliiによります。弱毒菌であるために単独では感染せず、ほとんどが他の口腔内常在菌や黄色ブドウ球菌などとの混合感染によります。歯性感染、特に下顎1〜3臼歯によるものが最も多く、時に吸入・嚥下されて肺、消化管に、また骨盤部、尿路、生殖器(特に子宮内避妊器具使用の女性)感染を起こします。感染部位は顔面、頸部が40〜60%、腹部が20~30%、胸部が10~20%とされます。まれに菌血症となり全身に拡がり複数の皮膚病変をきたすこともあります。増悪因子としては糖尿病、免疫機能低下要因、口腔内不衛生のアルコール中毒患者などがあげられます。
【症状】
 皮膚放線菌症は急性型と慢性型に分類されます。最近では抗菌剤の使用のために多くは慢性型で化膿性肉芽性疾患の形をとります。急性型は疼痛、発熱、頸部リンパ節腫脹などの炎症症状を伴い、急速に増大して膿瘍を形成します。急性型では黄色ブドウ球菌や溶連菌との混合感染が多いようです。一方、慢性型は長期間にわたり組織が腫脹、硬結をきたし次第に板状硬となりまた膿瘍、瘻孔を形成します。
顔面では、炎症性粉瘤や癤、外歯瘻との鑑別が必要となります。ただ、口唇の丘疹、嚢腫、肉芽腫様外観の報告もあり、躯幹の皮下膿瘍、潰瘍、また下肢、足の潰瘍、Mycetoma様の皮疹を呈した報告もあり臨床像は多様です。
【診断】
 診断は、まず放線菌症を疑うことですが、臨床症状のみでは困難です。確定診断は菌の証明ですが、慢性型ではすでに抗生剤を使用されたケースがほとんどで、培養陽性率は20%程度とされます。放線菌症では特徴的な、硬いけし粒大の硫黄顆粒(sulfer granule,Druse)の存在が挙げられます。黄白色、薄茶色の膿汁の中に黄白色ないし緑色調の顆粒が見られます。但し、検出率は膿汁中で3割強、病理組織でも4割強と言われ、抗生剤の前使用によって検出率は下がります。放線菌はグラム陽性、直径約1μmの菌糸状で細かく断裂したり分枝し、嫌気性培養で数日で白色からクリーム色のクモ状集落を作り、7~10日で臼歯状に盛り上がった集落を形成します。しかし培養は当初から放線菌症を疑い、嫌気性培養を行わない限り菌の検出はできないために病理組織像をもとに診断される例が約7割とのことです。
 病理組織では、典型例では慢性の膿瘍があり好中球を取り巻いて肉芽組織と繊維化を認めます。顆粒(20μm-4mm)を形成し菌体は集合し中に菌塊を作ります。顆粒辺縁には放射状の棍棒様構造物、棍棒体を認めます。これは宿主の異物反応に基づく抗原抗体複合物と考えられています。HE染色では中央はヘマトキシリンに好染し、辺縁はエオジン好染の放射状に配列した棍棒体で縁取られます(Splendore-Hoeppli現象)。PAS染色では全体が赤紫色に濃染し、Grocott染色では菌糸が黒色に染色します。近縁のNocardia症でも菌塊を形成しますが、棍棒体は作らず、また菌塊は馬蹄形、弧状などの不整な形状を呈することで鑑別します。
 しかしながら菌の検出率の低さもあり、近年はPCRなど遺伝子解析(16S-rRNA遺伝子)による同定もなされるようになってき同定される菌種も多様化してきました。
【治療】
高用量のペニシリン系抗生剤が第1選択です。アモキシシリンなどのペニシリンの経口ないし点滴静注投与を行います。また膿瘍などがあれば切開、排膿、洗浄を行い創部を好気性の環境に置くことも大切です。軽症で1,2か月、通常3か月間での抗菌剤の治療でも可とする報告もありますが、やはり再発率は上がりますので、慢性難治例ではより長期(6ヶ月~1年程度)の抗菌剤の使用が推奨されます。ペニシリン製剤が使えない場合はテトラサイクリン系、マクロライド系抗菌剤も使用されます。ニューキノロン系、ホスホマイシン系なども使われますが、感受性は低いようです。

参考文献

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