人体最強の臓器 皮膚の不思議

 上記題名の書籍はBlue backsから2022年12月に刊行されたものです。
 著者は京都大学医学部皮膚科教授の椛島健治先生です。皮膚免疫学の分野では日本のトップランナーの一人かと思います。先日日本の免疫学のトップランナーの一人の吉村昭彦先生の著書を紹介した手前というのはいささか牽強付会かもしれませんが、皮膚免疫学のことを詳細に書いてありますので紹介してみました。
 とにかく学生時代から「免疫」に魅了されていた先生は、アレルギー疾患、特にアトピー性皮膚炎に興味があったそうです。
 その先生の書いた本ですから、皮膚科学教本の清水 宏 先生の教本を参考にしているとはいえ、皮膚免疫学やアトピー性皮膚炎の病態生理、かゆみについての最新の情報は満載です。難しい内容ではありますが、一般の人にも理解できるように噛み砕いて書いてあることがわかります。
 それに京都大学では理化学研究所生命医科学研究センターの岡田氏のサポートのもと二光子励起顕微鏡(走査型蛍光顕微鏡)を用い赤外超短パルスレーザー (近赤外光)を標本に当てて蛍光色素を励起させコンピューターで画像を再構築し生体組織の狙った組織を生きたまま観察するというハイテク技術を用いて研究を進めました。皮膚の樹状細胞(ランゲルハンス細胞)、T細胞、マクロファージなどが相互作用をしながら動いている様が経時的に3次元動画で撮影され、接触皮膚炎の新たなメカニズムを解明しました。以前から鼻粘膜、消化管には免疫応答を制御するリンパ関連組織があることが分かっていましたが、彼らは皮膚でもそれがあり、接触皮膚炎(かぶれ)などの免疫応答が起こっている時のみに誘導されることを見出し誘導型皮膚関連リンパ組織(inducible Skin-Associated Lymphoid Tissue:iSALT)と名付けました。
 各論の皮膚疾患についてはさすがにこの本だけでは網羅できないものの、一般の人が全体を俯瞰でき、かつ興味ある重要な疾患が書いてあります。
 また最後に未来の皮膚医療はどう変わる?という章があり、皮膚常在菌、皮膚と腸のクロストーク、皮膚の再生医療、人工知能(AI)の応用など普段講演で聴かない内容も興味をそそるとともに、普通の皮膚科医はAIにその仕事をとって代わられる危惧があるなど末恐ろしい内容もありました。
 この本で一番面白く読んだのが、番外編 研究者になるための体験的・人生ガイドという項目で著者の学部時代から現在までの半生記でした。学部時代から臨床と研究を両立した医師になりたいと思い、免疫の基礎研究室に通い、医学部4回生でNIHに留学し、横須賀米海軍病院で臨床研修を受けるなど当初から異色というか積極的です。
 当時皮膚科で免疫の指導者が不在のため基礎医学研究室(成宮研)に国内留学し、その後カリフォルニア大学(UCSF)シスター研に留学しました。帰国後産業医大を経て、数年後京都大学の宮地教授より、創薬を目指す新たな研究拠点が設立されるので戻らないかとの打診があり、京都大学に戻りました。そこでかねてからのアトピー性皮膚炎の治療開発を希望していたこともあり、フィラグリンの発現を上昇させるコレクチム軟膏の開発、痒みをターゲットにしたネモリズマブ(抗IL-31受容体抗体)の開発に成功しました。
 稀有な才能と行動力に満ちた一人の医師の成功物語のようにも思われますが、本人的には真摯な(トップレベルの)基礎研究を発表し続けると、基礎研究者、医師、製薬会社の方々と関わる機会が増え臨床研究から創薬に繋がった、運と人とのつながり、いわゆる「運・鈍・根」だと振り返っています。著者の趣味(?)本気(?)のマラソンもその繋がりかもしれません。
 この章は一般向けではありませんが、基礎研究を目指す若き医学者には励みと参考になるかもしれません。

 内容を本当に理解しようとすると、かなり高度で難しい本ですが、全体を通読するのもなかなか楽しい本です。

 新春に吉村先生の免疫の本、椛島先生の皮膚免疫の本を読んでみました。
免疫学が多少分かったような、面白いような気分になりました。