男性型脱毛症の治療

日本皮膚科学会は男性型脱毛症に対して「診療ガイドライン」を作成して、それを日本皮膚科学会のホームページで公表しています。
その経緯について委員長の坪井先生は下記のように述べています。
「男性型脱毛症は生理的な現象であるが、薄毛を有する男性の関心は非常に高く、これをなんとか改善したいと思う患者の気持ちにつけこんで、科学的に根拠のない治療やケアが横行している」
「わらにもすがる気持ちで話題に上る治療法やケアに手を出す人が多いという状況がある。最近になり男性型脱毛症に有効な治療法が開発されたにもかかわらず、長期的に使用しなければ効果が実感できないことから、皮膚科医の立場からは無効といえる科学的根拠に基づかない治療法を続ける患者は今なお少なくはない」
このガイドラインの目的は「皮膚科医に対して標準的な治療法の実施を促すとともに、男性脱毛症に悩む人や関連する商品・サービスを提供する団体にもその治療に対する正しい知識を共有してもらうことである。」とあります。ただし、このガイドラインは医師の治療方針、裁量を限定するものでもないし、日本独自の慣例となった治療法も取り上げたので、必ずしもEBMに合致するものだけではなく、日本独自の部分も含むとも述べています。
それで、この科学的根拠に基づいた「ガイドライン」に沿って治療法をまとめてみます。

◆推奨度A:行うように強く勧められる
《ミノキシジルの外用》・・・男性型脱毛症、女性型脱毛症
毛包に直接に作用します。男性ホルモンには関係しません。それで、男女、部位を問わず外用して部分とその周辺に効果があります。男性では5%、女性では1%ミノキシジルが推奨されます。女性に5%が推奨されない理由は、5%での臨床試験が実施されていないことと、海外において5%製剤の使用によって多毛、(特に顔面の)の副作用があったためといいます。
国内ではリアップ(男性用1%ミノキシジル)、リアップレディ(女性用1%ミノキシジル)、リアップX5(男性用5%ミノキシジル)が製品化されています。海外の5%ものはRogaine for menとして発売されています。
ミノキシジルは高血圧の薬として米国で開発されましたが、患者の多くに多毛だ認められ、発毛剤としての開発が進められました。
作用機序は、休止期から初期成長期毛、後期成長期毛への移行を促進させること、維持させることによって、細い生毛が太い終毛に変化するとされています。
また種々の細胞増殖因子の産生を促進するとの報告があります。
insulin-like like growth factor (IGF), hepatocyte growth factor (HGF), vascular endothelial growth factor(VEGF)
fibroblast growth factor (FGF)-7
一方で、フィナステリド(プロペシア)でみられるDHTや男性ホルモンレセプターへの関与はないとのことです。
効果は1、2%製剤よりも5%製剤の方がより効果が高かったと報告されています。
用法は一日2回、脱毛部に塗布し、最低6ヶ月は続ける、1年使用しても効果がない場合は中止する、となっています。塗布を中止すると元の状態に戻ります。フィナステリドとは作用機序が異なるために、併用での相乗効果が期待できるそうです。
副作用は刺激性、アレルギー性の接触皮膚炎が時にみられます。女性が5%製剤を使用すると頭部に限って使用しても顔面の生毛が目立ってくることがあるそうです。それで女性の製剤は1%のものが推奨されています。
《フィナステリド内服療法》
フィナステリドは5αー還元酵素II型の特異的阻害薬で、テストステロンに類似の構造をもち、テストステロンより強力な男性ホルモンであるジヒドロテストステロン(DHT)に変換されるのを競合的に阻害します。
頭皮組織中および血中のDHT濃度をそれぞれ60%、70%程度低下させるそうです。
これは男性ホルモンとは関係のない円形脱毛症には効果がなく、また閉経後の女性の男性型脱毛症にも効果はみられません。さらに妊婦に投与するとDHTの低下によって男子胎児の生殖器官の正常な発育を妨げるので、女性への使用は禁忌となっています。
成長期の長さが徐々に伸びていって効果を発揮するので、効果発現まで最低6ヶ月は使用することが必要です。また効果が現れても中断すると元に戻ってしまいますので継続使用が必要です。0.2mg,1.0mg錠がありますが1.0mg錠の方が効果は高いです。健康保険はきかないために自費治療になり、診察料も含め医療機関によって料金は異なりますが相当高額になります。
重篤な副作用の報告はありませんが、稀に肝機能障害の報告や、勃起不全などの性機能障害の報告もあるようです。また前立腺癌マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)が約1/2に減少しますので健康診断の際などは、そのデータを2倍に換算して判断することが必須です
《デュタステリド》
5αー還元酵素(リダクターゼ)にはI型、II型がありますが、デュタステリドはこの両者の阻害薬です。本邦では前立腺治療薬としてのみ認可されており、男性型脱毛症への使用は認められていませんが、海外での臨床試験では有効性が認められており、現在日本でも治験が進行中とのことです。効果は期待できそうですが、I形は皮膚だけではなく、肝臓、腎臓、副腎などにも発現しており、デュタステリドがこれらを抑制することによる全身的な影響も検討することが重要とのことです。
デュタステリドは通常0.5mg/日使用されますが、海外での試験で2.5mg使用した所、リビドー減少、精子数減少もみられたとのことで、これも注視する必要性がありそうです。

◆推奨度B :行なうよう勧められる
《自毛植毛術》
推奨度Aの治療が効果ない場合は自毛植毛術やかつらを検討することが推奨されています。
自毛植毛術は有益性の臨床試験はないものの、世界的に確立された手術法であり、ガイドラインでは十分な経験と技術がある医師が行なう場合に限って推奨度Bとされています。
ドナー部分は、脱毛の生じない大後頭隆起より下の後頭部が適しています。幅10〜12mmで局所麻酔で採取します。
採取された毛髪はルーペを用いて毛包単位(follicular unit: FU)に株分けするそうです。
1つの毛包単位は1~4本の毛髪からなります。レシピエント部も局所麻酔の上、18~21Gの針で穴あけし、移植毛を挿入します。これで1000~1500株程度の移植を行なうそうです。
術後4日でシャワー可、ドナーの抜糸は1~2週間後、移植後1~2ヶ月後には多くの移植毛幹部分が脱落するものの4~5ヶ月後には多くの毛幹は再生するそうです。
適切に手術、術後ケアがなされれば、生着率は90%程度と高いそうですが、そうでないと悪い結果となるそうです。
一方で人工植毛術もごく少数の医療機関で施行されているそうですが、術後の感染や瘢痕などの副作用が多く、おこなうべきではないとざれています。

◆推奨度C1: 行うことを考慮してもよいが、十分な根拠がない
《外用育毛剤》
多くの外用育毛剤が推奨度C1としてガイドラインにあげられています。これらは以前から用いられていた日本独自のものも含まれ、欧米のガイドラインにはないものも含まれているそうです。
エビデンス根拠のレベルはそれほど高くないものの軽症例では使用しても良いと委員によって判定されたものだそうです。
名称のみをあげておきます。

塩化カルプロニウム(フロジン)・・・毛包周囲の血行促進

t-フラバノン・・・成長期を延長する

アデノシン・・・毛母細胞増殖を促進するもの

サイトプリン、ペンタデカン・・・毛包への栄養補給

ケトコナゾール・・・坑男性ホルモン抑制効果

◆細胞治療
間葉系組織であるヒト毛乳頭細胞には毛包を誘導する作用があることがわかっています。ヒト培養毛乳頭細胞を用いた毛包再生の臨床試験が欧米で始まっているそうです。これらの技術を用いた毛包再生の治療が現実のものとなる日が来ることもありそうです。

参考文献

皮膚科臨床アセット 6 脱毛症治療の新戦略
総編集◉古江増隆 専門編集◉坪井良治 中山書店 2011
19.男性型脱毛症診療ガイドライン 坪井良治 p.113
20. 男性型脱毛症に対するフィナステリド内服療法 乾 重樹 p.118
21. 男性型脱毛症に対するミノキシジル外用療法 山﨑正視 p.123
22. その他の外用育毛剤 齊藤典充 p.128
24. 植毛術の方法と適応 倉田荘太郎、長井正寿 p.136

Viisual Dermatology 毛髪の疾患ー後天性脱毛症 責任編集 勝岡憲生 Vo.9 No.2 2010
板見 智 男性型脱毛症の治療の展望・診療ガイドラインについて p.138