メラノーマ(悪性黒色腫)

先日は、浦安皮膚臨床懇話会がありました。この会は、順天堂大学環境医学研究所所長の高森建二教授が主宰する皮膚科の懇話会で、2か月に1回ペースで開催されます。他の用事と重なり、たまにしか出ないので、こうして書くのもおこがましく気がひけますが、全国のその道の専門家の講演が身近に見聞きできるまたとない機会です。
今回の講師は静岡県立がんセンターの皮膚科部長 清原 祥夫 先生で「悪性腫瘍の診断と治療」という演題でした。
皮膚癌の中でも最もやっかいなものが、悪性黒色腫(メラノーマ)です。我々のように開業しているとめったにお目にかからないものですが、テレビなどで「ほくろの癌」などの放映があると、その後は私もメラノーマではないか、と心配して来院する患者さんがお見えになります。ほとんど、良性のほくろ、老人性のいぼの類で、こんなものまでと思うほどの小さなシミまで心配して来院する人もいますが、実際メラノーマの罹患率は年々増加しているとのことです。高齢化の影響もあるかもしれませんが、受診率の増加とダーモスコピーなど診断技術の進歩による患者数の増加もあるかと思います。
そういう意味でテレビなどのやや大げさな話題も良い癌抑止効果があるのかもしれません。
 ただ、増えたといっても日本のメラノーマは1人/10万人程度でオーストラリアの60人/10万人に比べると微々たるものです。年間の患者に直すと、日本で2000人、オーストラリアで12000人だそうです。この腫瘍はともかく早期の治療が肝心で、Stage Ⅰで厚さが極薄いものだと手術でほぼ完治しうるとのことです。
ところが、一度リンパ節に転移したり、血行性に転移したりすると悲惨な結果になってしまいます。
それでも、以前と比べると診断、治療方法も随分と進歩したようです。
一つはセンチネルリンパ節生検(sentinel lymphnode biopsy:SLNB)という方法です。センチネルというのは軍隊用語で番人、歩哨という意味との事ですが、最初に腫瘍の転移がはじまる可能性のあるリンパ節を指します。
顕微鏡的な微小な転移を早期に発見してリンパ節郭清を行うことによって生命予後が改善されることがわかってきました。
その手技はトレーサーと呼ばれる標識物質を腫瘍の近く(1cmほど外側)の皮内に数ヶ所注射し、SLNの集積部位を体表にマーキングして生体色素に染まったリンパ節を摘出するというものです。トレーサーには大きく分けて、生体色素と、放射性同位元素(radioactive isotope:RI)があるそうです。色素法、リンパシンチグラフィー、更にはガンマプローブを使えばより正確にSLNを特定できるそうです。
摘出したSLNは腫瘍転移の有無を確認し、もし転移があれば引き続き治療的リンパ節郭清を行います。なければ経過観察です。
原発巣の切除も以前は5cmも離して皮膚を取り除いていましたが、現在では2cm程となってきています。

メラノーマの分類は末端(肢端)黒子型、表在拡大型、悪性黒子型、結節型と分けられていますが、一般的に悪性黒色腫を疑ってみるのに参考になる基準があります。
それは、ABCDE ruleというものです。
A: asymmetry(左右非対称)  
B: border(境界)・・・不均一で色素の染みだしがある
C: color(色調)・・・濃淡、黒、灰色、青色などまだらに混在
D: diameter(直径)・・・7mmより大きい
E: enlargement or elevation(増大または隆起)・・・大きさが急変する
こういったものには注意しなさい、ということですがやはり専門医の眼を経ることが最も重要です。近年はダーモスコピーが導入され、いってみればmm単位での画像診断ができるようになったという事です。
手術で取りきれない可能性がある時や、体の方々に腫瘍が転移した場合は抗がん剤(化学療法)の治療がなされます。日本ではDTIC(ダカルバジン)、ACNU(ニドラン)、VCR (オンコビン)の点滴注射にインターフェロンベータ(フェロン)の皮内注射を組み合わせる方法が一般的です。しかし欧米では化学療法の効果は疑問視されているようです。
DAVフェロン療法の最も辛い副作用は吐き気、嘔吐でしたが最近は新薬ができてこれを克服できるようになってきたのは朗報です。
こういう手術後の補助療法をアジュバント療法というそうですが、術前に行うこともあり、これをネオアジュバント療法というそうです。なかなか抗がん剤の効果は少ないですが、術前に少しでも効果のある薬剤を選択することがより効果的であろうとのお話でした。
メラノーマは放射線に耐性があって、従来はなかなか抑えられませんでした。しかし、最近では脳転移に対しては、ガンマナイフという特殊な放射線療法によって治療することができるようになり脳の腫瘍による神経死を防ぐことができるようになったそうです。
また、眼や鼻や口腔内の粘膜には陽子線という放射線が非常に良く効くそうで、静岡では40例もの経験があり、これは多分世界一の例数ではないかとおっしゃっていました。(聞き違いでなければ)
ただ、このようないろいろな治療方法を組み合わせて、集学的治療法(手術、薬物、放射線療法)を行っても進行したがんを食い止める事は容易ではありません。
最後は緩和ケアとなるのですが、かなり進行した例でも治癒に至った例もあるようで、静岡県立がんセンターのモットーは All for one, One for All  Never give up のチーム医療だと述べられました。そして、治療の最優先事項は患者さんの希望(わがまま)で、患者さんに寄り添うことだそうです。
それが、仮に不幸な結果になっても一番患者さんが満足する生き方だからでしょう。
メラノーマは最も悪性度の高い悪性腫瘍で転移すると手がつけられなく、昔体中に黒い腫瘍が転移したり、脳や、肺や肝臓などに多発した患者さんを何人もみました。
ところが、自然に消えていく腫瘍があるのもメラノーマの不思議なところです。多分体の免疫力が働いているのでしょう。最近メラノーマの免疫療法や分子標的療法が実用化されようとしているそうです。メラノーマの治療法は夜明け前だという学者もあります。
数十年のうちに長足の進歩を遂げるかもしれません。
先日も千葉大学の末廣敬祐先生の悪性黒色腫のミニレクチャーがありましたが、皮膚外科の大変さ、その割に報われることの少なさを感じさせました。皮膚外科の先生方の地道な活躍が患者さんにとって一番の味方であり続けることは間違いありません。今後の活躍を期待したいと思いました。
メラノーマ以外の腫瘍の話もあったのですが、メラノーマだけで一杯になってしまいました。

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