皮膚病理の講演

心に残る講演をもう一つ。
先日の学会で、福井大学熊切正信先生の「皮膚病理はなぜ重要か――若い皮膚科医へ――」という講演がありました。皮膚病理とは皮膚生検といって、局所麻酔して皮膚の一部を切除して病気の原因を調べる手技で、開業医で積極的にやる先生は少数派でしょう。数mmといっても皮膚を切るのは躊躇します。難しそうな病気は大学などの専門施設に紹介することが多いので開業すると益々皮膚病理から遠のいてしまいます。しかし、久しぶりに演題にひかれて病理の講演を聴きました。
講演は北海道時代の若き日の経験談から始まりました。背中の上方にしみ状の皮膚炎を生じるアミロイドーシス(ナイロンタオル皮膚炎とも類似した症状を呈しますが)の症例を学会報告した時に質問された「君、それはビダール苔癬で、アミロイドは掻破による二次的なものではないか云々」ことなどから、病理、電顕(電子顕微鏡)の道に入ったとのことです。そして研鑽を積むために金沢大学の電顕の鬼といわれた(と先生は言っておられました)廣根先生に師事し、更に米国に留学して電顕の大家の橋本健先生に師事されたとのことでした。そして、ついに変性表皮細胞が真皮に滴落してアミロイド物質を形作るのを電顕で捉えて発表されました。何年かぶりに、皮膚病理のバイブルともいえるLeverの教本を見てみましたら、アミロイドーシスの電顕の項にちゃんと、斑状アミロイドーシス、アミロイド苔癬の由来は表皮細胞であることを熊切らが確立した、(Kumakiri and Hashimoto)と書いてありました。後年、橋本教授はウエイン州立大学へ移られ、小生もミシガンのお宅にお邪魔したことがありますが、一人アメリカ人の中に混じって英語で討論したり、絨毯の敷き詰められた立派な邸宅に住まわれたり、さすが大学者は凄いと思ったものでした。
 熊切先生はその後福井大学に教授として赴任されたとのことです。「皮膚標本を顕微鏡でのぞくこと20年くらいしてから、診断の選択肢、可能性のある病名をいくつか挙げることができるようになった。病理所見が目に留まるようになり、病状説明にも力がいり、皮膚科医としての誇りを持つことができた。」と述べられ、さらに40年たち、皮膚病理の好きな皮膚科医として日々楽しく過ごしているとおっしゃいました。
 「皮膚生検の結果やその所見を、一般人が日常に使用する言葉に置き換えるなどして患者に説明してきた。病気の根本を理解したという顔になるまで話した。生検標本を見せながら、『ここがこうなっているのです。今できることはこれこれなのです。しっかり治療していこう』と促すと、意志を通じあうことができた。期待するような結果が得られなくとも、一緒に努力したという戦友のような感情を共有できた。」と。皮膚顎口虫症の寄生虫を追っかけて、度々生検したり、血管病変を探るために深く大きく生検し、傷痕を残したり患者さんに負担をかけながらも、全てを解決できなくても、治そうという熱意と、共に病気に立ち向かう戦友のような気持ちが相手にも通じるのでしょう。
 淡々と語られる中に、プロとしての自信と、皮膚科学への熱意、患者さんへの真摯な態度が深く伝わってきました。このような皮膚科のベテランは世に多いのでしょうが、定年近くになっても皮膚科が楽しいと青年のように目を輝かせる、奇特な人のように思われました。小生にとっては先生の最初で多分最終の心に残る講義となりました。

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