アトピー性皮膚炎と汗

汗がアトピー性皮膚炎の病態にどのように関与しているかは未だ 明確な結論は得られていません。
ただアトピー性皮膚炎の患者の多くが発汗部位のかゆみの増強や皮膚炎の悪化を自覚していたり、発汗後のシャワー浴で症状が改善するのは事実で、汗はアトピー性皮膚炎の悪化要因と考えられます。
しかしながら、発汗は必ずしも悪玉というわけでもないようです。
先日のアトピー性皮膚炎治療研究会で塩原先生には、この辺の事情を独自の研究、実験に裏打ちされた”塩原理論”とでも呼べるような講演を聴かせていただきました。
レプリカ法によって健常皮膚やアトピー性皮膚炎の皮膚の発汗の部位、経過を詳細に検討されました。汗はまず皮溝に点状にみられます。皮表、角質の水分保持に役立っています。さらに増えると皮丘にもみられるようになります。皮丘の発汗は体温の調節機能を担っています。
急性期のアトピー性皮膚炎では代償性に皮丘での発汗が増えていますが、慢性期になると皮溝でも皮丘でも発汗は減少し、カサカサした肌となってきます。アトピー性皮膚炎では温熱刺激に対して著明な発汗障害を呈してきます。
アトピー性皮膚炎では汗でチクチク、ムズムズするとの訴えがよくありますが、これは汗孔の閉塞や汗管から汗が漏れ出て炎症を起こしていることが考えられ、それは十分な保湿剤を外用することによって改善できることを示されました。またステロイド外用剤はむしろ発汗を抑制する方向に働くことも示されました。
最近、汗と自然免疫の関係が徐々に明らかになってきています。表皮ケラチノサイトはToll-like receptor(TLRs)を発現することによって、自然免疫の中心的な役割を担っており、外界からの病原体の侵入に対して排除する機構を持っていることがわかってきました。すなわち、TLRs刺激により多くの抗菌ペプチド(antimicrobial peptides:AMPs)を産生します。よく知られているものには、酒さでも関係してくるLL-37(cathelicidin)やhuman defensinなどがあります。近年汗がdermcidin(DCD)というAMPsを産生すること、またアトピー性皮膚炎ではその産生が著明に減少していることが明らかになってきました。このことがアトピー性皮膚炎でブドウ球菌や溶連菌が増殖し易いことにも繋がっている可能性があるということです。
汗の中のDCD量の低下が、汗腺からの産生の低下によるものか、病変部の汗腺周囲にDCDが漏れ出ているためかはまだ明確ではあにものの、塩原先生のデータでは漏れ出ている可能性が高いとのことでした。そして、保湿剤の使用によってDCDの漏れも減少していくデータを示されました。
塩原先生は普段の診療の際の補助道具としてスキコンという角質水分量測定装置を使っているとのことです。そのデータによって客観的に皮膚の保湿状態をチェックすることができ、また患者さんがしっかり外用を行っているかもチェックしながらより科学的な、説得力のある診療が大いに役立っているとのことです。
運動や入浴によって、十分に汗をかき、保湿を続けていくことで普通に汗をかく体質に改善していくとのことのようでした。
ただ、炎症のひどい時期に急激な運動や長く高温の入浴は鬱熱などを起こし、避けるべきといわれています。上記のように汗が抗菌効果を持つ一方でマラセチアの分泌蛋白のMGL1304が汗抗原になって、アレルギーを起こすという報告もあります。
汗は末梢神経や精神神経系にも関係し、かゆみの神経とも密接に関係しています。アトピー性皮膚炎と汗の問題はこれらも含めてまだまだ解明されていないことも多いようです。
汗はアトピー性皮膚炎にとって、単純に善玉とも悪玉ともいえないと感じました。