表皮水疱症2013

先日浦安皮膚臨床懇話会で「表皮水疱症の病態と臨床」という講演がありました。
講師は弘前大学の澤村大輔教授でした。
先生は大学卒業後、平成1年にはこの分野で世界的に先端の研究をされている米国のUitto教授の許に留学され、帰国後日本でのこの分野の第1人者である北海道大学の清水教授の許で准教授をされ、平成19年からは弘前大学で現職にあるということでした。
弘前大学先々代の橋本功教授は本邦の表皮水疱症の先駆者的な専門家で、その影響か玉井、澤村先生などの専門家を輩出しています。
本年のマイアミでのAAD学会でのUitto教授の講演でも、協同(協力?)研究者として、玉井、澤村先生の名前も挙げられていました。
 前置きはさておき、当日は難しい表皮水疱症のことを明快に、分かりやすく講演していただきました。進歩の著しい分野で最先端の遺伝子などが出てくるので老化した頭にはついていくのが一杯一杯でしたが、興味深く拝聴しました。

表皮水疱症とは軽微な外力で容易に皮膚や粘膜に水疱ができる遺伝性の疾患です。
ヒトの皮膚は表皮と真皮からできていますが、表皮細胞にはケラチン蛋白という骨組みがあって、表皮細胞の形と強さを支えています。また表皮の真皮の間には表皮基底膜という糊に相当する膜があって、この両者を接着しています。
これらの骨組みや接着にかかわる蛋白質は近年多くが明らかにされ、その遺伝的な欠損や欠陥によって水疱ができることが解ってきました。水疱の部位、遺伝形式、責任遺伝子
などによって、新たな分類がなされています。
日本には500~600人以上の患者さんがあり、全世界では50万人ほどの患者さんがいるそうです。大きく3型に分けられますが、30以上のサブタイプがあるそうです。

大分類      小分類          標的蛋白

単純型      限局型          ケラチン5、ケラチン14  

         ダウリングメアラ型    ケラチン5、ケラチン14

         その他の汎発型      ケラチン5、ケラチン14

         筋ジストロフィー合併型  プレクチン

         幽門閉鎖合併型      プレクチン

接合部型     ヘルリッツ型       ラミニン332

         非ヘルリッツ型      17型コラーゲン、ラミニン332

         幽門閉鎖合併型      α6β4インテグリン

栄養障害型    優性型          7型コラーゲン

         劣性重症汎発型      7型コラーゲン

         劣性、その他の汎発型   7型コラーゲン

キンドラー症候群              キンドリン-1

(新国際診断基準 Fine et al, J Am Acad Dermatol (2008)
 難病情報センターHP 病気の解説 より)

表皮水疱症の診断、分類は医学の進歩によって大きく変わっていきました。
当初は光学顕微鏡によって分類されていましたが、電子顕微鏡の開発によって表皮基底部位の構造が細密に解ってきました。それによって表皮の骨格を形成するトノフィラメント、それを基底細胞の底面に接着するヘミデスモゾーム、表皮を裏打ちして真皮側から繋ぎとめる係留線維などが発見され、水疱のできる部位がより厳密にわかってきました。さらに基底膜蛋白に対する抗体を用いた蛍光抗体法によってより正確に簡便に表皮水疱症のサブタイプの診断ができるようになってきました。現在は遺伝子診断によって変異遺伝子、その変異部位までもわかるようになってきました。将来は次世代遺伝子診断装置(次世代シーケンサー イルミナMiSeqなど)によって新たな変異遺伝子も、より簡便にわかるようになってくるだろうということでした。
 遺伝形式は、単純型、栄養障害型は常染色体優性、または劣性遺伝、接合部型は常染色体劣性遺伝によります。
ヒトの染色体は22対(44本)の常染色体と2本の性染色体46本からなっています。優性遺伝というのは、父、母から受け継いだ22本の遺伝子のいずれか1本に異常があれば、他の1本が正常でも病気が発症するものです。これをドミナントネガティブ効果といって変異が正常の遺伝子の働きを打ち消すというものです。
一方、劣性遺伝というのは父、母から譲り受けた遺伝子の両方とも変異があるときに初めて病気が発症します。

Ⅰ)単純型
水疱が表皮内にできるので、水疱や糜爛ができても痕を残さずに治ります。
遺伝子の変異の部位によって、靴擦れ程度の軽症から重症の型までに別れます。
以前は軽症のものをWeber-Cockayne型、中等症をKobner型、重症をDouling-Meara型と分類していましたが、新分類では後者のみが残っています。
ケラチン遺伝子のinitiation peptideが侵されるとより重症型に、helix termination peptideが侵されると軽症型になるそうです。
Ⅱ)接合部型
Herlitz型はラミニン332を欠損し、1,2歳で亡くなるケースが多いそうです。
非Herlitz型はヘミデスモゾームまたはアンカーリングフラメントの形成不全をきたします。その原因としてラミニン332の減弱、BP180の完全欠損が挙げられています。脱毛、歯、爪の欠損などをみるものの生命予後は前者より良いそうです。水疱の治癒後に瘢痕は残しませんが、皮膚の萎縮が残ります。
Ⅲ)栄養障害型
優性型は加齢とともに軽快してくる場合が多いとされます。劣性の重症型では水疱や糜爛が多発し、瘢痕を形成します。潰瘍、瘢痕部から皮膚癌を発症してくることも多く、中でも有棘細胞癌が発生してくることに注意が必要です。中学生の頃からでも生じるケースもあるとのことです。
Ⅳ)キンドラー症候群
 1954年にドイツの小児科医によって命名された症候群で生下時のみに水疱を生じ、のちに主に露光部に皮膚萎縮、色素沈着をきたし、光線過敏、歯肉炎がみられるそうです。

キンドリン-1の異常によります。これはアクチン、インテグリンなどの局所の接着に関係する遺伝子でアダプター蛋白の一種だそうです。この異常によってヘミデスモゾームの間隔が離れて皮膚がぜい弱になるとのことです。ただ、このようにごく稀で一時的な水疱を生じるケースまで分類に含めるのはどうかとの意見もあるとのことでした。

治療は、日常的には水疱、糜爛に対する被覆材、潰瘍剤などによるケアが中心になりますが、サブタイプ、重症度、合併症などによって千差万別です。近年は接合部型、栄養障害型の治療は公費対象となりました。
当日澤村先生は、日々苦労されている患者さんの有棘細胞癌などの対処も割と深刻がらずに前向きに話しておられました。実際に患者さんと向き合っている医師の知恵とも感じました。
根本的な治療はまだありませんが、現在行われている再生医療では、培養表皮シート、培養真皮、3次元培養皮膚などが傷の回復に効果をあげているそうです。
将来的には、繊維芽細胞注入療法、間葉系幹細胞注入療法、骨髄移植、蛋白補充療法などが期待されますがまだ研究途上といったところのようです。
ただ、かつて阪大の玉井克人先生の講演が脳裏に焼き付いています。いつか近い将来にこれらが実際に導入できるようになれば良いと思いました。
(表皮水疱症 2012.2.27)

調べていたら、DebRA Japan、Internationalという組織の存在があることがわかりました。表皮水疱症患者友の会の名称です。

北海道大学皮膚科の清水宏教授の助言と協力で始まったそうです。その後日本に留学したニュージーランドのハンフリー君の母親がDebRAニュージーランドの会長であったこともあり、交流会の席でDebRA Japanが産声をあげたそうです。

友の会のHPにデブラの説明がありましたので、コピーしました。

「DebRA(デブラ)とは、表皮水疱症(英語名のEpidermolysis Bullosaの略名がEB)の世界的支援組織(ボランティア組織)であり、現在40カ国が参加しています。 DebRAの活動はイギリスで始まり、その名前の由来は、フィリス・ヒルトン (Phyllis Hilton) さんの重症型EBを持つ娘さんの名前がDEBRAであったこと、また英語で表皮水疱症研究協会 (Dystrophic Epidermolysis Bullosa Research Association: DebRA) の略からきています。」

 難病情報センターやDebRA Japan, DebRA InternationalなどのHPで最新情報に触れることができます。