結節性硬化症

結節性硬化症(tuberous sclerosis complex: TSC)による白斑は全国特定機能病院の白斑・白皮症患者統計によると全体の7%を占めています。尋常性白斑60%には及びませんが、サットン母斑、感染症原因白斑とほぼ同程度に多くみられます。ただ、一般の個人開業医レベルではめったにお目にかかることはありません。しかし、重要な疾患なので、資料から調べてみました。

結節性硬化症は1835年に初めて報告されたように古くから知られた疾患で、古典的には知能低下、けいれん発作、顔面の血管線維腫を三主徴とする疾患ですが、その後1世紀半に亘って、その病因についてはほとんど進歩がありませんでした。
ところが、1993年になって16番染色体上にTSCの遺伝子の一つのTSC2遺伝子が、1997年には9番染色体上にTSC1遺伝子が相次いで発見されました。
さらに2000年代に入ってTSC1遺伝子、TSC2遺伝子産物であるhamartin,tuberinがPI3-kinase(PI3K)-Akt-mTORシグナル伝達経路に関与していることが明らかになりました。このことによって本症の解明が飛躍的に進みました。現在では本症は全身の過誤腫を特徴として、皮膚以外にも脳、肺、心、腎、骨などのほぼ全身の臓器に多様な症状を呈することがわかっています。
最近はTSCは一種のシグナル伝達病と考えるようになり、古典的な疾患概念が大きく変化し、古典的な症状の頻度は必ずしも高くなく、また病変の裾野も拡がりをみせています。さらにシグナル伝達経路の研究により新たに他の類縁疾患との関連も解明されてきています。
hamartinもtuberinも癌抑制遺伝子の一種ですが、この両者は複合体を形成して上記のシグナル伝達経路を介して細胞増殖やその他の蛋白代謝にも関与していてこの疾患の多彩な臨床症状の病因の元になっていることも次第に明らかになってきました。
【臨床症状】
◆皮膚病変
90%の患者に認められ、早期診断には特別な検査機器を必要としない重要な役割を担っています。
*出生時から認められるのは白斑で、葉状と表現されますが、紙吹雪様の小白斑の多発をみることもあります。メラニン色素の低下によるもので不完全脱色素斑です。(3つ以上の低色素斑)。早期診断に役立ちますが、気づきにくいです。体幹から下肢に好発します。ウッド灯で目立ってきます。過誤腫などの原因はシグナル伝達の異常症として説明ができますが、白斑の生成のメカニズムについてはまだ不明です。
*幼児期から顔面特に鼻翼から頬部にかけて赤い血管の拡張した小結節の集簇を認めます。学童期以降増加してきます。
血管線維腫(angiofibroma)です。桑の実、またはブドウの房状を呈することもあります。
*頭皮部局面。指頭大から手掌大までの硬い弾力のある皮膚肥厚で褐色、表面は凸凹し、毛は疎です。
*小児期から疣状の小結節ができ、年齢とともに集合して敷石状の局面、シャグリンパッチ(粒起革様皮膚)を形成します。粒起革とは鮫皮のように表面が粒状になっている皮のことです。膠原繊維が増えた結合織母斑です。
*成人期になると爪囲線維腫が増加してきます。初期には爪の陥凹、溝として見られることもあります。直径2~10mmで爪の周囲にみられます。Koenen腫瘍とも呼ばれます。本体はやはり血管線維腫です。歯肉や口腔内にも線維腫を認めます。
*歯のエナメルピッチング(点状陥凹)は特徴とされます。
◆心症状
出生前から心臓の横紋筋腫がみられ、死因の多くの原因となります。
◆精神神経症状
乳児期から幼児期に脳室周囲に腫瘍を認めてんかんを発症することがあります。3分の1の患者が強直間代発作を起こします。精神発達障害や自閉症もみることがあります。
◆腎病変
腎嚢腫と血管筋脂肪腫があります。血管筋脂肪腫は思春期から増大し、成人期になって両側多発性になると血管成分に富み破裂して大出血をきたすこともあるために注意を要します。
◆肺病変
リンパ脈管筋腫症、3,4割の患者に生じます。発症には女性ホルモンが関与するために女性に多くみられます。のう胞を形成し気胸を繰り返し進行性で予後不良とされます。
◆眼病変
約半数に多発性結節性過誤腫を認めます。
◆消化器病変
大腸ポリープ、狭窄、肝臓、すい臓などの嚢腫、血管腫などを認めることがあります。
【治療】
各種の腫瘍などに対して外科切除をするなどの対症療法となります。
最近はシグナル伝達経路を阻害する薬剤によって、経路の下流にあるmTORC1(mammalian target of rapamycin complex 1)を抑制し、これの活性化によって生じる様々な症状を抑える試みがなされています。
すなわち、mTORC1阻害薬であるラパマイシンやエベロリスムなどの内服による症状緩和の報告もあります。
しかし、長期使用によって効果が減弱する現象もあります。この経路のフィードバック抑制によってMAPK経路の抑制の欠如をきたすために効果が減弱するものと考えられています。それでMAPK阻害薬との併用も検討されています。
皮膚科領域では副作用の少ないラパマイシンの外用による皮膚病変への治療も進められています。

最近、母斑症をシグナル伝達の異常症として捉えるという考え方が広まってきています。分子生物学の進歩によって、細胞内外での各種のシグナル伝達物質が明らかになり、従来臨床的に分類、命名されていた母斑症の原因遺伝子、関連遺伝子が次々に解明されてきています。
そして、一部では個々の母斑症どうしの類似性や関連性が細胞のシグナル伝達系の変異として説明できるようになってきました。その原因遺伝子をターゲットとして分子標的療法を試みるなど、将来は新しい治療法もみえてきているそうです。
結節性硬化症においても前述の2種の原因遺伝子が同定されています。しかしながらそれのみで全ての病態が解明されたわけではなく、また遺伝子異常の検出率も75~90%に留まるとされます。また個々人の症状の軽重の大きな開きの予想も困難です。したがって遺伝子検索のみに重きを置くことなく、個々の病態に応じて専門医にコンサルトすることが肝要とされます。

参考文献

1)皮膚科臨床アセット 15 母斑と母斑症
総編集◎古江増隆 専門編集◎金田眞理 中山書店 東京 2013

2)日本皮膚科学会ガイドライン 結節性硬化症診断基準および治療ガイドライン
結節性硬化症の診断基準・治療ガイドライン作成委員会 金田 眞理 ほか 日皮会誌: 118 (9), 1667-1676, 2008 (平20)

3)金田眞理:結節性硬化症の現状と新規診断基準. 日皮会誌:125(12),2267-2276,2015(平成27)

TS病態

文献3)より

TS症状

文献3)より