痒疹(7)痒みについて

痒疹は、文字通りその病名のごとくに”しつこい痒みを特徴とする孤立性の皮疹”といっても過言ではないかもしれません。痒みに対しては、蕁麻疹で使われるように抗ヒスタミン剤の内服が用いられますが、むしろ抗ヒスタミン剤が効かないのが痒疹の特徴であるとする専門家もあるほどです。
かゆみの病態については、近年様々な知見が積み重ねられてきました。それに基づいて治療薬、治療法も開発されてきています。痒みの専門家である高森先生の解説書を種本にして痒疹との兼ね合いも含めてまとめてみました。

痒みには神経の伝達経路から末梢性の痒みと中枢性の痒みとがあります。
【末梢性の痒み】
痒みの感覚の多くは表皮真皮境界部にあるC線維自由神経終末の活性化によって生じます。化学的、機械的、電気的、温熱などさまざまな刺激が痒点に加わると痒みを生じます。これらの刺激は求心性神経線維から脊髄、視床を経て大脳皮質の感覚野に達して痒みとして認識されます。痒みも痛みも同じC線維を通じて伝達されると考えられていましたが、近年痒みと痛みの伝達神経は異なることがわかってきました。
そして、アトピー性皮膚炎などドライスキンを呈する疾患ではC線維が真皮表皮境界部に留まらずに、表皮内深く角層直下まで侵入していて、これが痒みのしつこさ、皮膚過敏性の原因の一端と考えられてきています。
神経線維の表皮内侵入は、神経伸長因子(nerve growth factor: NGF)と神経反発因子(nerve repulsion factor:NRF, semaphorin 3A: Sema3A)などの軸策ガイダンス分子や表皮基底膜を構成するIV型コラーゲンを分解するMMP-2(matrix metalloproteinase-2)によって制御されています。
健常な皮膚であれば、NRF,Sema3Aが優位ですが、乾燥肌ではNGFの方が優位になっていて、表皮内にまで神経終末が延長、侵入しています。
【中枢性の痒み】
痒みには抗ヒスタミン剤が効かない痒みがあります。モルヒネ使用時や血液透析患者、慢性肝疾患の痒みなどがそれに当たります。これらのかゆみには中枢神経系のオピオイドレセプターが関与した中枢性の痒みの機序が考えられています。
オピオイドペプチドが中枢神経に発現しているオピオイドレセプターに結合して作用を発揮します。
種々のオピオイドペプチドの中で、痒みに関与しているのはμ-オピオイド系とκ-オピオイド系で、前者が痒みを誘発し、後者は痒みを抑制します。μーオピオイドレセプターの作動物質はβ-エンドルフィンといわれ、その作動薬にはモルヒネ、フェンタニル、ブブレノルフィンがあります。その拮抗薬にはナロキソン、ナルメフィン、ナルトレキソンがあります。
κ-オピオイドレセプターの作動物質はダイノルフィンAといわれ、その作動薬にはペンタゾシン、ナルフラフィンなどがあります。
【難治性痒みの発症機序】
*ヒスタミン以外のケミカルメディエーター
痒みを誘発する化学物質としてはヒスタミンが有名ですが、それ以外のさまざまな物質も痒みを誘発し、それらに関与する免疫的な機序、神経的な機序も複雑に関与していることが報告されてきています。
サブスタンスP、トリプターゼ、ECP(eosinophil cationic protein)、MBP(major basic protein)、O2-、IL-1,2,4,31、LTB4などの物質が痒みに関与するとされています。
*ヒスタミンH4レセプター(H4R)
ヒスタミンはH1レセプターだけではなくて、H4Rにも親和性を持っています。H4Rは神経終末に発現していてヒスタミンと結合して痒みを起こします。またH4RはTh2リンパ球にも発現しており、ヒスタミンが結合するとIL-31を合成、遊離して、これが神経終末のH4Rに結合して痒みを誘発します。

難治性の痒みには上記のようにヒスタミン以外のさまざまな因子、機序が関係していることが次第に明らかになってきました。
実際、慢性痒疹の血清中にはIL-31が増加しているとの報告もあります。また結節性痒疹の皮疹部ではサブスタンスPやCGRP(calcitonin gene-related peptide)に感受性の高い神経がみられ、それらの物質の発現も強くみられるということです。またメルケル細胞や肥満細胞、真皮ランゲルハンス細胞や好酸球などが増加していて、それらから放出される因子のかゆみへの関与も考えられています

【痒みの抑制からみた痒疹の治療】
また痒みそのものを神経生理学的な起源からみると4つの型に分類されます。
1)起痒物質が神経終末に作用して起こす型:pruritoceptive
2)病変部の痒みに関する神経が損傷して痒みを引き起こす型:neuropathic
3)中枢神経のメディエーター(オピオイドなど)が痒みを引き起こす型:neurogenic
4)中枢神経、精神面で痒みを引き起こす型:psychogenic

こうしてみると痒疹に特異的な痒みというものはないようですが、逆に種々の要因が痒疹の痒みに関与しているようです。起痒物質としてはヒスタミン、それ以外の物質もあり、掻くことで皮膚、神経も損傷します。肝臓、腎臓疾患からの痒疹、痒みに対してナルフラフィン塩酸塩が奏功することは中枢性の機序も考えられます。またストレス、精神的な要因で痒疹が悪化、軽快するとの報告例は精神面からの痒みの機序も考えさせます。
すなわち、それぞれの要因をターゲットにした痒みの治療が痒疹の治療に必要といえるかと思われます。また痒みの機序が明らかになってくると各薬剤もそれぞれの効果点をターゲットにして開発され、また従来の薬剤の奏功機序、ターゲットも併せて明らかになりつつあります。

◆μ-オピオイド拮抗薬のナロキソン、ナルメフェン、ナルトレキセンは結節性痒疹、胆汁うっ滞性、腎性の痒みを抑制します。
またκ-オピオイドレセプターの作動薬のナルフラフィン塩酸塩はケラチノサイト、末梢神経、中枢神経線維のレセプターに結合することによって結節性痒疹、腎不全、胆汁うっ滞性肝疾患の痒みを抑制します。
ナルフラフィン塩酸塩製剤はレミッチ、ノピコールという製品名で保険適応されています。
《効能または効果》次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)  血液透析患者、慢性肝疾患患者
《用法及び用量》1日1回2.5μgを夕食後又は就寝前に経口投与。症状に応じて増量することができるが、1日1回5μgを限度とする
◆サブスタンスP(SP)
これをターゲットとした治療も試みられています。
SPのレセプターであるneurokinin-1 receptor: NK1Rの拮抗薬であるアプレピタントで痒疹のかゆみが減じたとの報告があります。
SPはNK1Rと結合するとケラチノサイトからはIL-1やTNF-α、肥満細胞からはヒスタミン、トリプターゼなどの種々の炎症性サイトカインを放出して痒みを惹起します。
カプサイシン(唐辛子の辛み成分)は神経終末のバニロイドレセプター(TRPV1)に結合して、神経伝達物質のSPやCGRP(calcitonin gene-related peptide)の遊離を起こし、これらを枯渇させて再蓄積を防ぐことによって神経伝達を抑制するとされています。その結果SPによる神経原性炎症を抑制することによって痒みを抑制します。0.02~0.3%のカプサイシン軟膏を1日4~6回塗布して、0.05~0.1%が有効とのことです。ただし、1日多数回(4~6回)塗布し続けなければならないこと、中止によって再発することは問題点です(Steander、塩原による)。
◆免疫抑制薬
カルシニューリンインヒビター(タクロリムス、ピメクロリムス)、シクロスポリンAは痒疹の痒みを抑制します。免疫系のメディエーターを介して痒みを抑制していると考えられます。
◆紫外線療法
PUVA療法、ナローバンドUVB(NB-UVB)、エキシマライトなどの紫外線療法によって痒みが抑制されます。これらでは表皮内に侵入した神経線維を退縮させること、NGF(NEF)の発現を抑制し、セマフォリン3A(Sema3A)の発現を増強させること、ケラチノサイトのオピオイド発現を正常化することなどの機序が考えられています。
◆ステロイド剤
ステロイドの内服、外用は抗炎症作用によって炎症メディエーターの遊離を抑制して痒みに奏功していると考えられています。
◆抗IL-31製剤
近年第Ⅱ相国際共同治験によって、痒みサイトカインといわれるIL-31に対する抗体Nemolizumabがアトピー性皮膚炎の痒みに有効であると発表されました。抗IL-31レセプターAヒト化モノクローナル抗体(CIM331)を中等度から重症のアトピー性皮膚炎に12週間投与して有効性と忍容性が確認されました。痒疹の痒みに対しても期待できるかと思われます。
◆神経作動薬
SP以外にも、ガバペン、抗鬱剤などが奏功する痒疹の例もあります。精神状態、ストレスなどから痒みが増強、scratch-itchの悪循環によって皮疹が悪化することはアトピー性皮膚炎と同様の機序のように思われます。このような例に対しては神経作動薬は有用とされています。
◆サリドマイド剤
多形核白血球の遊走を阻害すること、TNF-α mRNAの分解を促すことでその産生を抑制すること
などによる抗炎症作用、中枢抑制などによって、痒みを抑制するとされています。100mg/日程度の低用量なら比較的安全に使用でき、有効との報告もありますが、一方末梢神経ニューロパシーの報告もあり、適応外でもあり慎重な使用が求められます。催奇性に注意が必要なことは勿論です。
◆抗生剤
マクロライド系抗生剤には抗炎症作用や免疫調整作用があり、痒疹に関係のある種々の細胞に働いて、止痒効果を発揮すると考えられています。しかしエビデンスレベルの高い臨床試験は行われていません。

参考文献

高森建二. 慢性痒疹の痒みのメカニズム.皮膚科臨床アセット18 紅斑と痒疹 病態・治療の新たな展開.総編集◎古江増隆 専門編集◎横関博雄 東京:中山書店:2011.pp189-197.

椛島健治.慢性痒疹の病態と発症メカニズム.皮膚科臨床アセット18 紅斑と痒疹 病態・治療の新たな展開.総編集◎古江増隆 専門編集◎横関博雄 東京:中山書店:2011.pp184-188.

室田浩之.内服・全身療法(かゆみ作動薬). MB Derma(デルマ)痒疹の粘り強い治療◆編集企画◆片山一郎. 214:41-47,2014