虫による皮膚疾患(16)皮膚幼虫移行症

皮膚幼虫移行症とは寄生虫幼虫が本来の固有宿主ではないヒトに偶然寄生し、皮膚内を移動した際に生じる線状の紅斑をはじめとする特異な皮膚症状を呈するものです。その原因となる寄生虫には、顎口虫、旋尾線虫、鉤虫、マンソン裂頭条虫などがあります。それぞれの特徴を下記 文献の表を一部書き換えて挙げてみます。
(一角直行、住田奈穂子:: 臨床皮膚科 66:166-170,2012)
皮膚爬行疹を呈する代表的な寄生虫疾患
【顎口虫症】
◇感染経路・・・ドジョウ、 ナマズ、ウナギなどの淡水魚やヘビなどの爬虫類の生食
◇発症までの期間・・・3-4週間
◇皮疹の性状・・・幅数mm 軽度に隆起する蛇行性線状皮疹、水疱形成もあり
◇皮疹の伸長速度・・・1日数cm
◇好発部位・・・腹部
【旋尾線虫症】
◇感染経路・・・ホタルイカ、スルメイカ、ハタハタ、スケトウタラなどの生食
◇発症までの期間・・・2週間
◇皮疹の性状・・・幅2-5mm 軽度に隆起する蛇行性線状皮疹、水疱形成もあり
◇皮疹の伸張速度・・・1日に2-7cm
◇好発部位・・・腹部
【動物由来鉤虫症】
◇感染経路・・・東南アジア、中南米の糞便で汚染された砂場から直接感染
◇発症までの期間・・・帰国後平均16日
◇皮疹の性情・・・幅数mm 軽度に隆起する蛇行性線状皮疹、水疱形成もあり
◇皮疹の伸張速度・・・1日に数mm~数cm
◇好発部位・・・足、臀部
【マンソン孤虫症】
◇感染経路・・・ヘビ、カエル、鶏、淡水魚の生食、ケンミジンコを含む生水の飲用
◇発症までの期間・・・数ヶ月
◇皮疹の性情・・・移動性皮下腫瘤
◇皮疹の伸張速度・・・緩慢
◇好発部位・・・大腿、腰部の皮下脂肪織

◆発症の変遷◆
皮膚幼虫移行症は上記のようなものがありますが、多くのものが皮下を這って線状、爬行状の紅斑を呈しますので、皮膚爬行症、クリーピング病(creeping disease)ともよばれます。その頻度や流行は時代とともに変化してきました。1980年代までは、顎口虫が主なものでした。輸入ドジョウや雷魚の生食、ドジョウの踊り食いなどが背景にあったようです。その後寄生虫の危険性についての啓発がなされ、国内発生は減少していきました。但し、輸入ドジョウやうなぎの肝吸いなどが原因と思われる例もあるので半生のものも注意が必要です。
一方、旋尾線虫による報告は80年代以降増えてきました。ホタルイカ、スルメイカ、ハタハタ、スケトウタラなどの生食によるとされていますが、中でも報告が多いのはホタルイカに寄生する旋尾線虫幼虫typeXによるものです。特に1987年から報告例が多くなってきましたが、これはこの年から富山湾の生ホタルイカが全国各地に輸送されるようになったのと時期を一にしています。ホタルイカを生食後数日で腹痛や吐き気を起こし、腸閉塞として治療されていたケースもあります。その後厚労省からの通達で生ホタルイカはー30度で4日間置くか60度30分の処理をしたのち流通させるようになったために、発生は減少してきました。しかし、最近は富山湾以外からもホタルイカが獲れ、上記不活化処置が徹底されないケースもでてきて、また増加傾向にあるようです。ホタルイカへの寄生率は2~7%で内臓に多いそうです。秋田地方では秋のシラウオ漁の季節になるとクリーピング病が散見されるという報告もあります。
鉤虫症は国内での発症はありませんが、海外で汚染された海岸で寝転ぶなどしないような注意が必要です。
またマンソン孤虫症はコンスタントに報告があり、決して過去の寄生虫病ではないことがわかります。ヘビ、カエルなどではなくても、ケンミジンコを含む生水でも発生した例があります。
◆診断◆
クリーピング病について知っている皮膚科医ならば、目でみればその特徴的な形態から診断は比較的容易です。ただ、マンソン孤虫症では診断は難しく、皮下腫瘤の移動性と、触診時の違和感「握雪感」が目安になります。術前に粉瘤と診断され病理組織像で初めてわかるケースも多いそうです。
皮疹の形態から疑い、生食、海外渡航暦などの詳細な病歴をとって、原因寄生虫を絞り込みます。
エコー検査で幼虫の部位に高エコー領域を見出して有用であったという報告もありますが、明らかな結果がみられなかったとのケースもあり、まだ確定診断には至らないようです。
寄生虫の血清学的検査で抗体の上昇をみる方法もあり有用ですが、かならずしも全例陽性にはでないようです。
確実なのは虫体がいると思われる部位の切除を行い、虫体を確認することですが、虫はUターンするなど1回の切除で確実に捕まらないケースもあるようです。
◆治療◆
診断を兼ねて外科的に摘出するのが一番確実です。線状紅斑を含めさらに皮疹の先端から1cm先から2cm後方まで大きく切除するよう推奨されています。治療には切除が確実ですが、大きく切ること、場合によっては逃げられて複数回切除することもあることを考えると、内服療法も考慮されうべきものかもしれません。イベルメクチンが旋尾線虫症に奏功したという報告もあります。また幼虫は人体内では数週間で死滅するともいわれており、経過観察しながら自然消失した例もあるようです。しかし標準的治療法については、更なる検討を要すると思われます。
◆予防◆
ホタルイカはー30度4日間冷凍したもの、60度で30分処理をしたものを食べるようにすること、ドジョウ、ウナギなども生、半生のもの、特に内臓は注意すること、中国、東南アジアなど海外旅行中の食事には特に生もの、生水には気をつけること、イヌ、ネコなどに汚染されたような海岸には裸足、裸で踏み入らないことなどが重要かと思われます。

参考文献

一角直行、住田奈穂子: ホタルイカ生食による旋尾線虫幼虫type Xの皮膚幼虫移行症の1例.臨床皮膚科66:166-170,2012

石橋正史、杉 俊之: 旋尾線虫によるcreeping diseaseの1例.臨床皮膚科 60:512-514,2006.

水野麻衣 他:サブイレウスにて保存的加療されていた旋尾線虫による皮膚幼虫移行症の1例.臨床皮膚科67:539-542,2013

西川武二 他:有棘顎口虫によるcreeping diseaseの1例.臨床皮膚科 54(1)14-17,2000

若林正一郎 他:creeping disease-超音波検査が虫体先進部の同定に有用であった例ー.皮膚病診療:33(9);897-900,2011

大森香央 他:イベルメクチンが奏功したcreeping diseaseの1例.臨床皮膚科 62:940-942,2008

白井 明 他:マンソン孤虫症ー皮下結節の一時消失をみた1例ー.皮膚科の臨床:54(3);385-388,2012

新保和花子 他:Creeping Eruptionを呈したマンソン孤虫症の1例.皮膚科の臨床:54(3);389-391,2012

猪熊大輔 他:ブラジル鉤虫による皮膚幼虫移行症の1例.臨床皮膚科:56;176-178,2002