虫による皮膚疾患(11)蚊

蚊刺されは、ごくありふれたものです。敢えて、ブログに書かなくてもよさそうですが、近年デング熱の国内発生とと共に、にわかに注目度が高くなってきました。
蚊については、虫刺されの一つとしての症状、蚊が媒介する様々な伝染病の伝播者としての側面、そして数は少ないですが、蚊刺過敏症についても触れておく必要があるかと思います。
【蚊刺症】
以前も書きましたが、皮膚反応の程度は年齢、刺された回数、免疫反応によって大きく異なってきます。すなわち蚊の吸血の際の唾液腺物質に対するアレルギー反応により、皮膚症状が生じます。以下のようなステージを辿ります。
ステージ1  無反応          新生児期
ステージ2  遅延型反応のみ      乳児期~幼児期
ステージ3  即時型反応と遅延反応  幼児期~青年期  
ステージ4  即時型反応のみ      青年期~壮年期
ステージ5  無反応          老年期
即時型反応では刺されてからすぐに痒みを伴う紅斑、蕁麻疹が出現し1~2時間で軽快します。遅延型反応は刺された翌日から出現する痒みを伴う紅斑、丘疹、時に水疱を認めます。幼児、小児は遅延型反応が主体になりますので、就寝中の刺された直後は気づかずに翌日に露出部である顔や手に浸潤を伴う紅斑、水疱がみられます。しかし、反応の程度は個人差が大きく誰もが上記のような典型的なステージを辿るわけではありません。例えば高頻度に蚊に刺される熱帯地方の人ではすでに少年期に反応は減弱するそうです。
治療は軽度であれば虫刺されの市販薬でも十分ですが、炎症が強い場合はステロイド外用剤、抗ヒスタミン剤を使用します。
【蚊が媒介する伝染病】
主に、熱帯地域からの輸入伝染病が相当します。マラリア、デング熱、チクングニア熱、フィラリア、野兎病などがあげられます。これらは一般の人はもとより医師もなじみのない疾患ですが、流行地域に旅行する人は現地での流行状況などの情報を入手してDEET剤やペルメトリンを染み込ませた蚊帳の使用などを心がける必要があります。
デング熱は昨年日本でも発生し問題になりました。デング熱は熱帯シマカが伝播しますが、これに似て最近遺伝子変異によってヒトスジシマカでも爆発的に増殖する能力を獲得したといわれるチクングニア病は近い将来問題になるかもしれません。すでにフロリダでは越年しているとの報道もあります。
マラリアは雌のハマダラカに咬まれることによって伝播しますが、現代でもなお年間数億の報告があり、その2/3以上はサハラ以南のアフリカで起きているそうです。
(デング熱やチクングニア熱については過去のブログを参照して下さい。2012.7.17, 12.9 2014.8.31 その他はそれぞれ専門書を参照して下さい。)
【蚊刺過敏症】
蚊アレルギーともよばれますが、本態は通常のアレルギー反応とは異なります。ごく一部の人では蚊に刺された部位に水疱や血水疱の形成を伴う壊死性の変化を生じ、高熱、リンパ節腫脹、肝機能障害、肝臓腫大などの全身症状を伴います。皮疹部は潰瘍を生じるので痕は瘢痕となります。それで四肢に多数の萎縮性瘢痕を認めることが多いそうです。
その病態には慢性持続性のEBウイルス感染症が関与することが明らかになってきました。患者さんはEBウイルス関連NK細胞増殖症を有しておりその一部の人では経過中にNKリンパ腫を発症して死に至ることもあります。
幼少児では蚊に刺されるとひどく腫れて水疱を形成するケースも多いですが、蚊刺過敏症では皮疹部は潰瘍から瘢痕を形成し、また高熱、リンパ節腫脹、肝機能異常などを伴いますので鑑別は可能です。仮にこのような症状がみられ、心配であれば専門医療機関で精査を受けることが必要です。
EBウイルス(Epstein-Barr Virus: EBV)はヘルペスウイルス科γヘルペス亜科に属する二本鎖DNAウイルスです。正式名称はヒトヘルペスウイルス4(HHV-4)とよばれます。唾液を介して口腔咽頭のB細胞に感染します。B細胞に強い指向性を示しますがT細胞、NK細胞にも感染します。ウイルスはメモリーB細胞に不死化した潜伏感染し、ヒトに終生存続します。日本人では健常成人の90%以上が潜伏感染しているといわれます(B細胞100万個に1個の割合で感染)。
ところが、一部のEBV感染細胞は再活性化(溶解感染)し、ウイルス粒子の産生を行います。溶解感染の際は多数のウイルス関連抗原を発現し、細胞障害性T細胞(CTL)のターゲットとなり様々な反応を生じます。ウイルス側の要因と宿主側の要因によって、伝染性単核球症、Gianotti-Crosti症候群、種痘様水疱症、蚊刺過敏症、慢性活動性EBV感染症、悪性リンパ腫、上咽頭癌、胃癌などを引き起こします。
Gianotti-Crosti症候群は免疫能がまだ十分に発達していない生後6ヶ月から6歳くらいまでの乳幼児に好発します。ウイルス感染に対するT細胞の遅延型免疫反応が本態と考えられています。四肢末端から数mm大までの痒みを伴う紅色丘疹が上行性に多発し、臀部や顔面、耳にも拡大します。成熟した宿主免疫を備えた状態でEBVがB細胞に感染すると、CTLの過剰な反応によって伝染性単核球症を生じます。従って幼児から20歳代の成人に発症します。発熱、リンパ節腫脹、咽頭・扁桃炎が3主徴です。約半数で麻疹様、猩紅熱様、蕁麻疹様、多形紅斑様の多彩な皮疹を呈します。
重症型種痘様水疱症では、古典型の顔面、耳、手背などの露光部の紅斑、丘疹、水疱に加えて、非露光部にも皮疹を認めます。発熱、リンパ節腫脹、肝機能異常、肝脾腫を生じます。症例の多くは種痘様水疱様リンパ腫、血球貪食症候群などを併発し予後は不良になります。

このように、EBVの一部では溶解感染をおこし、B細胞、T細胞、NK細胞に感染し、慢性活動性の感染症からさまざまな症状を呈し、一部は血球貪食症候群、リンパ腫などを併発し予後不良となります。その際は骨髄移植を念頭においた治療が必要となります。
このような重症例は日本、韓国、台湾、メキシコなどからのの報告が大半とのことです。

蚊刺過敏症の病態機序については、完全には解明されていませんが、蚊唾液腺抗原特異的CD4陽性T細胞による一次免疫応答がトリガーになり、二次的に生じたEBV抗原に対する激しい宿主免疫応答が本態と考えられています。

参考文献

Dr.夏秋の臨床図鑑 虫と皮膚炎 皮膚炎をおこす虫とその生態/臨床像・治療・対策 夏秋 優 著 秀潤社 2013

山本 剛伸: Epstein-Barrウイルスが関与する小児皮膚疾患 小児を診る! 皮膚科医の心得 皮膚科の臨床 Vol.57 1023-1030 No.6 2015