分子標的薬の皮膚障害ー手足症候群

分子標的薬のうち、上皮成長因子受容体(EGFR)阻害薬について書きましたが、がん細胞では様々なキナーゼが同時に活性化されていることが多く、複数のキナーゼを総合的に阻害する多標的キナーゼ(マルチキナーゼ阻害薬)(MKI)の方が抗腫瘍効果が高いとして、これらが使用されるようになってきました。マルチキナーゼ阻害薬は細胞増殖や血管新生に関与する複数のキナーゼを阻害するために様々な皮膚障害をきたしますが、その中でも特徴的で、最も日常生活に影響を与えるのが手足症候群です。知覚障害を伴うことから手掌・足底発赤知覚不全症候群ともよばれます。
日本で使われているMKIには、ソラフェニブ、スニチニブ、イマチニブ、ニロチニブ、ダサチニブがありますが、2013年には、大腸がんに対する新規MKIのレゴラフェニブが発売されました。大腸がんは本邦で癌死亡が第3位と高率なために、この種の薬剤の使用と有害事象の増加も懸念されます。
上記の中で手足症候群の報告が多いのはソラフェニブ(ネクサバール)で根治切除不能又は転移性の腎細胞癌、切除不能な肝細胞癌に使われます。次いでスニチニブ(スーテント)も多いようです。これは、イマチニブ抵抗性の消化管間質腫瘍と根治切除不能又は転移性の腎細胞癌に使われます。
これらは、血小板由来増殖因子受容体(PDGFR)、血管内皮増殖因子受容体(VEGFR)、EGFR、幹細胞因子受容体(c-KIT)、fms様チロシンキナーゼ3(FLT-3)などの多くのキナーゼ活性を阻害することで、抗腫瘍効果を発揮するそうです。
手足症候群の症状は、手や足の圧迫のかかりやすい部位に感覚異常を伴って発赤、腫脹を生じ、荷重部にタコ様の角質肥厚、黄色膿瘍様皮疹を生じます。膿瘍様水疱は針で穿刺しても内容液は出ず、表皮の層状の壊死を反映しているそうです。
この様な症状が生じる原因はMKIの働く機序からいろいろ想定されていますがよくは解っていないようです。
薬剤使用後1~数週間後と比較的早期に出現します。症状のグレードごとに対処しますが、確立された治療法はないために大切なのは発症、増悪の予防だそうです。初期段階からスキンケアと物理的な刺激を避けて皮膚を保護することです。
保湿とともに、木綿の厚手の靴下を履く、柔らかい靴の中敷きを使う、足に合った柔らかい靴を履くなどの注意が重要です。
発症した場合でも、足底装具を作成してもらうなどチーム医療、多職種連携の重要性が指摘されています。
また、手足症候群などの皮膚障害の程度が高度な程生存期間が長いということが分かっているので、症状をコントロールしながら、治療を続けるられるようサポートすることも重要です。

参考文献

清原 祥夫:分子標的治療薬による皮膚障害.皮膚疾患最新の治療. 編集 瀧川 雅浩 渡辺 晋一 南江堂 2013-2014 -29

和薬 孝昌: ソラフェニブによる薬疹の3例. 皮膚科の臨床52(3);315~321,2010

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花輪 書絵: ソラフェニブによる手足症候群の4例. 皮膚科の臨床52(3);327~331,2010

伊藤 倫子: 多標的キナーゼ阻害剤による皮膚障害の3例. 皮膚科の臨床52(3);337~340,2010

分子標的薬皮膚障害対策マニュアル2011 第62回日本皮膚科学会中部支部学術大会 三重大学医学部附属病院 皮膚科・薬剤部 発行

松村 由美: 手足症候群: 皮膚障害の症状と対策. 日皮会誌:123(13),2690-2692,2013

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