俗にヘルペスというと、帯状疱疹と単純疱疹を指しますが、実はヘルペスウイルスは2億年以上前から地球上に存在し、カキなどの無脊椎動物から、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類などの脊椎動物に至るまで自然界に広く分布しており、現在までに約150種が発見されています。一方ヒトに感染するヘルペス科のウイルスは8種類が知られています。
ヘルペス科ウイルスは線状の二本鎖DNAをゲノムとして持つDNAウイルスです。(ちなみにCOVID-19,新型コロナウイルスはRNAウイルスです。)
ウイルス粒子の大きさは直径120~200nmで中心部にコアと呼ばれるDNAを有する構造があり、それを20面体のカプシドが囲んでいます。最外層には脂肪膜のエンベロープが存在します。エンベロープには糖たんぱくが埋め込まれ、感染時、細胞の吸着、侵入に関与しています。
ヘルペスウイルスの特徴として、宿主にいったん感染すると、その後は増殖を停止して潜伏感染に移行し、体内に一生涯住み続けます。そして宿主の免疫状態、様々な刺激によって増殖を再開し種々の疾患を引き起こします。この潜伏感染と再活性化がこのウイルスの最大の特徴であり、やっかいな現象でもあります。
【ヒトヘルペスウイルスの分類】
HHV-1・・・単純ヘルペスウイルス1型(Herpes simplex virus:HSV-1) 単純ヘルペス1型
HHV-2・・・単純ヘルペスウイルス2型(Herpes simplex virus:HSV-2) 単純ヘルペス2型
HHV-3・・・水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella-Zoster virus:VZV) 水痘、帯状疱疹
HHV-4・・・EBウイルス 伝染性単核球症、リンパ増殖症、種痘様水疱症、重症蚊刺アレルギー
HHV-5・・・ヒトサイトメガロウイルス サイトメガロウイルス感染症(肺炎、腸炎、網膜炎)
HHV-6・・・ヒトヘルペスウイルス6 突発性発疹、DIHS
HHV-7・・・ヒトヘルペスウイルス7 突発性発疹、DIHS?、ジベルバラ色粃糠疹?
HHV-8・・・ヒトヘルペスウイルス8 血管炎?、Kaposi肉腫
この中で、HSV-1,2の単純ヘルペスについて述べていきます。
【臨床症状】
HSV-1は主として口唇ヘルペスの、HSV-2は主として性器ヘルペスの原因となります。初発、再発、または発生部位などによってさまざまな病態が存在します。HSVは主に接触感染します。唾液や汚染された手指や器具などによります。またくしゃみ、咳、会話などの飛沫感染によっても感染します。それでHSV-1は思春期までにほとんどの人が感染し、抗体を持つとされていましたが、最近は初感染年齢が高くなり、成人に達しても抗体保有率は約半数とされています。HSV-2は主として性行為で感染し、経口避妊薬やコンドームの未使用などにより、成人の初発率が増加傾向にあります。HSV-1に罹患していてもHSV-2に感染しますが、無症状のことが多いです。HSVは接触感染によって初感染した後、三叉神経や仙髄神経などの知覚神経節に潜伏感染します。感冒、紫外線照射、性行為、過労、精神的ストレス、免疫抑制状態(悪性腫瘍、薬剤など)等によってウイルスが再活性化すると、知覚神経を順行し、支配神経領域の皮膚・粘膜に再発病変を形成します。単純疱疹の初感染は歯肉口内炎やKaposi水痘様発疹症など(HSV-1)、また性器周辺に比較的重症の水疱、びらんを伴い(HSV-2、但し性器ヘルペスの約70%はHSV-1によるとされますが、この際の再発は稀とされます。)発熱、所属リンパ節腫脹などの全身症状を伴うこともあります。再発性では症状はより軽症となり、多くは繰り返し同じような部位に、中心臍窩を伴う水疱、膿疱、びらん、痂皮を形成しますので、典型例では問診、視診のみで診断可能です。但し、非典型例も多く、視診のみでは専門医でも一定の確率で誤診するとの統計的なデータもあります。実際、帯状疱疹、接触皮膚炎、ざ瘡、毛嚢炎、口角炎、手足口病、ベーチェット病、固定薬疹などで似たような症状を呈する臨床例は多くあり、疑わしい例では次にあげるHSV抗原迅速診断法は必須です。
多くの人が一度は感染していますが、再発の症状が出る割合はそのごく一部です。その差は潜伏ウイルスの量や免疫能力やウイルスの株などによるとされますが、よくわかっていません。一般的に再発は軽症ですが、アトピー性皮膚炎のKaposi水痘様発疹症のように重症化したり、近年のJAK阻害薬などの使用などで頻繁に出現することも報告されています。
【診断】
現在、単純ヘルペスの抗原検査迅速キットは3種類発売されています。チェックメイトヘルペスアイは角膜検査用、プライムチェックHSVは性器ヘルペス検査用ですが、デルマクイックHSVは皮膚(口唇ヘルペスなど)、および性器(臀部を含む)の両方に適用があります。
但し、同じキットでも皮膚への検体検査実施料は180点で、性器へは210点と保険点数が異なる点には注意が必要です。
デルマクイックHSVは、金コロイドを用いたイムノクロマト法を測定原理とする迅速診断キットで、HSV抗原はコンジュゲートパッド内の着色セルロース粒子標識抗HSVヒトモノクローナル抗体と反応して免疫複合体を形成し、5~10分後にテストライン部に赤色のラインを形成します。陽性率は水疱が一番高く、膿疱、びらん、潰瘍の順に低くなります。また本キットは試薬がデルマクイックVZVと同一のために、片方が陰性であれば、同一検体を用いて連続使用することができます。実際、単純ヘルペスか、帯状疱疹か判然としないケースがあり、実臨床の現場でも役立っています。
なお、HSVの抗体検査は、一度感染したら一定の抗体価が維持されることが多く、かつ再発でも変動しません。従って、再発の診断には有用ではなく、既感染の判断、初感染の判断、陰性であればHSV病変ではない、などの判断に有用です。
【治療】
治療の大原則は、発症後できるだけ早期に抗ウイルス薬を投与することにあります。
軽症の場合は抗ヘルペス薬(アシクロビル、ビダラビン)の外用を行ないます。外用剤はOTC(Over the counter)医薬品、市販薬でも手に入ります。しかし、近年米国のFDAは抗ウイルス外用薬の使用に対して、耐性ウイルスの出現を増加させる恐れがあると警告を発しています。
🔷通常の単純ヘルペスの治療(episodic therapy)は経口抗ヘルペス薬を5日間内服します。重症例や免疫不全者に対しては抗ヘルペス薬(アシクロビル、ビダラビン)の点滴静注を行う場合もあります。
・アシクロビル 200mg 1日5回 5日間投与
・バラシクロビル 500mg 1日2回 5日間投与
・ファムシクロビル 250mg 1日3回 5日間投与
重症
・アシクロビル注射用 5mg/kgを1日3回8時間ごとに1時間以上かけて7日間、免疫不全者は痂皮化するまで
髄膜炎・脳炎合併者
・アシクロビル注射用 5~10mg/kgを1日3回8時間ごとに1時間以上かけて7日間(適宜延長)
・ビダラビン注射用 10~15mg/kgを輸液500mlに溶かし、2~4時間かけて10日間点滴静注
🔷再発抑制療法(suppressive therapy)
おおむね年6回以上再発する性器ヘルペス患者に対する治療法で、無症候性ウイルス排出からくるパートナーへの感染の確率を下げる目的で用いられる治療法です。1年間継続した後、中断後再発が2回観察された場合はさらに継続するかを検討します。
・バラシクロビル500mg 1日1回を連日投与
🔷PIT(patient initiated therapy) 近年、症状の軽症化及び治癒までの期間を短縮して患者のQOL(quality of life)を向上させる治療法が導入されています。これはあらかじめ処方された薬剤を初期症状に基づき患者さんの判断で服用開始する治療方法でファムシクロビルとアメナビルの2種類の薬剤があります。
1)ファムシクロビルPIT 再発性の口唇または性器ヘルペス(年3回以上の再発)
ファムシクロビル 1000mg 2回(2回目は12時間後)内服 前駆症状出現後6時間以内、皮疹出現前に服用する。先発品のみ。
2)アメナビルPIT 再発性の口唇または性器ヘルペス
アメナビル 1200mg 単回内服 前駆症状出現後6時間以内、皮疹出現前に服用する。 食後投与に留意する。
単純ヘルペスのPIT療法の導入により患者さんのQOLが格段に向上し、ヘルペス患者さんへの朗報となりました。ただ、この治療法にはいくつかの注意点があります。
・ファムシクロビルには後発品もありますが、PITが認められているのは先発品のファムビルのみです。
薬価 ファムビル 250mg錠 290.40円 後発品 78.00~91.10円
・ファムビルには年3回再発のしばりがありますが、アメナビルにはありません。
・アメナビル(アメナリーフ)はウイルスDNAの複製に必要なヘリカーゼ・プライマーゼ複合体の活性を阻害し抗ウイルス作用を呈する薬剤で、従来の核酸アナログ製剤を比較すると、効果の立ち上がりが早く、抗ウイルス効果もより強力な薬剤です。しかし薬価が高価なこと、PIT療法のみに認可されていて、通常の治療法の適用はありません。すなわちすでに発症している場合は適用外となります。
薬価 アメナビル 200mg錠 1215.30円
・単純ヘルペスがすでに発症していて、通常の治療薬と次回にそなえてPIT分を処方できるか、という問題があります。
一時ファムビルの23錠問題があったようです。すなわち通常治療分 3錠x5日分=15錠 PIT分 4錠x2=8錠 合計 23錠
これを保険診療で認めるか、地域差があり認めるところ、認めないところがあったようです。現在ではほぼ認める?
これにアメナビルが絡んでくるとまた複雑です。顕症の治療と次回のPIT処方を同時に行えるかというのは、医学というより、保険診療の問題といえそうです。
参考文献
渡辺大輔 デルマクイックHSV: 臨床皮膚科 78(5増):76-80,2024
今福信一 再発性単純ヘルペスのアメナビルによるpatient initiated therapy: 臨床皮膚科 78(5増):137-140,2024
本田まりこ 皮膚科Q&A ヘルペスと帯状疱疹 日本皮膚科学会 HP
皮膚科臨床アセット 3 ウイルス性皮膚疾患ハンドブック 総編集◎古江増隆 専門編集◎浅田秀夫 中山書店 2011 東京
浅田秀夫 6.ヒトヘルペスウイルスの分類と臨床症状 pp34-38
安元慎一郎 7. 単純ヘルペスウイルスウイルスの型と臨床症状:診断 pp39-44
本田まりこ 8.単純ヘルペスの治療と生活指導 pp45-49