虫による皮膚疾患(3)マダニ

ダニ類は節足動物門クモ網ダニ目に属します。その中で本来は哺乳動物や鳥類に寄生して、さらに人からも吸血する吸血性ダニにはマダニ類、ツツガムシ類、トゲダニ類(イエダニ、トリサシダニ)などがあります。また吸血性ではないものの人を刺すツメダニ、シラミダニがあります。ヒゼンダニは疥癬といって人から人に伝染するもので、老人ホームなどで集団感染を起こしたりして問題となります。室内塵や食品類の中に生息して、アレルゲンとして問題になるチリダニ類(主に表皮ダニ類)やコナダニ類も人に健康被害を及ぼしますが、吸血はしませんので、吸血性ダニによるダニ刺症は起こしませんので混同しないように。
ここではマダニについて取り上げてみます。
マダニ刺症は野外活動などで、ヒトから吸血したもので以前から稀なものではありませんでした。しかし、2013年に国内でも重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombo-cytopenia syndrome: SFTS)の発症が話題となり、症例はごくわずかながら致死率が高いためにマスメディアなどでもとりあげられ、注目を集め受診患者が急増してきました。
【マダニの種類】
本邦で、マダニ刺症の原因となるマダニは約20種類いるそうですが、代表的なものはマダニ属のヤマトマダニ、シュルツェマダニ、 キララマダニ属のタカサゴキララマダニ、 チマダニ属のキチマダニ、フタトゲチマダニなどがあります。その分布には地域差があり、関東、中部地方以北ではシュルツェマダニ、ヤマトマダニ、近畿地方以南ではタカサゴキララマダニ、フタトゲチマダニが多いそうです。
幼虫、若虫、成虫と成長していきますが、いずれも吸血します。幼虫は1mm以下、成虫は2~3mmとなります。吸血すると大きくなりますが、タカサゴキララマダニのような大型のマダニでは吸血すると大きくなり中には10mm以上にもなることもあります。5~10日吸血を続けると飽血して自然に脱落します。ギザギザな口下片を皮膚に刺入しますが、唾液腺に麻酔作用があり刺されたことを自覚しません。
【刺される状況】
主に山林内のササ類や山間部の草地に生息し、野生のシカやイノシシ、ネズミなどに寄生します。人が近くを通るとそれを察知し、素早く衣服などに付着し、皮膚を這い回って適当な部位に咬着し吸血します。タカサゴキララマダニは近年、里山の雑木林などで分布を拡大しており、幼虫は下草などに多数集まって待機しているそうです。野外レジャーなどで人が足を踏み入れると多数の個体に咬まれる恐れがあります。寄生部位は下腹部、陰部、大腿内側が多いですが、背の低い幼児には耳や頭部などにも咬着します。
【マダニの除去】
飽血して自然に脱落するのを待つという手もありますが、なるべく早期に除去するのが感染症などを考えると無難です。マダニは口下片(のこぎり状の口器)を皮膚の真皮内まで刺入して周囲をセメント物質で固めているので無理に引っ張ると口下片がちぎれて皮膚内に残り異物肉芽腫を形成します。また押しつぶすと内容物を人体に注入することになるのでよくありません。確実なのは局所麻酔後にメスで皮膚ごと虫体を摘出することです。鋏で口下片の辺りを開き、攝子で採取する方法(馬原法)もあるそうですが、手技が難しいそうです。2,3mmのパンチでくり抜けばその後の糸での縫合は不要とのことです。
エタノールで軽く圧抵した後攝子でとる方法、Tick-twisterという器具(ペット用)で捻じってとる方法もあるそうですが確実ではありません。
簡単な方法としてワセリン法(夏秋法)があります。虫体が完全に覆いつくされるようにべっとりと塗り、マダニの気門を塞ぎ窒息させます。約30分後にワセリンをふき取ってマダニの口器付近を攝子で掴んでゆっくり引き抜きます。咬着すぐであれば成功率は高いそうです。シュルツェマダニは当日、タカサゴキララマダニは1,2日、フタトゲチマダニだと数日以内だと可能だそうです。夏秋先生はバターを代用して成功したことがあるそうです。
【予防法】
マダニを避ける確実な予防法はマダニの生息地に近づかないことですが、レジャーなどで生息地に分け入る場合には、できるだけ肌を露出させないこと、寝転がったりしないことが必要です。ディート配合剤の虫除けスプレー(忌避剤)は一定の効果があるそうです。
帰宅後は風呂場で腋窩、陰部、太腿、下肢など柔らかい部分に虫がついていないかを注意深く確認しておくことも大切です。
【マダニが媒介する感染症】
代表的な疾患として、ライム病(シュルツェマダニ)年間10件、日本紅斑熱(フタトゲチマダニなど)年間180件があります。まれに野兎病があります。ツツガムシ病 年間400件
これらについては、後日書いてみたいと思います。
近年は海外旅行などで全世界のしかも山野に行く人もありますので現地の医動物の感染症の情報は確認しておいたほうが良いでしょう。北米ではライム病は多くありますし、オーストラリアの東海岸には神経毒を有するマダニもいます。クイーンズランド紅斑熱というリケッチア感染症も媒介するそうです。
さらに、2013年にはSFTSが報告され、マダニ刺症が大きな話題となりました。
【SFTS】
重症熱性血小板減少症候群と呼ばれます。
過去に当ブログでも取り上げましたのでそれも参照して下さい。
2009年中国湖北省および河南省の農村地域で高熱と血小板減少を生じる感染症が報告されSFTSと命名されました。そしてその原因がブニヤウイルス科フレボウイルス属に属する新規のウイルスでSFTSウイルス(SFTSV)と命名されました。これはフタトゲチマダニなどから分離されマダニが媒介動物であると考えられました。
2013年1月に海外渡航歴のない日本人患者に同様の症状の患者が発症し(死亡)、血液からSFTSVが分離されました。但し、日本で見つかったウイルスは中国のものと遺伝子が若干異なっており、最近中国から入ってきたものではなく、以前から日本にあったものと考えらえています。
その後、散発的に同様の症例がみつかり患者数は極少ないものの致死率が6.3~30%と高いことよりマスメディアで取り上げられて大きな話題となっています。
(最近の中国の統計によると当初の30%の致死率よりも低い6%程度とされています。)
ダニ刺症の中でSFTSを発症する割合は極めて少ないので発熱、発疹、消化器症状がなければパニックになることはないと思います。
詳細は厚労省、国立感染症研究所発表の報告書に随時掲載されていますのでそちらを参照して下さい。
京都、三重県以西の西日本で発症しており、5月が最も多く、4月から8月が多く報告されています。2015年7月現在では報告数139,生存例100,死亡例39,死亡患者の平均年齢は74歳で体力の弱い高齢者が多いようです。
地域では四国、南九州からの報告が多くを占めています。
地域別のマダニのウイルス保有状況、シカ、犬、イノシシの抗体保有状況は山口県感染症情報センターの日本地図が解り易く参考になりますが、これによるとマダニのSFTSVの保有は全国に広がっていることがわかります。

診断はSFTSVの分離によりますが、臨床的な定義は以下のようです。
1.38度以上の発熱
2.消化器症状(吐き気、嘔吐、腹痛、下痢、下血など)
3.血小板減少(10万/mm3未満)
4.白血球減少(4000/mm3未満)
5.AST,ALT,LDHの上昇
6.他に明らかな原因がない
7.集中治療を要する/要した、または死亡した

残念ながらウイルスに効くワクチンや薬剤はなく、症状を和らげたり、全身症状を改善する対症療法になります。

参考文献

夏秋 優 Dr.夏秋の臨床図鑑 虫と皮膚炎 皮膚炎をおこす虫とその生態/臨床像・治療・対策

夏秋 優 ワセリンを用いたマダニの除去法 臨床皮膚科 68巻,5号(2014年4月)pp 149-152

和田 康夫 ダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群 臨床皮膚科 68巻,5号(2014年4月)pp 146-148

マダニ1

マダニ2

マダニ3

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