【愛によって愛が育てられる】
美輪明宏さんが六月二十日に亡くなられました。鮮やかな黄色に染めた髪で、唯一無二の雰囲気を醸し出し、スピリチュアルな番組やバラエティー番組などへの出演や、ジブリ映画にて声優としても活躍されましたが、二〇一二年のNHK紅白歌合戦で黒髪に真っ黒な衣装を着て、スポットライト一つに照らされる中で、堂々とその世界観たっぷりに「ヨイトマケの唄」を歌う姿が印象に残っている方も多いかもしれません。
この「ヨイトマケの唄」は、美輪さんが二十七歳の時に作詞・作曲をされました。この歌には二人のモデルがいますが、その一人は小学生時代の友人だそうです。
授業参観の日に多くの母親がきれいに着飾っているなかで、野良着にモンペ姿、頭に手ぬぐいをかぶって遅れてきた女性がいました。学校で一番成績の悪い生徒の母親で、背が小さくて痩せていて、顔は真っ黒に日焼けして足が不自由な女性でした。授業中は教室の隅っこで小さくなっていましたが、休み時間に入り、鼻水を垂らしている我が子を見た母親は、鼻を自分の口ですすって、窓からペッとはきます。それを見た他の母子が、汚いものを見るような目で見ていましたが、美輪さんは、その様子に深い母性を感じ、如来様みたいに輝いて見えたそうです。それ以降、出来が悪く、いじめられていた男の子をかばい、友達になります。
ある日、美輪さんとその友人が一緒に帰っていた時に、友人のお母さんが足を引きずりながら、土方の仕事をしている現場に遭遇します。足の不自由だった母親がよろける度に、一緒に働く人たちの彼女を責める声が浴びせられるも、母親は。「すいません、すいません」と謝っていました。ただ、子どもが見ているのがわかると、胸をどんとたたき、大丈夫だよと微笑まれた。じつは友人は、学校でいじめられている事を母親に言い付けようと思っていたのですが、母親のその姿を見て学校に引き返します。美輪さんは、「お母さんに言わないでいいの?」と聞くと、友達は、「母ちゃんに心配させたくない」といったそうです。
やがて、我が子がいじめられていることが母親の耳にも入ります。その時、母親は「喧嘩が強いから偉いんじゃなかとよ。金持ちだから偉いんじゃなかとよ。勉強が出来なくても、貧乏でも、関係なかと。一番偉かとはね、正直で、お天道様の前に胸を張って、誰にも指さされないように一生懸命働いて、正直に生きる。それが偉かとよ。だからお前は偉かと」と言ったといいます。二歳の時に自身の母親を亡くされている美輪さんは、この友人親子から、母が子を思う愛情の偉大さを知らされたのです。
ドイツの社会心理学、精神分析、哲学の研究者であるエーリヒ・フロムは『愛するということ』という著書のなかで、「八歳半から十歳くらいの年齢に達するまで、子どもにとって大事なのはもっぱら愛されること、つまりありのままの自分を愛されることだけだ。この年齢までの子どもは、愛されれば喜んで反応するが、まだ自分からは愛さない。だが、子どもの発達のこの段階において、新しい要素、すなわち自分の活動によって愛を生み出すという新しい感覚が生まれる」と述べています。人は愛されることによって、愛を知り、また、人を愛することができるということです。
周囲の目を気にせずに我が子の鼻水をすすってくれたこと、汗水流して働き、その苦労を子どもに見せまいとする姿、この母親の大いなる愛情をその身いっぱいに感じた時に、子は親を愛し、その思いに少しでも答えようとするのでしょう。
美輪さんは、生涯にわたって、「愛」を歌い、「愛」を語り、「愛」を伝え続けられました。美輪さんは愛について「恋と愛は似て非なるもの、恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの」と仰られています。本当の愛とは、相手のことを思い、理解した時に、自分は相手に何を与えられるかを考え、それを実践することだということです。
仏教において、「愛」は渇愛や愛欲、貪愛など、否定的な意味で使われることがあります。人や物を愛するということは、転じて強く執着することになり、「自分のものにしたい」「失いたくない」といった苦しみの原因であると見るからです。「愛しているのに分かってくれない」「愛するものと離れたくない」との気持ちが募れば募るほどに、私たちの悩み苦しみは大きくなるのです。
一方で、『仏説無量寿経』には、「慈悲博く施し、仁愛兼ねて済ふ(慈悲の心でひろく施し、哀れみの心で人々を救う)とのご文も出てきます。慈しみの愛、仏さまの愛はまったくの見返りを求めずに、常に私に向けられています。その大いなるお慈悲のなかに包まれている我が身であることに気づかされたとき、仏さまの願いにかなう生きかたを目指し、少しでも慈しみの心を周囲に振り向けていくことが、このいのちを支え続ける親(阿弥陀如来)の愛を受けた子の姿といえるのではないでしょうか。