六甲山へ 

先日、神戸で皮膚科の講演会があったついでに、六甲山に行ってみました。六甲山といえば六甲ロックガーデンという名前だけは耳にしていて、山好きにとってはいつか訪れてみたい所でした。
しかしながら現地には行ったことも無く、(いつもながら)しっかりとした下調べもせずに行ったので、ろくにアウトラインすら分かりません。それで、新神戸でレンタカーを借りて、六甲スカイラインを西から東へ走ってみることにしました。途中六甲山牧場で一休みし、山羊や、牛、馬、兎さんなどにふれあい、癒されました。鉢巻山の展望台からは、眼下の神戸の街並みや港が見遙かされました。スカイラインは六甲山最高峰の直下を通り、芦屋方面へ降って行きました。ここまできたら、ロックガーデンに行かない手はなかろうと、高座の滝道を目指しましたが、すでに夕暮れも迫りつつありました。次第に狭くなってきた道端に車を停めて歩を進めました。茶屋を過ぎて山道に入っていくともう日暮れは迫り、辺りは薄暗くなって来ました。ヘッドランプも無くこれ以上は無理かと思い引き返しました。木の葉隠れに神戸の夜景の明かりが綺麗でした。
翌日は、リベンジです。今度は芦屋川駅から高座の滝道を通り、ロックガーデンを目指しました。週末とあって家族連れや、小学生の団体などもいて、賑やかでした。
小生といえば、運動不足の上に腰痛とあって、ストックを頼りのゆっくり歩きです。若者には追い越されるし、元気な小学生にまでも追い越される程でした。
ロックガーデンまではほんの一投足の距離かと思いましたが、結構登りました。風吹岩まで登ると神戸の街並みは広く見渡せました。ここから直上すれば、六甲山最高峰に至り、そのまま有馬温泉に降れるはずですが、今一足腰に自信がありませんでした。元気に進んでいく小学生達を尻目に、保久良神社を経由して岡本へと降りました。
本当は、頂上まで登り、下山後に有馬温泉でさっぱりしたかったのですが、三ノ宮から地下鉄で谷上まで行き、そこから電車に乗り換えて有馬温泉まで行きました。結構便利で時間もそれ程かかりませんでしたが、何か一寸インチキしたような気になりました。でもいい湯でした。
ロックガーデンといえば藤木九三です。戦前からあるという古い麓の茶屋で一休みし、そばを啜りながら、彼もここで休んでいたのかと感慨ひとしきりでした。
久しぶりの山歩きは、やはりリフレッシュできましたが、同時に老いも感じたことでした。

Wikipediaより

【藤木九三(ふじきくぞう)】1887-1970年

早稲田大学、東京毎日新聞社、やまと新聞社を経て、朝日新聞社入社
1919年 神戸支局長に就任。西宮市甲子園に住み、六甲山の岩場をロック・ガーデンと命名する。また甲子園球場にあるアルプススタンドを最初にアルプスと形容したという説がある。
1924年、日本初のロック・クライミングを目的とした山岳会であるRCC(Rock Climbing Club)を創設。
1925年 日本初の岩登りの理論書である『岩登り術』を刊行。8月には案内人の松井憲三と共に北穂滝谷の初登攀に成功。
1926年 秩父宮のスイス・アルプス登山に随行。
1930年 パリに滞在。6月から9月の間にモンブラン・マッターホルンなどの岩場を登攀。
1959年 日本山岳会顧問。第2次RCC創設時には奥山章に請われて顧問に就任。