肝斑

境界の明瞭な淡褐色から褐色の色素斑が、頬骨を中心とした顔面に左右対称性に生じます。
色素斑は眼瞼部が抜けるのが特徴で、この部分に色素があるのは太田母斑や、真皮メラノーシスの可能性が高いとされます。
【名称について】
肝斑の名前の由来は頬骨部を中心に線状、弓状、三日月型にみえることによるそうです。
下が円い三日月型は肝臓の型に似ているので、肝斑とされたそうですが、これは肝臓が悪いわけではありません。英語では肝斑のことをmelasma, chloasmaと呼びますが肝臓の意味合いはありません。
Melasとはギリシャ語でblackという意味合いだそうで、それに由来しています。またchloazeinとは緑色であることを意味するそうですが、肝斑はメラニン色素によって茶褐色斑を呈することよりmelasmaが主に使われています。
 肝斑は妊娠時に増悪することが多いために、欧米ではmask of pregnancyとも呼ばれています。
これとは別に老人性色素斑が手背にできたものを、liver spotというそうですが、これも当初肝臓機能が悪いためと誤解されてつけられ、後には肝臓の色に似ているからとされたそうです。
 いずれにしても、肝臓とは直接関係がないのに(肝機能障害が悪化因子という場合もありますが)、肝斑という名称は一寸誤解を招くような印象を受けます。
【臨床症状】
20歳から40歳代の妊娠可能な年代の女性に多くみられ、男女比は本邦で1:14、海外では1:9とのことです。また肌色の濃い人々に多く、Fitzpatrickのskin type IV, V , VIに多くみられます。
スキンタイプ
I  常にサンバーン、サンタンは無い
II  常にサンバーン、軽度のサンタン
III  時にサンバーン、常にサンタン
IV  サンバーンは無い、常にサンタン
V  茶色の皮膚色
VI 黒い皮膚色

顔面に生じる部位によって3型に分けられます。
1) centrofacial (顔面中央型:頬、前額、鼻背、上口唇、顎)63%
2) malar(頬骨型:頬、鼻背) 21%
3) mandibular(下顎型:下顎)16%
(%は Fitzpatrickの教本による。)
顔面の左右対称の部位に生じる色素斑で地図状を呈し境界は明瞭で、辺縁は不整形です。最初に述べたように眼瞼部を避けるのが特徴です。前胸部や前腕の伸側にも生じることもあるそうです。
【原因・悪化因子】
肝斑の原因については、よく分かっていません。ただ、遺伝的な因子に加えて、性ホルモンの影響、それに最も影響の強いのが紫外線ということは分かっています。
それに加えて様々な悪化、誘発因子が挙げられています。
◆紫外線:
発症要因としても、悪化要因としても真っ先に挙げられている程、最大の増悪因子といえます。春先に発症、悪化する人がほとんどで、患者全員が紫外線による悪化を認識しているといいます。
治療効果も、紫外線による悪化や、季節による自然軽快を勘案しないと正確な判断ができません。
◆エストロゲン(卵胞ホルモン、女性ホルモン)、プロゲステロン(黄体ホルモン)
皮膚には広くエストロゲン受容体が存在しています。(毛包、脂腺などや線維芽細胞や色素細胞などにも)。エストロゲンは美人ホルモンとも呼ばれ、肌をすべすべにして、髪に張りを持たせ、気力も充実させます。ニキビも減少させます。しかし、また好ましくない作用もあります。妊娠中のエストリオールの上昇で血管拡張や、手掌紅斑や、色素増加がみられます。(妊娠中はニキビはエストロゲンの上昇にもかかわらず、プロゲステロンがさらに上昇するため、そのアンドロゲン作用によって悪化します。)
肝斑も妊娠中や、エストロゲンの多い経口避妊薬や、卵巣腫瘍などで増悪します。それで、mask of pregnancyとも言われます。同時に黒子や、乳房や外陰部の色素も濃くなります。プロゲステロンもメラノサイトの活性化を促進する作用がありますが、妊娠中は高値を保ち、肝斑の増悪の原因となります。
◆その他の悪化因子
抗生剤、抗けいれん剤、光毒性、光アレルギー性薬剤、化粧品類も悪化因子になるとされます。しかし、これらは湿疹の後の炎症後色素沈着とも重なり得ます。
【病理組織およびその他の検査】
欧米の教本では、表皮型、真皮型、その混合型の3型に分けてあるものが多いですが、真皮型は後に述べる「真皮メラノサイトーシス」と同一の病態を指しているものと考えられます。また混合型もRiehl黒皮症など肝斑とは別の病態とも考えられるとのことです。
少なくとも本邦では肝斑は表皮型のみとするコンセンサスが得られています。
これを厳密に分けるのは、病態が異なることと、それぞれに治療方法、予後、経過が異なることも関係するかと思います。
それで、以下は表皮型の組織所見です。

表皮基底層のメラノサイト(色素細胞)の数の増加はありませんが、
一個当たりのサイズの増大、周囲のケラチノサイト(有棘細胞)へのメラニンの受け渡しが増大しています。そして、表皮全層のメラニンの含量が増えています。
真皮には光線性弾性繊維変性と少数のメラノファージが見られます。
【鑑別診断】
◆炎症後色素沈着( Post Inflammatory Hyperpigmentation : PIH) 
分布、色調とも炎症後色素沈着と肝斑は区別がつきにくい時がありますが、肝斑ではメラニン色素は表皮全層に亘りみられ、角層にも見られます。これに対し炎症後色素沈着では表皮基底層にのみメラニン色素を認めるとのことです。また真皮のメラノファージは多くみられます。
確実に区別するためには、皮膚を少量切除して検査する病理組織所見が有用ですが、侵襲的で顔を傷つけることになるため気軽に行えません。
 色調は肝斑が褐色調なのに対し、PIHでは青灰色、より黒色調となります。
Wood灯は長波長紫外線を出すランプですが、表皮型の肝斑であれば周囲健常部より暗く浮き上がってくっきりとみえます。しかし、これもPIHとの区別はできません。近年では共焦点反射顕微鏡が病態を正確に現わすとのことです。
しかし、これは一般的ではなく高価な機器が必要です。接着性のあるスライドで角層を剥がしMasson染色などのメラニン染色で染め、角層でのメラニン顆粒の有無を調べればこの両者を区別できるそうです。(イスタンブールの肝斑のセッションでやっていました。)

◆真皮メラノサイトーシス
欧米では肝斑の真皮型と呼ばれるものですが、日本では別物として扱われます。(後述)
色調が灰褐色調を帯びていること、境界が肝斑に比べてややシャープでないこと、眼瞼部にも生じること、地図状というより、頬部では数mm大の小型の色素斑として見られることが多いこと、冬場でも肝斑ほど軽快しないこと、Wood灯での所見が違うことなどが鑑別点になります。
正確には病理組織で確認することになります。
【治療】
肝斑の治療を専門にしている美容皮膚科も多くみられますので、教科書的な一般的治療法を述べるに留めます。
基本的に肝斑は軽快・増悪を繰り返す疾患なので根治療法はないということを知っておくことが重要です。
普段の生活上での注意点としては、紫外線が最も大敵ですので、防御することが第1です。
またピルなどの薬剤や、悪化させる化粧品類などにも注意が必要です。強く刺激、マッサージすることはfriction melanosis(摩擦黒皮症)の原因にもなりますので避けるべきです。
<外用療法>
美白剤・・・最も強力な作用、効果のあるものはハイドロキノンですが、高濃度のものを長期間連用すると、ochronosis(丘疹や斑状の褐色色素沈着)を生じることがあります。またハイドロキノンの酸化物はベンゾキノン、水酸化ベンゾキノンに変化することがあり、これはメラニン毒性があり、脱色素斑を形成します。それで、ハイドロキノンの使用は3~4か月程度に留め、一旦休止するのが望ましいです。
その他にも様々な美白剤がありますが、割愛します。
トレチノイン・・・欧米ではハイドロキノンと弱いステロイド剤とトレチノインが混合された外用剤が用いられているようです。(Kligman法)
トレチノインは表皮のターンオーバーを促進し、表皮基底層周辺のメラニンの排出を促進します。表皮のresurfacing効果ともいえます。それで、一時的には表皮の落屑、紅斑などの皮膚炎症状を生じますので、ハイドロキノン単独よりも効果はあるものの、日本人の皮膚では使用に耐えられない人もあるようです。
なお、ステロイド剤の使用については炎症症状は抑えるもののレチノイドの表皮のターンオーバーの亢進や表皮角化細胞の増殖を抑えるために使用しない方が良いともいわれます。
<ケミカルピーリング>
トレチノインで刺激があり、使用に耐えない場合はグリコール酸を用いたレベルI、IIの表皮基底層までの浅いケミカルピーリングが効果的とされます。ハイドロキノンの併用でさらに効果はあがります。
<内服療法>
本邦ではビタミンC、E、トランサミンを組み合わせた内服療法が頻用されます。ただ、トランサミンは欧米では用いられず、血栓性疾患、動脈硬化、心臓疾患の患者には使えませんので注意を要します。
<レーザー療法>
以前は肝斑に対するレーザー療法は禁忌でした。今でも学者によっては禁忌とする人も多いです。しかし、ブログにも書きましたが、レーザートーニングという言葉も言われるようになり、メドライトなどのQスイッチNd:YAGレーザーが発売され肝斑にも有効との報告がでてきました。
照射面がTop-hat Modeといって平らな帽子のようになっていて、低出力のレーザー光がフラットに照射され、表皮基底層部位での熱障害を最小限に留めるために肝斑にも使用できるそうです。しかし、完治させる治療法ではないので継続が必要となります。
 肝斑とSDM(対称性真皮メラノサイトーシス)の区別がつきにくい時は、まずビタミン、トランサミン、ハイドロキノンなどで肝斑のプレトリートメントを行ってから低出力のレーザー治療(レーザートーニング)を行なうことをACP(Aging Complex Pigmentation)治療と称して行っている先生もあります。(山下理恵)
但し、レーザー治療の教本には専門医の下記の言葉が書いてありました。
「肝斑に対するレーザー・光治療はケラチノサイトに存在する多量のメラニン顆粒を取り除くためには一時的には有効であるが、産生したメラニン顆粒をケラチノサイトに転送してしまうため、細胞質内に充分量のメラニン顆粒を含有しないメラノサイトは治療後も生き残る。高出力のレーザーや光照射の刺激により、生き残ったメラノサイトは活発にメラニン顆粒を産生して、治療前よりかえって増悪することがしばしばある。従って、肝斑には高出力かつ不用意にレーザー治療や光照射を行うことは原則禁忌であることは忘れてはならないと考えている。」( 秋田浩孝 スキルアップ皮膚レーザー治療 p58)

参考文献

皮膚科診療カラーアトラス体系 編集/鈴木啓之・神崎 保 Vol.3 色素異常 他
船坂陽子 肝斑 p50-53

スキルアップ皮膚レーザー治療 編著 川田 暁 中外医学社 2011

皮膚科臨床アセット 11 シミと白斑 最新診療ガイド
総編集◎古江増隆 専門編集◎市橋正光 中山書店 2011
新しいシミ治療を展望する:形成外科の立場から   山下理恵  p162