イスタンブールにて

今年のEADV(ヨーロッパ皮膚科学会)はイスタンブールです。
小生のトルコ、イスタンブールの印象はどうも塩野七生作品を通してのものが主なので、歴史ものに偏ってしまいがちです。しかも飛行機の中でトロイの物語のDVDを見てきたためになおさらにそれが膨らんでしまいました。
それに加えて、中学の時の世界史の先生が情熱のある人で、ギリシャ、ローマ時代などまるで見てきたかのように生き生きと話す人でした。所々しか覚えていないけれど、いまでも「欲に眩んだダリウス王」BC492年のギリシャ侵攻、「さーさしっかりアレキさん」BC334年アレキサンダー東征など物語のように覚えています。(これは単なる受験用の丸暗記か?)
兎に角、一寸みても日本の比ではないくらい神代の昔から歴史の表舞台にいろいろな民族、人が現れては壮大な興亡のドラマを演じてきたのはまぎれもない事実です。
でも、今回は塩野七生著「コンスタンティノープルの陥落」という文庫本を持ってきたので思いはどうしても1453年に収斂していきます。
それで、到着してまもなくテオドシウスの城壁を見て回りました。雨の中タクシーの運転手が親切に案内してくれました。(しかし、途中で時間が過ぎた、と別の運転手に交代して家に帰ってしまい、思った以上にぼられたようでした。でも半ば観光案内みたいだからそうだろうとは思っていましたが。)今でも十分に役にたちそうな、がっちりした城壁もありましたが、それに沿って車が進むとくずおれた壁に草木が覆いかぶさり、兵どもが夢の跡、といった感じのところが続いていました。
帰りはピエール・ロティのチャイハーネ(見晴らしの良い絶好の位置に立つ喫茶店)の下まで送って貰いました。あいにくの雨で金角湾を見下ろせる野外席には座れませんでしたが、遠く雨にけぶった湾が見下ろせました。蘇東坡先生ならば、晴れも良し、雨もまたにくからずとのたまわったでしょうか。
イスタンブールはかつてビザンチウムと呼ばれていましたが、330年コンスタンチヌス大帝が西のローマに代わって遷都し「東のローマ」と呼ぶようになり、後世その名をとって「コンスタンチノープル」その帝国を「東ローマ帝国」あるいは「ビザンチン帝国」と呼びならわすようになりました。本家のローマが滅亡し、6世紀には地中海全域を勢力下におくほどに繁栄したといいます。
教理問題でカトリックと分離し、ギリシャ正教の本拠地となっていましたが、徐々に衰退し十字軍に押されて一時は消滅しかかったそうです。
そして、14世紀ころは首都コンスタンチノープルとペロポネソス半島の一部のみを支配下に置く小国となってしまいました。
折しも、小アジア内陸部のアナトリア地方に結集しはじめたオスマン・トルコ民族は西に向かい、ブルザ、アドリアーノポリ(現在のエディルネ)を都とし、イスタンブールにその手を伸ばしつつありました。
20歳そこそこの若きスルタン、マホメッド2世は父の死後まもなくイスタンブールへの野望を実行に移します。1453年4月、大軍を引き連れてアドリアーノポリを出発しました。4月12日に攻撃開始、石丸を使った巨大な砲弾と、白兵戦によってあれほどの強固さを誇ったコンスタンチノープルの西の防壁を突破しました。 一方、トルコ軍は海では海軍力に勝るビザンチン側のベネチアなどに圧倒され、金角湾を鉄鎖で封鎖されながらも対岸のガラタの丘経由で船を陸揚げし、湾内に滑り込ませるという奇策をとって海からも侵攻していきました。
(後で国立考古学博物館に行ったら、当時の鉄鎖(復元?)が展示されていました。またシュリーマンの写真とともに数層に亘るトロイの発掘の様子も展示されていました。)
総攻撃によって城壁が突破され首都が陥落したのは5月29日だったそうです。
ことの詳細を塩野女史は残された様々な資料をもとに物語風に書き上げています。
ビザンチン帝国の最後の皇帝もコンスタンチヌス帝といったそうです。ローマに援軍の要請を行うもののその願いは一足遅く叶わなかったそうです。当時のイタリア、とりわけ海洋国家ジェノバやベネチアの競合関係やカトリック教会、ギリシャ正教会の分離など一枚岩になれない複雑な情勢があったようです。最後の皇帝はスルタンからの降伏の勧告を断り戦いの中に消えていったとのことです。
ピエール・ロティの茶店から湾を眺めおろしながら本の中のことを思い起こしていました。
その後、アヤソフィアに行ってみました。ビザンチン時代の聖堂を偲ばせるモザイク画があったり、ミフラーブやスルタンの巨大な円盤があったり、長いトルコの歴史を感じさせる場所でした。
次の日に行ったボスポラスクルーズでのルメリ・ヒサル(マホメット2世がイスタンブール攻撃の前に作った要塞)などと一緒に写真をアップしてみます。
城壁1城壁
城壁2城壁
金角湾金角湾を望む

tessa金角湾を封鎖した鎖

tessa2金角湾と鎖による封鎖の絵

アヤソフィヤ1アヤソフィア
アヤソフィヤ2アヤソフィア内キリスト像
アヤソフィア3アヤソフィア
ルメリ・ヒサリルメリ・ヒサル

ブルーモスクブルーモスク

ブルーモスク内部ブルーモスク内部

ブルーモスク祈りブルーモスク祈り