ヘルペスの最前線

題名は勝手につけたものですが、先日といってもかなり前に県皮膚科医会でヘルペスウイルスの講演会がありました。
講師は富山大学の白木公康先生と宮本町中央診療所の尾上康彦先生でした。
最前線としたのは、白木先生は世界に先駆けて帯状疱疹後神経痛(post herpetic neuralgia: PHN)の原因の解明を行ったことと、尾上先生は川崎市宮本町の診療所で日々性器ヘルペスを初めSTI(sexual transmitted disease)を撲滅すべく診療活動、講演活動などを先頭に立って健闘されていることから題名として勝手につけたものです。
「ウイルス最近の話題」白木先生
水痘(水ぼうそう)は多くの子供が罹るありふれた病気ですが、皮膚のみの病気ではなく、全身臓器にウイルス増殖と病変を生じていることに注意する必要があります。
将来の帯状疱疹の発症のリスク低下のためにも早期に抗ウイルス薬で積極的に治療しておくことが重要です。(帯状疱疹は水痘ウイルスの再活性化によって起こってくるウイルス感染症です。)
(さらに言うならば、日本での水痘ワクチンの接種者数は出生数の3割程度なので、その残りの約80万人が年間水痘発症患児と推定されます。WHOで最も推奨され、世界80カ国以上で使用されているOka株(岡さんという患者さんからとったもの)という世界に冠たるワクチンがありながら接種率は上がらず、発症の減少は一向に見られず、夏から秋に減って、また冬から初夏に増加を繰り返しているそうです。)
十分な免疫があればウイルスの再活性化を防ぐことができ、免疫の立ち上がりが早ければ軽度の帯状疱疹で済みます。遅いと病変は拡がります。
ただし、HIV(エイズ)などの極端な免疫不全状態ではウイルスは拡がっても皮疹はできず、免疫が回復し始めると免疫応答を起こし水疱ができます。
 帯状疱疹で厄介な帯状疱疹後神経痛(PHN)のメカニズムはよく判っていませんでした。白木先生は理研グループと共同でそれを解明されたそうです。
ウイルスによって神経に障害が起きるとVZV特異的転写因子immediate-early(IE)62因子が活性化しウイルスの転写を活性化します。一方脳由来神経栄養因子BDNFといういう物質があり、疼痛に関連したものです。彼らはIE62とBDNFに交叉活性があることを見つけました。この両者が相まって脊髄の中で増え、神経痛覚ネットワークを形成し長期のPHNの原因となるそうです。これを阻止するためには出来るだけ早期の抗ウイルス薬の投与や神経ブロックが有用とのことでした。

「性器ヘルペス 臨床の最前線」尾上先生
性感染症の定点当たりの報告数はクラミジア、次いで性器ヘルペスが多く、尖圭コンジローマ、淋病、ケジラミ症、梅毒と続きます。
性器ヘルペスでは病変は外陰部だけではありません。特に女性で初感染の場合は症状が激しくなります。また罹患率も男性の2倍以上になります。
その理由は女性は構造上粘膜部分が多く感染し易いこと、免疫力を低下させる黄体ホルモンの影響で妊娠、排卵後は感染し易いことなどが挙げられます。
Elsberg症候群といって、尿意を感じない神経因性膀胱となり尿閉となることもあります。ウイルスが仙骨神経根を侵し、限局性の髄膜脊髄炎となった結果生じるものです。
この際は入院の上、抗ウイルス薬の点滴、導尿が必要になります。
尾上先生は当日はヘルペスだけではなく、梅毒のスライドも多数みせて下さいました。数は少ないとはいえ、梅毒、エイズも一定数存在している事実は認識する必要があります。

ヘルペスウイルスは2億年の昔から地球上に存在するそうです。人類の歴史など足元にも及びません。動物界にも広く分布しますが、ヒトでは現在8種類が知られています。
ちなみに単純ヘルペスウイルス1型が(HHV-1)、単純ヘルペスウイルス2型が(HHV-2)
で水痘・帯状疱疹ウイルスが(HHV-3)です。
EBウイルス(HHV-4)、ヒトサイトメガロウイルス(HHV-5)、ヒトヘルペスウイルス6,7、8(HHV-6, HHV-7,HHV-8)、と続きます。
 ヘルペスウイルスは賢いウイルスで、宿主の免疫による攻撃を回避する手段をいくつも持っています。ウイルス蛋白の発現を必要最小限にとどめて、いわゆる潜伏感染状態に移行して免疫の認識、攻撃を回避します。そして、宿主の免疫力が弱るとそれに乗じて再活性化して感染を拡大します。また宿主の免疫活性を撹乱する機構も持っているそうです。このようにして広く動物、人に蔓延して生き延びている賢いウイルスだそうです。
近年はこの中でHHV-6,7(突発性発疹の病原体)の再活性化によって重症薬疹のDIHSが発症することも判ってきています。
HHV-4は蚊アレルギー、種痘様水疱症からリンパ腫を起こし、HHV-8はエイズ患者からカポジ肉腫を起こす事も判ってきています。
またHHV-6は慢性疲労症候群(CFS)との関連も考えら得ているウイルスです。
このようにヘルペスウイルスは人類にとっていかにも厄介なウイルスであるといえます。

単純疱疹、水痘(水ぼうそう)、帯状疱疹について詳しく知りたい方はそが皮膚科
ホームページの皮膚疾患解説に書いていますので参考にして下さい。

参考文献
皮膚科臨床アセット 3
ウイルス性皮膚疾患 ハンドブック
総編集◎古江増隆 専門編集◎浅田秀夫 中山書店 2011