アトピー性皮膚炎治療薬デュピクセントのインパクト

デュピクセントはアトピー性皮膚炎の新規治療薬です。
ヒト型抗ヒトIL-4/13受容体モノクローナル抗体で初回に600mgを皮下投与し、その後は1回300mgを2週間間隔で皮下投与します。
発売3周年を迎えたとのことで、このところ盛んにWEB講演会が催されています。雑誌等でも目にすることが多く、いやでも多くの情報が飛び込んできます。
確かにこの薬剤はいろいろな意味でインパクトのある薬剤です。
自分なりのこの薬剤に対する思いを書いてみたいと思います。(これはあくまで個人的な思いで、一般的に通用するものでも勧めるものでもありません、念のため)
🔷インパクト その1
重症のアトピー性皮膚炎にも効くようで、驚き
アトピー性皮膚炎の治療は長いこと、ステロイド剤外用が主流でした。今でもそれは同じで、ガイドラインでもそう唱ってあります。但し、適正な使い方が重要で、プロアクティブ療法が推奨されていて、正しい診断ができ、ステロイド剤の効能、副作用を熟知している医師の治療を前提としています。
同じステロイド剤を使っても医師によって治療効果に雲泥の差が生じてきます。ステロイド剤の使い方は金沢大学名誉教授の竹原和彦先生のアトピー皮膚炎の患者のためのブログが良い参考になりますので、興味あるかたはサイトの訪問がお勧めです。
かつて数回アトピー性皮膚炎治療研究会に出席して驚いたのは、全国の錚々たるアトピー性皮膚炎の名医をしても、ステロイド剤のタイトコントロールを行っても、シクロスポリンを使ってもうまくコントロールできないアトピー性皮膚炎の患者が一定数いるとの告白(?)でした。うまく治療できない患者をかかえている小生にとって何かほっと納得する講演でした。(ここで納得、安心するところではないだろう、との声が聞こえそうな気もしますが。)
そのような重症の患者さんが、デュピクセントによってかなり軽快しているようなのです。しかも大きな副作用もなく、ステロイド剤の使用量はかなり減り、もちもち肌になっているとの報告例を多く目にします。個人差はあるのでしょうが、アトピーの専門家が言うのだから満更嘘でもないでしょう。
🔷その2
アトピー性皮膚炎の病態の全貌をかえた(歴史的経緯)
数十年前はアトピー性皮膚炎の病態はほとんど解っていませんでした。そもそもアトピーという言葉が「奇妙な」というギリシャ語から始まったらしく、20世紀当初は免疫学も進歩していなく、それでも喘息や枯草熱などのアレルギーとの関連が強いことで、Sulzbergerらは遺伝性、家族性に発症してくる湿疹にアトピー性皮膚炎と命名しました。その後、種々の環境抗原や食物抗原との関連が注目され、研究されてきました。1966年に石坂によるIgEの発見から種々の抗原詮索が盛んになり、一時はアトピー治療に食事制限が盛んになされる時期もあったようです。
その後の20世紀後半からの免疫学の進歩、変遷はすさまじく、とてもついていくのが難しく、Th1,Th2理論をやっと覚えたら、今度は自然免疫が出てきたり、Th17やTregなどの新しい概念、多くのサイトカインカスケードが提示されて、もう訳が分からない状態です。
一寸前にはアトピー性皮膚炎でフィラグリン遺伝子の異常がみつかり、それまでもいわれていたバリア障害が一躍脚光を浴びました。その方面でアトピー治療が大いに進展する気配もありましたが、それを直接ターゲットとする治療法は進まなかったように思います。
現在のアトピー性皮膚炎のガイドラインでも様々な遺伝子や、サイトカイン、関連物質が錯綜するように病態論に述べられています。
しかしながらそこにはまだデュピクセントは出てきていません。
乾癬の生物学的製剤の登場はもっと前で、アトピー性皮膚炎のバイオ製剤の登場はかなり遅れていた印象があります。更に乾癬ではPASI75の治療効果を云々する時期を脱して、ほんの数年内にPASI90さらにはPASI clearをうたう時代に突入してきました。
それからみると、デュピクセントのEASI-75達成率が16週で70%そこそこというのは、ぱっとしない治療成績なのかなーとの印象でしたが、この3年間の實臨床の効果(その1で述べたように)は予想以上のものでした。またタイプ2炎症の制御という理論と実際の効果が実にすっきりと(出来すぎかとも思われる程)アトピー性皮膚炎を制御するようです。
🔷その3
パラダイムシフトとでも呼べそうな病態論
今やどの講演でもアトピー性皮膚炎ではType2理論が解説されます。それがデュピクセントを中心に据えてものの見事に理論と実際を整合的に説明してくれるので驚きです。
1980年代ではやっとT細胞に1,2があり、Th1,Th2サイトカインが出てきたころで、Th1サイトカイン主体の疾患代表が乾癬で、Th2サイトカインに傾いたものの疾患代表がアトピー性皮膚炎といわれていたと思います。20世紀後半からTh17細胞やToll-like receptorなどの発見があり、免疫学も大きく様変わりしてきました。
アトピー性皮膚炎の病態形成にはTh2細胞および、そこから産生されるIL-4, IL-5, IL-13などが重要とされてきましたが、これらはTh2細胞だけではなく、肥満細胞、好酸球、好塩基球さらにILC2などの自然免疫系細胞からも産生することがわかり、かつてTh2サイトカインとよばれていたものが、Type2サイトカインとよばれるようになり、それによって引き起こされる炎症はType2炎症と呼ばれるようになりました。
Type2サイトカインの主なものであるIL-4,IL-13は独自の機能や共同して働く機能を持っていますが、その作用は以下のものにまとめられます。Th2細胞の増殖、IgE産生、炎症を起こす化学誘引物質の産生、バリア破壊の誘発、慢性的なかゆみの誘発、組織リモデリングと繊維化などとされます。
デュピルマブ(デュピクセント)はヒト型モノクローナル抗体でその作用機序は以下の通りです。
IL-4受容体複合体(IL-4Rα/γcもしくはIL-4Rα/IL-13Rα1)及びIL13受容体複合体(IL-4Rα/IL-13Rα1)に共通するIL-4受容体αサブユニット(IL-4Rα)に特異的に結合することによって両受容体複合体の形成を阻害し、IL-4,IL-13の両方のシグナル伝達を阻害し、Type2炎症を抑制したり、その他上記の働きを通してアトピー性皮膚炎を改善します。
アトピー性皮膚炎の病態として、以前から炎症、免疫(Type2炎症)、皮膚バリア障害、痒み・掻爬が三位一体となってその病像を作り上げる、とされてきていましたが、デュピクセントはそのいずれにも効果を及ぼす初めての薬剤として位置づけられます。
(座談会ー長期寛解維持を目指したアトピー性皮膚炎の治療戦略 サノフィ株式会社 の資料 参考)
🔷その4
多くの抗体製剤の中での位置付け
デュピルマブ以外にも、アトピー性皮膚炎を対象に多くの抗体製剤が研究開発されているようです。
アトピー性皮膚炎の病態としてタイプ2炎症におけるIL-4,IL-13の中心的役割を上に述べましたが、実際はより複雑でまだまだ解明しきれていない部分が多々あるそうです。急性期にはTh2, Th22, Th17などが関与し、慢性期にはTh2, Th22, Th1などが関与すると考えられています。またバリア障害のある表皮からはTSLPなどが多量に産生され、免疫応答に影響を及ぼしているとされます。また痒みに関与するサイトカインIL-31なども重要な役割を演じています。またIL-4,13をはじめとして種々サイトカインが活性化して細胞内に伝達する経路、シグナル伝達経路(~JAK-STAT path way~)も研究されています。このように多くの物質が関与し、それをターゲットとした薬剤が精力的に研究開発されています。アトランダムに列挙すると。
・IL-31受容体抗体・・・ネモリズマブはIL-31受容体A(IL31A)に対する抗体でADの痒みへの有効性が期待、4週に1回30mg投与群でEASI,IGA,痒みスコアとも最も効果が高かった。日本発のバイオ製剤。
・IL-13抗体
1)レブリキズマブ・・・IL-13に対する抗体、250mgを2週あるいは4週おきに投与した16週後の試験ではいずれも有意に効果があり、大きな副作用はなかった。
2)トラロキヌマブ・・・IL-13に対する抗体、2週に1回150mg、300mg投与で有効であった。一部上気道感染の副作用がみられたがプラセボ群との差はなかった。
・IL-22抗体・・・フェザキヌマブ、デュピクセントと同様な使用方法での試験で一部やや有効のようだが、全般的にはそれ程でもなさそう。
・TSLP抗体・・・テゼペルマブ、280mgを2週ごとに投与した試験では有効ではなかった。
・JAK1/2阻害内服薬・・・バリシチニブはJAK1とJAK2を阻害する内服薬、1,2,4mg内服16週の試験ではそれぞれ有効であった。
・JAK1阻害内服薬・・・ウパダシチニブはJAK1を特異的に阻害する薬剤、7.5, 15, 30mg 16週内服で用量依存性に有効であった。
・PDE阻害外用薬 1)クリサボラール 2)ジファミラスト いずれも有効。
・JAK阻害外用薬 デルゴシチニブ(コレクチム) すでに新規アトピー外用薬として日本でも発売使用されている。
(佐伯 秀久 アトピー性皮膚炎の今後、期待される治療法 皮膚病診療 2020年 10月号 より 引用)
上記のように様々な新規生物学的製剤、薬剤が開発されてはいますが、今のところデュピクセントを凌駕するものではなさそうです。専門家の中では、乾癬では順番にPASI50➡75➡90と効果の優れた薬剤が開発されていったのに対して、アトピーではいきなり横綱が登場した、と形容する人もあるほどです。
🔷その5
治療対象患者の広がり
アトピー性皮膚炎は軽症の患者さんを含めると、人口の数%にもなり、かなりな数になると思います。厳格に見積もると減ってはきますが、それでも数十万人の患者さんがいて、なお増加中とのことです。デュピクセントには使用要件が厳しく設定されていて、重症かつ従来の治療で軽快しなかった患者さんに限られています。一方、生物学的製剤で先行した乾癬の患者数が50万人といわれ、その中の数%の一部の重症の患者に10剤もの生物学的製剤が適応となって、シェアし合っていることを考えると、いかにデュピクセントの使用患者数の多さが際立っているかが、わかります。さらに使用患者数は増える様相です。乾癬では生物学的製剤使用承認施設が限定されていて、なかなか一般の開業医では使用できません。その点デュピクセントでは開業医でも要件をみたせば使用可能です。さらに当分アトピー性皮膚炎の生物学的製剤としてこれを凌駕するものはそう簡単に出てこない現状です。今後さらにこの薬剤の使用数は伸びていく予想があります。まさに独壇場でしょう。
🔷その6
副作用の少なさ
乾癬でもそうですが、一般的に生物学的製剤は免疫を抑制したり、調節するので様々な副作用の懸念があります。それで、日本皮膚科学会は使用施設要件を厳格に定めて対処しています。その中でデュピクセントはIL-4,13をピンポイントで抑えるのですが、大きい免疫抑制などの副作用は(今のところ)報告されていません。むしろタイプ2炎症を抑えて、タイプ1に傾けるから細菌、ウイルス感染にもある程度抵抗性に作用するのでは、という人もあるほどです。
それで、デュピクセントは開業医でも(使用法を遵守しながら)安全に使える薬剤と位置づけされているようです。
この薬剤で唯一大きな副作用はアレルギー性結膜炎のようです。およそ30~40%の人に認められるようです。ゴブレット細胞の減少、さらにムチン産生を低下させることによりドライアイとなり結膜炎が起こるとされています。また喘息患者には少なく、アトピー性皮膚炎患者で多いのは、元々アトピー性角結膜炎がベースにあることも関与しているようです。ただ多くの症状は一過性でひどい場合は眼科での対処でほぼこのために治療中断に至る例はないそうです。ケースによっては初めからジクアス点眼、ムコスタ点眼などでムチンを補充することもよいかとのことです。
🔷その7
寛解維持にもよい
アトピー性皮膚炎のガイドラインでは早期に寛解導入し、炎症の活動性をコントロールしたあと、プロアクティブ療法による寛解維持をうたっています。
一旦落ち着いた皮膚でも、免疫細胞は残っていて、放置しておくと炎症が復活してきます。現在はステロイド剤やタクロリムス(プロトピック)を週1,2回外用という方法が取られていますが、それらの負担、副作用を考慮するとデュピクセントによる長期寛解維持もありかという意見もあります。

ここまでデュピクセントのいいところばかりを書いてきました。実際、講演、会社の資料でも薬剤の良い点が強調されていて、あながち嘘ではなさそうです。ただ、個人的にやはり一寸した心配、不安感もあります。
1)薬剤費が高い
これは、全ての生物学的製剤にいえることで、まだ他にはもっと高額な薬剤は一杯でてきています。ただ、注射薬1本で66356円はいかにも高い。高額療養費制度があり(収入、加入保険などにより異なり、複雑)3回目からは自己注射が可能になり、3ヶ月処方だと自己負担金額はかなり安くはなりますが、それでも月々数万円の負担になります。また高給取りの人にとってはもっと一杯支払うことになります。
そもそもこの国の医療保険制度って、将来破綻しないのでしょうか。高額な薬剤はほとんど欧米の製薬会社で、原資は日本国民の税金です。もうすでに国の財政は破綻状況にあるのに・・・。それとも、日銀がどんどん紙幣を刷りまくるから問題ないのだろうか。財政に暗い素人にはとんとわかりませんが、将来に漠然と不安を抱きます。突然明日から高額医療保険は使えません、自費で払って下さい、となったらと思うと。
2)治ったら止めていいの
ほとんど寛解、治癒状態になるケースレポートを沢山みせてもらいました。ただ寛解したからといって中断すると炎症は残念ながらまた復活、悪化してきます。そのために寛解維持療法が必要になります。週1,2回程度のステロイド、プロトピックでコントロールできるケースはよいとして再発してきたらデュピクセントはどうするのだろう。この点についての厳密な指針はないようです。間隔を開けながら、デュピクセントを注射するという方法もあるかもしれませんが、間を開けすぎると中和抗体ができてしまい易いそうです。それで長期にデュピクセントによる寛解維持療法を勧めることも書いてありますが、やはり費用対効果ということになってくるでしょうか。
3)重症、一部の人にしか適応にならない
全身がひどくて、今までの治療で効かなかった人だけが対象になります。ただ、体は良くても顔だけが重症の人も適応にはなりますが。
4)妊婦、小児には使えない
小児を対象とした臨床試験は実施していない、また妊婦では薬剤が胎盤を通過して胎児に移行するので、有益性が危険性を上回る場合のみ使用すること、という訳のわからない文言が添付文書に書いてあります。

上に書いたように、一寸不安な点もありますが、専門家の皆さんが、また先行して使いだした開業医の先生方が、目覚ましい効果と患者さんからの感謝の言葉を聴いているというのはエポックメイキングなことと思います。
遅ればせながら、これについていこうとは思うけれど、なお積極的になれない自分がいます。