表皮水疱症 治療(2)

表皮水疱症(epidermolysis bullosa:EB)に対する治療において、前回は実臨床で一般的に行われている事項を書きました。
今回は、先進的に開発中の治療や将来の研究的な試みについて書いてみます。
これらはEBの中でも難治性な接合部型や栄養障害型が対象となります。
大きく分けると、細胞(表皮有棘細胞や真皮線維芽細胞、間葉系細胞など)療法、、遺伝子療法、蛋白質補充療法、及びそれらの組み合わせ療法ということになります。
【遺伝子療法】
2006年 イタリアのグループ
ラミニン332のβ3遺伝子変異を持つJEB(接合部型EB)の患者の培養表皮幹細胞を培養し、レトロウイルスを用いてラミニン332β3遺伝子を導入した後、3次元培養表皮シートを作成し、難治性皮膚潰瘍に移植する遺伝子治療に成功した例の報告がありました。しかし同時期にレトロウイルスを用いた造血幹細胞遺伝子治療で白血病が生じたことによりこのプロトコールは中止となりました。
その後、2017年同一グループから同様症例で、極めて重症(ラミニン332の発現を認めず、全身皮膚の約7割の潰瘍を認める7歳男児)例に対して培養表皮植皮を行ったところ、2年後にはほぼ潰瘍は上皮化し、皮膚基底膜部にはラミニン332の発現が回復していることが確認されました。
一方、米国スタンフォード大学のグループは劣性栄養障害型EBでの表皮幹細胞遺伝子治療法の開発を進めているそうです。
ただ、これらの方法では、遺伝子の導入部位、量がランダムであり、ウイルス発癌のリスクも指摘されています。
【復帰変異モザイクと培養表皮】
以前からEBの難治性潰瘍部分に対しては、植皮術が施行されていました。元々EBの皮膚は脆弱で、植皮しても時間が経過するとまた脱落することが多かったのですが、その中でも長期間に亘って生着し、潰瘍が治癒する部分がある現象がみられていました。これは遺伝学的に復帰変異モザイク(revertant mosaicism)と呼ばれます。
遺伝子変異をもつ体細胞で自然発生的に標的遺伝子修復がおき、変異を持つものと、修復され正常化した体細胞が共存する現象です。他臓器でも生じますが、皮膚では(EBや魚鱗癬など)病変の中にパッチ状に正常皮膚として観察されます。その皮膚から細胞を取って培養、増殖、植皮すれば人為的な遺伝子治療を要しない、natural gene therapyができるとして注目を集めています。最近ジェイスによる表皮培養シート移植法は再生医療として保険適用されています。さらに将来的には次世代シーケンス技術を用いた手技の簡便化・均一化や患者由来のiPS細胞を作成、安全に皮膚に分化させることができれば新たな遺伝子治療の選択肢となると期待されています。(北海道大学 清水ら)
【間葉系幹細胞遺伝子治療】
他家間葉系幹細胞や骨髄の移植によるびらん、潰瘍への効果が報告されています。阪大の玉井先生はGVHD(移植片対宿主病)を発症し易い造血幹細胞を取り除き、間葉系幹細胞のみを選択的に取り出し、移植する方法を開発中とのことです。これは表皮内壊死組織から放出される核内蛋白(high mobility group box1:HMGB1)により活性化され、Ⅶ型コラーゲンの供給能力があることが明らかになっています。さらに、同細胞は抗炎症作用、抗線維化作用、多分化能により損傷組織の再生を誘導します。
ただ、他家間葉系幹細胞は拒絶反応のために治療効果は時間と共に消失していき、表皮幹細胞は食道病変への応用は困難など現時点での治療効果は限定的です。将来的には遺伝子導入自己間葉系細胞の患者皮膚、または末梢循環への移植が研究途上にあるとのことです。
【CRISPR/CaS9による遺伝子治療】
CRISPR/Cas9とはDNA二本鎖を切断して、ゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入することができる新しい遺伝子改変技術です。新熊先生はこの技術を用いてEBの線維芽細胞にⅦ型コラーゲンの遺伝子を導入することを試みました。DNA切断後の修復過程には2種類あり、HR(homologous recombination)とNHEJ(non-homologous end-joining)があります。HRは理想的な方法ですが、導入効率が低い、抗生剤セレクションなどが複雑で増殖能の強い細胞を用いる必要があります。それで彼らはNHEJを介した遺伝子治療戦略を試みました。NHEJではDNAが切断され、挿入、欠失によって遺伝子の読み枠が変わる(gene reframing therapy)、その結果としてstop codonがかからず、求める遺伝子の発現が回復するという手法です。
この手法で劣性型栄養障害型EB患者の線維芽細胞に遺伝子を導入しました。次にⅦ型コラーゲンKOマウスの皮膚を免疫不全マウスに植皮し、生着した皮膚片に注入しました。そこに本来はないはずのⅦ型コラーゲン遺伝子の発現を認めました。この技術を用いていずれは臨床応用が可能とのことです。
しかしこの手法にも欠点があります。
・オフ・ターゲット効果・・・狙った部位のみの切断ではないこと
・アミノ酸変異の影響・・・いくつかの変異アミノ酸が残っていること
・この技術はフレームシフト変異に対してのみ有用であること

現在臨床応用が進行しているもの、まだ基礎研究中の治療戦略もあるようです。しかし最近の医学の進歩によって従来不可能と思われていた遺伝疾患の治療法も視野に入ってきている現状で、将来に期待がもたれるように思われます。

参考文献
新熊 悟 第83回東京・東部SY2-4 表皮水疱症の治療戦略

玉井克人 表皮水疱症の再生医療と遺伝子治療 皮膚病診療:41(1);7~12,2019

皮膚科臨床アセット 19 水疱性皮膚疾患  発症機序の解明から最新の診断・治療法まで 総編集◎古江増隆 専門編集◎天谷雅行 中山書店 東京 2014