糖尿病治療薬による類天疱瘡

水疱性類天疱瘡(Bollous pemphigoid:BP)は高に齢者に好発し、全身に痒みの強い紅斑と水疱を生じる自己免疫性水疱症です。その病理は表皮下水疱ができることで、病態は表皮真皮接着構造であるヘミデスモゾームの構造分子の一つである17型コラーゲン(別名BP180)やBP230に対する自己抗体によって発症することが明らかにされています。
一般的に抗BP180抗体として測定されているのは、17型コラーゲンの細胞膜を貫通して細胞外の膜近傍にあるNC16Aドメイン(77アミノ酸)にある自己抗体です。
まれに血清中抗BP180抗体陰性のBPがみられますが、蛍光抗体直接法では、基底膜にIgGもしくはC3が陽性で、1M食塩水剥離皮膚でも表皮側に陽性になればBPと診断します。このような例では、しばしば17型コラーゲンの細胞外領域に結合する自己抗体が検出されます。以前はウエスタンブロッティングで診断されていましたが、2016年この領域に対する自己抗体を検出できるELISA法が北海道大学皮膚科で開発されました(細胞外ドメイン、1497アミノ酸(全長BP180ELISA))。
2009年発売後、糖尿病治療薬のジペプチジルペプチダーゼー4(DPP-4)阻害薬(グリプチン製剤)内服中に発症したBPの報告が相ついでいます。
これらの例では抗BP180抗体のNC16Aドメインには陰性ながら、細胞外ドメイン(全長BP180ELISA)に陽性の例が多くみられるのです。
ではDPP-4とは何か、何故DPP-4阻害薬が糖尿病に効くのか、について簡単にみてみます。食事により血糖値が上昇すると、腸からインクレチンという消化管ホルモンが分泌され、膵臓のβ細胞に作用してインスリンが分泌され血糖値が低下します。しかしこれは血液中でその分解酵素であるDDP-4によって速やかに分解されてしまいます。
そこでDDP-4阻害薬が2型糖尿病の治療薬として開発されました。
このように糖尿病治療薬(DPP-4阻害薬)によって特徴的なBPが発症することが解ってきましたので、通常型BPと対比しながらDPP-4iBPの特徴をみていきたいと思います。

DDP-4iBP(DDP-4関連水疱性類天疱瘡)の特徴は下記のようです。
・紅斑に乏しく、弛緩性水疱、血水疱、色素脱失、瘢痕、稗粒腫が多い。
・形が円形でなく、幾何学的で外力の影響を受けたような皮疹が多い。
・高齢者の男性に多いがその理由は不明。
・内服期間:1~48か月とかなり長期間服用後に発生する例もある。
・薬剤中止後も再燃するケースがある。
・薬剤によって発症頻度が異なる。ビルダグリプチン>テネリグリプチン>リナグリプチン>シタグリプチン(ジャヌビア)。アロ、アナは低い。
ただ、内服凡そ1000人に1人が発症するので、全ての患者に発症するわけではない。
推定: 本邦 230万人内服。全長BP180ELISA陽性25万人 1/125➡BP約2000人
・抗BP180抗体で、NC16Aドメインに対する抗体は陰性か低値、一方細胞外全長BP180ドメインに対する抗体は陽性。
・エピトープスプレディングという現象があり、当初全長BP180抗体のみ陽性だったものが後にNC16Aに陽性になるケースがある。臨床的にも紅斑を伴う型に変化する例もある。BP発症前のグリプチン製剤を内服している糖尿病患者では10%程度は既に全長BP180への抗体が陽性であるとの報告もある。従って全長BP180抗体はBP発症リスクへのバイオマーカーになりうる。
・抗BP230抗体陽性例は少ない。
・IgG1クラス自己抗体が多く補体活性化を伴う。(← 炎症に乏しい所見と相反)
・DPP-4はT細胞表面抗原CD26分子の先端に2量体として存在するセリンプロテアーゼであり、多くの免疫細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞、表皮細胞にも発現している。従ってこの阻害薬は免疫系も含め様々な細胞に影響を及ぼし、抗原性を増強する可能性が考えられている。
・抗BP180(NC16A)抗体陽性で糖尿病でグリプチン製剤を内服している例もある。このような例ではBPそのものか、DPP-4iBPかはわからない。エピトープスプレディングの結果かもしれない。
・特定のHLAをもった人(HLA-DQB1*03:01)ではDPP-4iBPを発症するリスクが高い。
・さらにある種の要因(ある物質への曝露、環境要因、熱傷、蜂窩織炎、疥癬など)が加わることによって発症し易くなる。

西江 渉 第83回東京・東部SY2-2 の教育講演の内容をまとめてみました。

参考文献
青山 裕美 DPP-4阻害薬内服患者に生じる薬剤関連水疱性類天疱瘡 皮膚病診療:38(10);964~970,2016