天疱瘡 基本事項

天疱瘡の基本事項について、日本皮膚科学会ガイドラインから抜き書きし、纏めてみました。
【天疱瘡の定義】
皮膚・粘膜に病変が認められる自己免疫性水疱性疾患で、病理組織学的に表皮細胞間の接着が障害される結果棘融解(acantholysis)が起こり、個々の細胞がバラバラになり表皮内に水疱ができます。その原因は表皮細胞膜表面に対する自己抗体ができ、そこに沈着することによります。また抗体は循環血中にも存在します。
天疱瘡の抗原蛋白は、表皮細胞間接着に重要な役割をしているカドヘリン型細胞間接着因子、デスモグレインです。(cDNAを単離し、この抗原を世界で初めて同定したのが慶應大学教授の天谷雅行先生と師のStanleyです、1991年)。
天疱瘡は尋常性天疱瘡、落葉状天疱瘡、その他の3型に大別されます。
1.尋常性天疱瘡(65%)
2.落葉状天疱瘡(23%)
3.その他
・腫瘍随伴性天疱瘡
・増殖性天疱瘡(尋常性天疱瘡の亜型)(2%)
・紅斑性天疱瘡(落葉状天疱瘡の亜型)(6%)
・疱疹状天疱瘡(落葉状天疱瘡の亜型)
・薬剤誘発性天疱瘡(落葉状天疱瘡の亜型)
【疫学】
平成16、19年度の調査からは、受給申請者は約3~4000人、女性にやや多く、発症は50代、60代が最も多いです。水疱性類天疱瘡はもっと高齢者に多くみられます。軽症が約75%、中等症が20%、重症が5%でした。
【病態生理】
尋常性天疱瘡抗原はデスモグレイン3(Dsg3)、落葉状天疱瘡抗原はデスモグレイン1(Dsg1)です。
デスモグレイン代償説・・・上記のデスモグレインの表皮、粘膜内での分布により、天疱瘡における水疱形成部位の多様性が論理的に説明されます。
*表皮*
Dsg3・・・表皮下層、特に基底層・傍基底層に強く発現
Dsg1・・・表皮全層に発現するが、上層ほど発現が強くなる
*粘膜*
Dsg3・・・上皮全層に強く発現
Dsg1・・・基底層を除く全層に弱く発現
🔷落葉状天疱瘡・・・血清中に抗Dsg1IgG抗体のみ有する⇒Dsg3による接着機能の代償がない表皮上層に水疱ができる、一方粘膜ではDsg3の代償があるため水疱、びらんはできない。
🔷粘膜優位型尋常性天疱瘡・・・血清中に抗Dsg3抗体を有する⇒皮膚ではDsg1がDsg3の接着機能障害を代償し、水疱はできない。一方粘膜では発現レベルの低いDsg1は失われたDsg3の接着機能障害を代償できずびらんを形成する。
🔷粘膜皮膚型尋常性天疱瘡・・・血清中に抗Dsg3抗体だけでなく抗Dsg1抗体をも有するので粘膜のみならず皮膚にも広範囲に水疱、びらんを生じる。
【水疱発症の機序】
・自己抗体の結合によってDsgの機能を空間的に直接阻害する。
・自己抗体結合後カルシウムイオンや各種キナーゼを介した細胞内シグナル伝達が誘導、Dsgあるいは裏打ち蛋白質のリン酸化を介してこれが細胞内に引き込まれて、細胞膜上のDsgが減少して接着機能が減少する。
などの機序が考えられています。
【症状および病理所見】
1)尋常性天疱瘡
口腔粘膜の痛みを伴う難治性のびらん、潰瘍が特徴で時に初発症状としてみられます。その他の粘膜、例えば目、喉、陰部などにもびらんがみられます。約半数では皮膚にも破れやすい水疱(弛緩性水疱)、びらんを生じます。圧迫を受けて擦れやすい部位にでき易く、一見正常な皮膚でも圧力をかけると表皮が剥がれ、びらんを生じやすいです(ニコルスキー現象)。水疱は表皮基底層直上の細胞間に裂隙ができ生じます。
2)落葉状天疱瘡
皮膚に生じる薄い鱗屑、痂皮を伴った紅斑、弛緩性水疱、びらんが特徴です。頭部、顔、胸、背などのいわゆる脂漏部位が好発部位ですが、まれに全身に拡がり紅皮症様になることもあります。角層下から顆粒層の表皮上層に裂隙形成がみられます。
3)腫瘍随伴性天疱瘡
口腔内から咽頭にかけての難治性の口腔内病変が特徴です。偽膜性結膜炎も生じます。その他の粘膜も侵されやすいです。皮膚症状は多彩で水疱、びらんだけでなく多形滲出性紅斑、扁平苔癬様の症状も呈することもあります。随伴する腫瘍はリンパ球系が多く、固形癌はまれです。また同症では閉塞性細気管支炎を伴うことも多く、予後を左右することもあります。
4)増殖性天疱瘡
水疱、びらんから増殖性変化を生じるNeumann型と間擦部の膿疱性病変から増殖性変化を生じるHallopeau型があります。基底層直上の裂隙、著明な乳頭状増殖、好酸球性膿疱を特徴とします。
5)紅斑性天疱瘡
落葉状天疱瘡の局所型です。顔面の蝶形紅斑様の皮疹を伴うことが特徴です。歴史的にはSLE(エリテマトーデス)との中間に位置するとされていました。
6)疱疹状天疱瘡
臨床的にジュ―リング疱疹状皮膚炎に似て、痒みのある紅斑と環状に配列する小水疱を特徴としますが、前者が蛍光抗体法でIgAの沈着を認めるのに対し、本症では天疱瘡と同様のIgGクラスの表皮細胞膜抗原に対する自己抗体が検出されます。但し病理学的には棘融解は明らかではなく、好酸球海綿状態が主な所見です。
7)薬剤誘発性天疱瘡
明かな薬剤投与の後に、天疱瘡の所見を呈するものをいいます。D-ペニシラミン、カプトリルが有名です。多くは薬剤中止後に軽快します。
【治療】
抗体産生を抑制するためにステロイドの内服療法が治療の主体となります。感染予防と糜爛面の保護、上皮化促進のための外用療法を併用します。
ステロイド剤の併用療法として、免疫抑制剤、血漿交換療法、γグロブリン大量静注療法などがあります。病初期の確実な導入治療が重要とされます。治療各論はここでは省略しますが、最近はリツキシマブ(抗CD20抗体療法)などの先進治療も試みられています。

日本皮膚科学会ガイドライン 
天疱瘡ガイドライン 天疱瘡診療ガイドライン作成委員会(委員長 天谷雅行)
日本皮膚科学会雑誌:120(7),1443-1460,2010(平22)