肝斑の治療

先日の、WEB学会でシミ治療のセッションがありました。講師は葛西健一郎先生でした。
本邦のレーザー治療では豊富な実績をもち、シミの治療の本も上梓している専門の先生です。実際の講演会でも何回か聴講したことがあり、明快に単刀直入に話される先生という印象を持っていました。
その先生の話なので、オンデマンドのセミナーを聴講してみました。その時の内容と日皮会誌のセミナリウムの記事を中心に主に肝斑の治療のことについて書いてみます。
肝斑についてはこのブログでも過去に詳しく書きました(2013.11.28)。相当前のものですが、基本的には変わっていないと思いますので臨床症状、組織診断、原因、悪化因子、鑑別診断などの詳細は今回は省きます。
その後2017年7月17日には葛西先生が皮膚科医会でシミの治療について詳しく講演して下さった内容をブログに書きました。重複することも多いかもしれませんが、参考にして下さい。

レーザートーニングの真実
新・皮膚科セミナリウム◎皮膚レーザー治療の常識、非常識 日皮会誌:129(8),1627-1632,2019(令和1) 葛西健一郎(葛西形成外科)
【要旨】肝斑に対するレーザートーニング(LT:低フルエンスQスイッチヤグレーザー治療)は、繰り返し治療続行中には色調軽減効果があるものの、長期予後を改善するエビデンスはない。また、LTの効果発現機序について総合的に説明した論文はない。さらに、LTを受けたことによって、肝斑増悪や難治性白斑形成といった合併症を発症した患者が一定数以上存在する。以上より、肝斑に対するLTは、その作用機序が科学的に説明され、予後を改善することが証明され、副作用を軽減できるプロトコルが完成するまで、一般医療機関では施行しないことが望ましい。日頃から肝斑治療やレーザーに関与していない皮膚科医であっても、LT問題の真実を理解したうえで、患者や学会にたいして適切な行動を取ることが望まれる。

葛西先生の講演の要旨は上記の通りですが、本論内容の補足と自分なりの解釈を若干付け加えて書いてみたいと思います。
疾患には器質的な疾患と、機能的な疾患があるが、代表的な顔のシミ、老人性色素斑、ADM:Acquired dermal melanocytosis(後天性真皮メラノサイトーシス)、肝斑にもそれが当てはまるといいます。すなわち前2者が器質的疾患でそれぞれの責任細胞をレーザーで完全除去すれば完治するが、肝斑は皮膚の異常な炎症亢進とメラニン産生があるものの、責任細胞がないのでレーザーで完治できない。LTでメラノゾームを破壊しても肝斑を治療に導く理由がないと述べています。
(ADMなどに対するQスイッチルビーレーザーの治療についても従来よりも高めのフルエンス(9J/cm2以上)でしっかり照射し、施術後ダウンタイム(絆創膏を貼らなければいけない期間)はしっかりカバーすべきことなどの治療のチップスを述べられましたが、そのことについての詳述は今回は割愛します。

ちなみにシミの診断、治療で本邦の第一人者であった元帝京大学教授の渡辺晋一先生は次のように述べています。
「シミ」を主訴に来院する患者をみてみると、肝斑の患者は少なく、大部分は老人性色素斑あるいは扁平な脂漏性角化症で、なかには遅発性の太田母斑や色素性母斑の場合も少なくない。また化粧品かぶれなどの炎症後色素沈着または固定薬疹などを「シミ」と称する人もいる。また彼は太田母斑や太田母斑類似の種々の真皮メラノサイトーシス病変ーー眼瞼周囲、両側遅発性など――があるし、国際的にはADMは認められていないので、顔面に生ずる真皮メラノサイトーシス(facial dermal melanocytosis:FDM)と総称したほうがよいと提唱しています。ただこの名称もまだ定着しているとはいえません。従って以降従来のADMとして話を進めます。

肝斑に対するLTは、反復治療中は色素減弱効果があることは間違いなさそうです。その機序はメラノゾームの減少、メラノサイトの樹枝状突起の短縮、各種サイトカインの変化などが想定されていますが、中断後の変化や副作用の問題では文献により意見が分かれていて混乱状態とのことです。その原因は多くあるが、科学的に治療効果が証明されていない点、そもそも診断が間違っていて混在する老人性色素斑やADMと思われる例を肝斑が治ったとしている文献すら散見されるそうです。
LT治療を受けたことによって肝斑の色素増悪例は長期の保存的な治療法で改善していくものの、難治性のまだらな白斑をきたした例での治療は困難な例が多いとのことです。
著者はLT否定派ではあるが、肝斑治療のベテラン医師が場合により特殊療法としてLTを用いるのを全面的に否定するものではない、と述べています。経験によりうまく副作用に対応できると思われます。問題なのは業者に勧められるままに画一的に無自覚にLTを行っているケースだと言います。著者はそこからの多くの肝斑治療の副作用例を見てきたといいます。

肝斑は30歳代からの女性に多くみられ、紫外線の影響を大きく受けます。また炎症後色素沈着を来しやすく、熱心に顔面のケアをし過ぎる(擦りすぎる)傾向のある日本人に特に多くみられる印象を受けます。大体の患者さんがトランサミン(トラネキサム酸)を希望して来院されますが、同剤は日本では肝斑の治療薬として発売されていますが、海外では肝斑の治療薬としては認められてはおらず、PMDA審査報告書をみるとその有効性に疑問が持たれても致し方ない内容とのことです。またトランサミンは血栓性疾患、動脈硬化、心臓疾患があると使えませんので注意が必要です。
美白剤はメラノサイト(色素細胞)が作り、隣接する表皮細胞にメラニンを受け渡し蓄積していく過程のカスケードのいずれかに作用する物質からなります。チロジナーゼ活性阻害物質にはハイドロキノン、アルブチン、コウジ酸、ルシノール、アスコルビン酸誘導体、ロドデノールなどがあります。この中でロドデノールによる白斑、皮膚障害はマスコミにも取り上げられ社会問題、訴訟問題にも発展したことは皆さんご存知だと思います。ハイドロキノンにしても毛染めかぶれとの交叉過敏性や長期使用ochronosis (丘疹や斑状の褐色色素沈着)もあり、3~4か月で一旦休止した方が望ましいとされます。

肝斑は顔のシミの中では頻度は少ないとはいえ、女性にとって悩ましい症状であることは論を待ちません。渡辺先生も葛西先生もLT否定派ではありますが、実際に困っている人は多くいることかと思われます。
葛西先生も慣れた医師によるLTを完全には否定していません。要は診断を正確につけ、顔面の「シミ」の症状をよくわかり、各治療の功罪を熟知した医師が、個々の患者に真摯に対応することが最も大切な事かと思われました。
またその前提として肝斑は機能性の疾患で、紫外線の影響を最も受け、季節性の変動のあること、擦るなどの刺激をさけ標準的なスキンケアを行うことがベースとして最も大切なことを周知させることが重要かと思われます。

また一方で、現在評価の定まらない肝斑治療(美白外用剤や内服治療薬、レーザー療法など)が、将来的には高エビデンスの評価を確立して一般医にも納得できる情報が得られることを望みたいと思いました。

参考文献

新・皮膚科セミナリウム◎皮膚レーザー治療の常識、非常識
1.顔面の色素病変(シミ)の鑑別とレーザー治療 渡辺晋一(帝京大学、浦和スキンケアクリニック) 日皮会誌:129(8),1619-1625,20198(令和1)

2.レーザートーニングの真実 葛西健一郎(葛西形成外科)
日皮会誌:129(8),1627-1632,2019(令和1)

皮膚科臨床アセット11 シミと白斑 最新診療ガイド
総編集◎古江増隆 専門編集◎市橋正光 2012 東京 中山書店