ほくろとメラノーマ

ここ数日、ホクロの癌を心配して受診された患者さんが何人かみえました。テレビで悪性黒色腫(メラノーマ)のことを報道していたとか。そういった報道の度に心配して受診する患者さんが増えます。ほとんどが問題ないもので、ただのホクロだったり、老人性の疣だったりするのですが、中には怪しいものもありますので心配だったら皮膚科を受診するのが良いことだと思います。近年のダーモスコピーの普及によってホクロやメラノーマの診断はかなり進歩したように思えます。
たまたま、最近千葉県皮膚科医会でもダーモスコピーの勉強会があり、そのすぐ後に東京でも勉強会がありました。東京のものは年1回開催され、今回は第6回とのことですが、小生は初めての参加でした。参加者は100名に満たず、小じんまりとしたものでしたが、講師は日本のダーモスコピーの権威といっても過言ではない程の贅沢なメンバーでした。埼玉医科大学の土田哲也先生、虎ノ門病院の大原國章先生、東京女子医大の田中勝先生、信州大学名誉教授の斎田俊明先生などでした。
午前から午後にかけてじっくり講演、症例検討がありました。参考になるかもしれない事柄について一寸触れてみたいと思います。

黒色の「ホクロ」や「シミ」が良いものか、はたまた悪いものかは非常に重要なことですが、悪いものがメラノーマ(悪性黒色腫)ばかりではありません。例えば基底細胞癌(Basal Cell Carcinoma)やその他の付属器腫瘍などでも黒くみえることもあります。
しかし、ほくろかメラノーマかが最も重要な鑑別点になります。というのは、メラノーマの悪性度の高さ、一旦転移すると早晩死に至る怖さが、断とつだからです。
色々な判定方法はありますが、覚えやすい一つの方法にABCD ruleというのがあります。
以前書きましたが、念のためもう一度。
A Asymmetry・・・左右非対称性
B Border・・・・・辺縁が不整で色素の染み出しがある
C Colar・・・・・・色ムラがあり、黒、茶色、青色、白色などがまだらに混じる
D Diameter・・・・・直径が大きい(手、足で7mm以上)
E Elevation・・・・・隆起
Enlargement・・・拡大  大きさの急速な変化
このような場合は気をつけなさい、というような意味合いですが、これはあくまで大雑把な仕分けです。

近年、ダーモスコピーが導入され、広く活用されるようになって、診断精度も向上してきたようです。ただこれも一つの診断ツールであって、万能ではないのでこれのみに囚われると却って判断を誤ることもありえるとのことです。
それでも、ダーモスコピーを活用することによって、切らずに多くの情報を得ることができるようになりました。
ダーモスコピーとは皮膚表面での光の乱反射をゼリーや、偏光を用いて防止した上で、明るい白色光を照射しながら10~20倍程度の拡大像を観察する診断法です。まあ、光源を持った虫眼鏡のようなものと思えばよいでしょう。
ダーモスコピーの診断方法は2段階診断法というプロセスをとります。
まず、第1段階でメラノサイト(色素細胞)病変の有無を確認します。所見がなければ、脂漏性角化症(老人性いぼ)、基底細胞癌、血管性病変、出血などの所見を見ていくものです。
第2段階として、メラノサイト病変があれば、母斑(ほくろ)か、メラノーマかを鑑別するというものです。
ここが一番問題で肝心なところですが、色と構造が均一で対称的かどうかで見極めます。
実はそこが一般の皮膚科医とエキスパートで診断力が一番分かれる所です。
細かい形の専門用語がたくさんあり、それに振り回されると却って訳がわからなくなります。
素人にもわかり易い判別方法は同心円分布(小川純己先生、田中勝先生)、ピザの法則(古賀弘志先生)です。要するに、ほくろの中心に同心円を書いたり、ピザの様に分割して、それぞれがほぼ均 等で各人から文句がでないようなら良性、ばらばらで不満がでるようなら悪性という分け方です。(土田先生の講演内容より抜粋)
もう一つはThe beauty and the beast signというものです。輪郭がいびつでも内部の構造の分布に対称性があれば美女(良性)、内部の構造に異型があり、対称性がなければ野獣(悪性)と判断するものです。
随分いい加減なようにも思えますが存外細部にとらわれず、全体像がつかめてわかり易い方法です。
ダーモスコピーは生兵法は却って間違い易く、混乱を招きますが、安全に居ながらにして短時間に多くの重要な情報を与えてくれます。
斎田先生は講演の結語で、ダーモスコピーの導入で掌蹠(手足)のほくろとメラノーマの診断精度が格段に向上したこと、基底細胞癌が小さいものでも診断できるようになったことを述べられていました。しかしながら一方で表在拡大型や悪性黒子型悪性黒色腫とほくろや、日光黒子との鑑別はなお難しいと述べていました。
当日のエキスパートでも判断に迷う症例呈示もありました。
田中先生はある雑誌で、「私も日常的にダーモスコピー所見で迷うことは多い、その際は経過や年齢など別な情報を加えて思考する、」と述べています。「迷った時最も良く行う思考はメラノーマとして妥当か?母斑として妥当か?という考えである。そして本当に迷う時は切除して病理確認する、あまり迷いが大きくないが少しだけ迷う時は心配の度合いに応じて3ヶ月、6ヶ月、1年後に経過をみる、但し、結節性の病変は経過観察ではなく切除する」と書かれています。

エキスパートでも迷う例もあるので、素人が迷い、心配するのは当たり前です。皮膚科医はメラノーマの専門家でなくても当然怪しいと思うレベルは一般人より精度が高いです。億劫がらずに相談されると良いかと思います。
診断のヒント
*掌蹠の病変で皮溝平行パターンは良性(指紋の溝に沿って線状の色素沈着がある)
逆に皮丘平行パターンは悪性(のことが多い)

*爪甲色素線条・・・爪線状の色素で30歳以上で、経過が5年未満、最近3ヶ月で変化があり、Hutchinson徴候(不規則な爪周囲色素沈着)があればメラノーマを強く疑う
*メラニン色素は深さでその色が異なる
黒・・・角層のメラニン、各層内の血腫,壊死物質でも黒く見える
こげ茶・・・表皮内メラニン
淡茶・・・基底層のメラニン
灰色・・・真皮乳頭層のメラニン
青・・・・真皮内メラニン
赤・・・・血液

ほくろ
ほくろ

皮溝平行パターン

上の写真のダーモスコピー像

皮溝平行パターンで、これは溝に色素がみられる良性のパターンなので心配なし

爪甲下出血

爪甲下出血、黒く見えても・・・

出血像

ダーモスコピーで拡大してみると赤くみえ、出血であることがわかります。

かかとなどの出血もブラックヒールといってホクロと見間違うことがあります。

毛細血管拡張性肉芽腫

毛細血管拡張性肉芽腫、無色素性悪性黒色腫との鑑別が必要なこともあります。この例は傷のあとに急速にできたもので、以前にホクロはありません。比較的均一な白色襟が特徴とされています。

結紮

局所麻酔をして糸で縛り、栄養血管を途絶させます。

痂皮

しばらくすると痂皮となって脱落します。

治癒

このように治癒しますが、経過が長くいぼ、ほくろ様のものがあったもの、多彩な血管所見のあるもの、色素など色むらのあるものは要注意です。メラノーマでなくても、エックリン汗孔腫、癌などのこともありえます。