抗リン脂質抗体症候群

抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome: APS)は、抗リン脂質抗体の存在下で多臓器の動静脈血栓症、血小板減少症、習慣性流産などの多彩な臨床症状を呈する血液凝固異常症で原発性と全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus: SLE)などの膠原病に伴って生じる続発性のものに分けられます。
【歴史的背景】
APSにみられる抗リン脂質抗体は抗カルジオリピン抗体とループスアンチコアグラントに大別されます。
1906年 梅毒血清反応としてWassermann反応が開発され、その後その真の抗原はウシ心臓から得られた陰性荷電を有する脂質と同定されました。これがカルジオ・リピンの由来です。検査法の普及とともに梅毒患者以外でも一定数の僞陽性例が存在することが明らかになりました。これを生物学的僞陽性(biological false positive :BFP)と呼びます。因みにBFPはSLEの他、ハンセン病(特にL型)、肝疾患、妊娠、感染症(伝染性単核球症、オーム病、風疹、水痘など)、悪性腫瘍など重篤な全身疾患でもみられます。これらは当然TP(トレポネーマ)抗原法では陰性で、これが陽性ならば梅毒ということになります。
抗カルジオピリン抗体はSLEの患者で多くみられ、さらにその存在と血栓症との相関が明らかになってAPSの疾患概念の確立に繋がっていきました。
さらにmueller(1951)やConley,Hartmann(1952)らが、SLE患者に循環性抗凝血素、凝固阻止因子を記載したことからループスアンチコアグラントの概念が始まりました。当初は活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)などリン脂質依存性の凝固時間が延長しているために出血のリスクが高いと考えられていましたが、実際は動静脈血栓症の合併が高いことが明らかになってきました。
 現在ではループスアンチコアグラントはリン脂質とβ2グリコプロテインⅠ (β2glycoprotein Ⅰ:β2GPI)の結合物あるいはプロトロンビンに対する抗体と考えられています。
【抗リン脂質抗体】
抗リン脂質抗体はカルジオリピンなどのリン脂質に反応する混成の自己抗体です。
抗カルジオリピン抗体(抗CL抗体)、カルジオリピン依存性抗β2グリコプロテインⅠ抗体(抗CL/β2GPI抗体)、ループスアンチコアグラント、ホスファチジルセリン依存性抗プロトロンビン抗体(抗PS/PT抗体)などがあります。
中でも、ループスアンチコアグラント、抗CL/β2GPI抗体、抗PS/PT抗体は血栓症と関係が深いとされます。
抗PS/PT抗体はAPSの臨床症状やループスアンチコアグラントの存在に強い相関があり、測定がループスコアグラントよりもより容易で安定的とされ重要視されています。
【臨床症状】
1)脳、心臓、肺、四肢の動静脈血栓症
2)習慣性流産
3)血小板減少症
4)てんかんなどの精神神経症状
5)皮膚症状
6)網膜中心動静脈血栓症などの眼症状
7)肝腎障害
などが挙げられます。
上記の中で静脈血栓症は初発症状として高頻度に出現し、最も多いのは深在性静脈血栓症次いで肺梗塞です。また動脈血栓症では脳梗塞、一過性脳虚血発作が多くみられます。(従来Sneddon症候群として、APSの亜型とされていましたが、これはその他血管炎、コレステロール塞栓などでも生じ、近年はAPSに限らず多病因性の症候群と考えられています。)
また子宮内胎児死亡、習慣性流産は重要な合併症です。
皮膚所見はAPSの約半数にみられ、網状皮斑がその初発症状であることが多いです。その他血栓性静脈炎、皮膚潰瘍、指趾壊疽、皮下結節、レイノー症状、白色皮膚萎縮、、紫斑、爪下出血などがみられます。これらはリベド様血管症でもみられますが、APSの皮疹はより広範囲でリベドは体幹・上肢などにも生じる傾向があります。
【診断】
APSの診断基準は(サッポロ基準案シドニー改変)で血栓症+自己抗体よりなっています。
簡単に記すと
少なくとも1つの臨床所見と少なくとも1つの検査所見を有するもの(ただし、臨床所見と検査所見の時期が5年以上あるいは12週未満の場合は除外)
*臨床所見・・・血栓症、産科的臨床所見
*検査所見・・・12週以上の間隔で2回以上陽性 抗CL抗体、ループスアンチコアグラント、抗CL/β2GPI抗体、抗PS/PT抗体など
【治療】
APSの抗体陽性患者が全て治療を必要とするわけではありません。軽症から最重症の多臓器障害や広範な皮膚壊死、指端壊死をきたす劇症型APS(catastrophic APS(1%程度とされる))まで多様です。
現在抗リン脂質抗体症候群の血栓症に対する基本戦略は以下のように考えられています。
1.抗リン脂質抗体陽性患者すべてに血栓症の一次予防をする必要はない。
(しかし血栓症と相関するとされる抗体陽性例では一次予防をすべきとの考えもあり)
2.血栓症を生じる可能性があるハイリスク群では諸状況に応じて一次予防も考慮する。
3.動静脈血栓症の既往がある例では、ワルファリンを中心とした継続的な二次予防治療を行う。
4.血栓症を生じる可能性がある手術には、特に厳重な過凝固に対する監視を行う。

ワルファリンの導入法(中等度PT-INR)、抗血小板薬や、ステロイド療法、免疫グロブリン大量静注法、血漿交換療法、リツキシマブ投与などは極めて専門的な知識を要する分野なので専門書に当たって下さい。

参考文献

皮膚血管炎 川名誠司 陳 科榮 著 医学書院 東京 2013

日本皮膚科学会 ガイドライン改訂版作成委員会
血管炎・血管障害診療ガイドライン2016年改訂版 日皮会誌 127(3),299-415,2017 (平成29)古川福実 ほか

皮膚科臨床アセット 5 皮膚の血管炎・血行障害 総編集◎古江増隆 専門編集◎勝岡憲生 中山書店 東京 2011
36.抗リン脂質抗体症候群の診断と皮膚症状 小寺雅也、佐藤伸一 pp198
37.抗リン脂質抗体症候群の治療 小寺雅也、佐藤伸一 pp205
38.抗リン脂質抗体症候群の臨床経過・予後 小寺雅也、佐藤伸一 pp210